第232話、セイロン上陸


 トリンコマリーに、特務艦『鰤谷ぶりたに丸』から、歩兵と戦車大隊、航空機搭乗員と整備部隊一式が降り、日本陸軍は上陸を果たした。


 抵抗は皆無だった。

 セイロン島の住民も、イギリス軍も、異世界人の手によって何処かへ移送されたようで、町は、さながらゴーストタウンと化していた。


 いや、そこまで朽ちてはいない。朝までここには異世界人たちがいたからだ。しかし彼らの生命線であるアヴラタワーが倒れたことで、環境が激変。トリンコマリーにいた異世界人は絶命したのだ。


「気をつけろ。まだ生き残りがいるかもしれん」


 陸軍特殊第101大隊が先行しつつ、警戒する。異世界軍の武器を参考に作られた携帯武装などを装備した歩兵中隊と共に、九七式中戦車改二型――チハ改Ⅱも、敵車両やゴーレムの出現に備えている。

 軍港、そして町の制圧が進む中、1個中隊が市内を強行進軍。南西七キロほどにある飛行場までの道を、ほぼ障害なく突き進み、飛行場へ突進する。


『前方に、飛行場入り口、石Ⅱ型人形! 少佐殿!』

『吹き飛ばせ』

『了解!』


 先頭のチハ改Ⅱの主砲が動き、57ミリ光弾砲を撃ち込んだ。警備と思われる異世界帝国の石製ゴーレムは、光弾に貫通――どころか上半身を吹き飛ばされた。


 ついでにゲート詰め所も破壊して、チハ改Ⅱは障害物を踏み潰して、敷地内へ突入した。


『滑走路に出ました!』

『降車する。戦車小隊は、滑走路周りを走って敵を捜索せよ』

『はっ! 少佐殿、お気をつけて』


 少佐――加川藤男は、チハ改Ⅱから降りた。長身の男だ。軍刀を携え、銃器の類いは申し訳程度に拳銃しか持っていない。

 しかし、彼にはそれで充分だった。何故ならば、彼は陸軍の誇る魔法使いだからだ。


 彼が率いる部隊は、陸軍特殊魔法第一中隊という、魔法の使える陸軍能力者部隊だった。

 戦車小隊の後から続いていた兵員輸送車から部下たちがわらわらと降りてくる。銃器で武装しているが、彼、彼女らも陸軍所属の能力者たちが多い。


「敵残存兵を一掃せよ。かかれ」


 決して声を張り上げたわけではない。その低い声は、部下たち全員の耳に届き、兵たちは放たれた猟犬の如く、飛行場施設へと駆けた。以前仕掛けられた日本軍第一機動艦隊の空襲によって、破壊され、新しく建て直しているものも見られる。


 それを差し引いても、アヴラタワーを失った今、飛行場の抵抗は微力であった。仏印など、大陸や東南アジアで猛威を奮った歴戦の魔法中隊の敵ではなかった。


 その時、飛行場の上を、マ式エンジンを唸らせた航空機が飛び抜けた。それは空母『神鷹』に載せてきた陸軍第99独立飛行隊の一式戦闘機『隼』Ⅲ型だった。



  ・  ・  ・



 これより少し前、『鰤谷丸』から上陸部隊がトリンコマリー軍港に乗り込んでいた頃、洋上の第一機動艦隊に同行する空母『神鷹』の飛行甲板に、陸軍戦闘機が並べられていた。

 それが陸軍主力戦闘機である一式戦、そのマ式エンジン搭載型改修機、隼Ⅲ型だった。


 不思議な機体だった。一式戦闘機と言えば空冷エンジンであるハ115――海軍名『栄』を搭載していた。

 しかしこのⅢ型。機首にエンジンがついていなかった。先端は液冷エンジン機のように尖っていて、レシプロ機とは異なるフォルムとなっていた。


 では、エンジンはどこに搭載されていたのか?


 主翼に、異世界帝国戦闘機ヴォンヴィクスのマ式エンジンのコピーである特マ二号を1基ずつ搭載したのである。つまり、この隼Ⅲ型は双発機なのだ。


 しかし全体的に双発機は、エンジン一つの単発機に比べて、機体が大きく、重くなる傾向にある。結果、速度はともかく、機敏な運動性は失われてしまう。


 普通にエンジンを翼に搭載するとなると、一式戦ではスケール的にも不可能なのだが、ヴォンヴィクス戦闘機のマ式エンジンに限ればそうでもない。何故なら、異世界帝国の主力戦闘機もまた主翼にエンジンを積んでいたからだ。

 薄く、かつ軽量なマ式エンジン――特マ二号エンジンは、一式戦の翼に収まるサイズ――にはギリ無理だったので、主翼の厚みがⅢ型では増している。


 だが、噴射口の向きを若干変えられることもあって、縦方向機動、ロール性能が高くなっており、さらにヴォンヴィクス戦闘機を上回る621キロの速度を発揮することができた。


『白夜隊、発艦用意!』


 無線機を通して聞こえた声に、陸軍第99独立飛行隊第一中隊の小林則義大尉は、愛機である一式戦闘機Ⅲ型のコクピットで首を回した。


 魔法研究所直轄の第99独立飛行隊では、少し、いやかなり変わった改造機や新型兵器を扱うことがしばしばある。

 魔研絡みの装備をテストし、使えるものにしていくのが仕事だからだ。なお今回の実戦を含む遠征には、独立飛行隊が他に引っさげている二式複座戦闘機『屠龍』Ⅱ型とか、三式戦闘機改などが運用される予定だ。


 この一式戦闘機Ⅲ型は、正式に採用が決まり、すでに大陸決戦に向けて前線配備が進んでいる。なお、最初にこの戦闘機を運用したのが、第99独立飛行隊だったりする。


『大尉殿、よもや、我々が海軍さんの空母から発艦することになるとは思いませんでしたなぁ!』


 僚機である春田少尉が無線で呼びかけてきた。若く、少々生意気な青年だが、戦闘機乗りとしてはよい素質を持っている。


「言うなよ、春田。我々、陸軍だって空母を運用するという話がある。そのうち、珍しいことではなくなるぞ!」


 実際に陸軍の特殊船である『あきつ丸』が空母に改装されるという話があるし、海軍が撃沈した異世界帝国の軽空母を何隻か、修理した上で陸軍に譲渡してくれるらしい。


 実際に何が載せられるかはわからないが、小林が言うように珍しくはなくなるだろう。


「……まあ、この一式戦Ⅲ型も候補になるかな?」


 マ式エンジン搭載機は、滑走距離が短く、また着陸に要する距離も短く、初心者でもやりやすいという特徴がある。滑走距離が決まっている空母の離着陸にも、向いた機体と言える。


「もしかしたら、海軍さんが、この一式戦Ⅲ型を空母戦闘機の主力にしちまうかもしれんな」

『あはははっ!』


 春田が笑い声を無線に乗せる馬鹿をやらかす。しかし聞いていた中隊の搭乗員たちも、おそらく笑っただろうと思う。


 何せこのⅢ型一式戦は、敵戦闘機はおろか、海軍の零戦の改良型ですら敵ではない、と第99独立飛行隊の戦闘機乗りたちは自負していたからだ。


 零戦と比較すると、速度は上、運動性は負けておらず、後続距離は劣る。武装は、機首にエンジンがなくなった分、機銃が増強され、12.7ミリ機関砲を4門――乙型で12.7ミリ機関砲2門、20ミリ機関砲2門――を装備し、火力が強化されている。元の一式戦闘機が、7,7ミリと12.7ミリ機関砲の混載で1門ずつという貧弱火力だったことを考えれば、かなり増強されたといえる。


 しかも機体の中心に機関砲が集中している結果、元より据わりのよい一式戦は、恐るべき射撃性能を発揮し、高い命中精度が期待できた。これは肝心の20ミリが当たらないと嘆いていた零戦にはない、一式戦の長所である。


『白夜隊、発艦せよ!』

「こちら白夜一番、了解。白夜隊、発進!」


 陸軍の一式戦闘機Ⅲ型が、空母『神鷹』の飛行甲板を滑り出す。マ式カタパルトはあるが、今回飛び立つのは12機のみであり、滑走距離が短くても飛べる一式戦Ⅲならば、使わなくても余裕で飛び立てた。……五身島のデータではそうなっている。


 そしてそのデータ通り、一式戦Ⅲは大空へ飛び立ち、セイロン島トリンコマリー飛行場へと向かうのだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・一式戦闘機『隼』Ⅲ型

乗員:1名

全長:9.62メートル

全幅:10.84メートル

自重:2125キロ

発動機:マ二号 魔法式850馬力×2

速度:621キロ

航続距離:1500キロ/増加タンク2850キロ

武装:12.7ミリ機関砲×4(12.7ミリ機関砲×2 20ミリ機関砲×1)

   30~250キロ爆弾×2

その他:陸軍主力戦闘機である一式戦闘機の改良型。速度差で劣勢を強いられた陸軍航空隊は、航空機の高速化を図るが、新型機が完成する前に、対抗可能な機体の早期投入を求めた。その一つとして、一式戦闘機にマ式エンジン搭載したのが、このⅢ型となる。発動機を主翼に1基ずつ搭載した双発機である。機首にエンジンがなくなったため、鋭角的に整形しつつ、機関砲を集中配置して攻撃力を高めている。

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