第206話、試製瑞雲、突撃す


 元を辿ると、十二試二座水上偵察機にまで遡る。


 日本海軍は、九五式水上偵察機の後継機を求め、愛知、中島、川西の三社に艦載水上偵察機を発注した。

 これはただの偵察機ではなかった。偵察機と爆撃機の統合を図り、この機体に急降下爆撃能力を要求したのだ。


 空母を含む航空戦力で劣勢と感じていた海軍。巡洋艦に搭載する水上偵察機に、爆撃能力を与えることで、数の不利を補おうとしたのである。


 結論を言えば、この十二試水上偵察機は、愛知、中島でそれなりのものができたものの、重量オーバーの件も含めて、海軍から不採用とされた。


 その後、1940年2月に、愛知航空機に、海軍から前回と同様に偵察機と爆撃機を統合した航空機の試作の指示が出た。偵察機としてそれなりの速度と長大な航続力、格闘性能良好、急降下爆撃可能な機体と、相も変わらず要求は厳しかったが、愛知ではこれを十四試二座水上偵察機として開発がスタートした。


 なお翌1941年に『十六試水上偵察機』に名称が改められる。機体略号がE16になったのもこれだ。


 そしてさらに翌年となる1942年3月に、試作一号が完成した。

 だが、4月。ここで事件が起こる。愛知航空機にとって、技術的なビッグウェーブとなる魔技研ショックである。


 第一次トラック沖海戦に連合艦隊が敗れた後、再編成時に突然現れた魔技研が、様々な技術を海軍と、その周囲にもたらした。

 水上機開発を中心に、海軍からの発注を受けている愛知航空機もまた、魔技研とそれに関係する武本重工業と接点を持つことになる。


 特にフロートを魔力で形成し、必要な時のみ展開できる方式は、水上機にも陸上機並の性能を求める海軍の要求に応える上で、不可欠な技術だった。


 空中戦で邪魔なフロートがなければ、陸上機や艦上機と何ら変わることがない。数の劣勢に喘ぐ海軍としても、水上機を戦力として数えていたから、性能の制限がなくなるのなら、採用しない手はなかったのだ。


 トラック沖海戦で空母航空隊が壊滅し、その搭乗員の不足もまた、愛知で開発中の十六試偵察機計画を後押しした。比較的残っている水上偵察機乗りを、艦爆任務にも活用できるからである。


 かくて、海軍は魔技研の技術を、開発中の十六試偵察機にも加えるよう要求。愛知もまた機体の高性能化が見込めることと、自社の今後にも関わる技術獲得に前向きとなり、これを受け入れた。

 そして、技術習得に武本重工業を訪れた関係者たちは、そこで一つの機体に出会うこととなる。


 一式水上戦闘攻撃機。魔技研と武本重工業が開発した水上機である。武本夏風エンジンを搭載し、最高時速670キロを叩き出す高速機だ。爆弾や魚雷を搭載可能、爆撃、雷撃任務もこなせる多用途機体であり、しかも複座である。


 愛知が開発していた十六試偵察機が目指していたものを多く持っていた機体である。ある意味、十六試は、この一式水戦でよいのでは、とさえ思った。


 武本側は、魔技研の技術を伝授すると同時に、一式水上戦闘機の諸元や設計を愛知航空機に公開した。その結果、十六試偵察機に求められている点を満たしていないことがわかった。


 まず、急降下爆撃能力はない。だが、これからは急降下爆撃よりも、ロケット弾や誘導弾を使い、急降下よりも緩降下爆撃が主流になるから、そこまで重要な要素ではないと言われた。


 次に、偵察機に必要な航続距離が足りなかった。これは十六試の要求が偵察機である以上、海軍も許容できないだろう。


 さらに試作機は、能力者が扱うことが前提だったので、一般の搭乗員ではその能力を十二分に引き出せないことも問題だった。


 結果、愛知の技術者たちは、一式水戦を手本に、よい点を自分たちの十六試偵察機に取り入れつつ、機体を仕上げていくことにした。


 元々フロート装備の水上機であったから、速度面は技術者たちも特に気をつけて設計していた。だから、搭載するエンジンの変更も海軍に働きかけ、それを認めさせた。

 武本夏風一一型エンジン。1800馬力を誇り、「誉」エンジン完成前の戦闘機向け高出力発動機だった。


 かくて、十六試水上偵察機は、瑞雲一一型として完成した。

 全長10.84メートル、全幅12.8メートル。武本夏風エンジン一一型1800馬力。魔法防弾を標準装備。しかし重量は軽量化魔法処理にて、2200キログラム前後に押さえられた結果、フロート付きで最高時速538キロと、初期の零戦並のスピードを発揮。さらに魔力式フロートを解除すれば、最高628キロまで出せる機体に仕上がった。


 この速度は、改良型零戦よりも早く、海軍の要求である250ノット以上(463キロ)を軽く上回り、想定以上の出来に海軍は驚喜した。

 さすがに軽快な運動性と、格闘能力を持つものとして作られたとはいえ、純粋な戦闘機に比べるとそこまでではない。


 とはいえ、日本軍でも注目され始めた一撃離脱戦法や、誘導弾を使った機体としては充分主力になり得ると太鼓判を押された。


 何より、この頃、海軍は誘導弾やロケット弾による攻撃にシフトしはじめており、水上機ながら敵空母の飛行甲板を叩く艦爆構想の系譜である瑞雲は、そのために打ってつけの機体だったのだ。


 そしてここで、瑞雲に魔技研のある技術が載せられることになる。


 遮蔽装置。


 魔力式遮蔽装置により、目視、レーダーからも姿を消すことができるそれは、偵察機という観点からも有用なものだった。敵レーダーを掻い潜る味方機の誘導機としての役割ははもちろん、戦闘爆撃機としても、元々の想定を鑑みても望ましいものとなる。


 最近組み込まれた、九九式艦上戦闘機を、遮蔽装置装備の戦闘爆撃機に改造、姿を消して高速で敵空母に肉薄し、敵機が飛び立つ前に甲板を叩く戦術――これを高速機である瑞雲も可能と考えられたのだ。

 同戦術の改造型である九九艦上戦闘爆撃機は、瑞雲と同じく夏風エンジンを搭載した結果、速度が向上していており、スピード面では瑞雲に勝る。しかし、九九式が艦上機で空母などでしか使えない一方、瑞雲は水上機母艦や巡洋艦にも搭載できる長所があった。


 こうして、制式採用直前の試製瑞雲は、第一機動艦隊に配備され、さっそく出撃となった。



  ・  ・  ・



「シメシメ……。敵潜水艦は、まだのんびり水上航行中か」


 筑摩瑞雲隊一番機、高野大尉は、眼下を行く小舟のように見える敵潜水艦を見やり、ほくそ笑む。


「本当にこっちが見えていないんですかね?」


 後席の偵察員である本田一飛曹が、怪訝な声を発した。高野は笑う。


「貴様もコイツが消えているように見えるのは、何度も見ているだろうが」


 しかし、何事も完璧ということもない。何かの間違いで、遮蔽がなされず丸見えになっていることもなくはない。コクピットからでは、外から実際どう見えているのかわからないから。


「さっさと仕留めてやる! 緩降下開始ぃ!」


 操縦桿を握る高野は、瑞雲を敵潜水艦めがけて降下させた。


「誘導弾、用意――」


 照準器を覗き込む。魔力式誘導照射、一番、二番よし。


「てぇ!」


 六〇キロ小型誘導爆弾を発射。それは海上の敵潜水艦にするすると伸びていき、命中した。高速で飛行する瑞雲は、上昇に転じてあっという間に敵潜から離れていく。


「撃沈! 撃沈!」


 本田が声を張り上げた。戦果確認――真っ二つになって海没していく敵潜水艦の姿を、高野も確認した。


「本田ァ、機動艦隊に打電。我、敵潜水艦1隻撃沈せり!」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・試製瑞雲(一一型)

乗員:2名

全長:10.84メートル

全幅:12.8メートル

自重:2205キログラム

発動機:武本『夏風』一一型、空冷1800馬力

速度:628キロ(フロートなし)/538キロ(フロートあり)

航続距離:2560キロメートル

武装:20ミリ機関砲×2 7.7ミリ旋回機銃×1 

   60キロ爆弾ないしロケット弾×6  500キロ爆弾×1

その他:海軍が愛知航空機に開発を指示した水上偵察機。偵察機と爆撃機の能力を併せ持ち、軽快な運動性を持たせた多用途機として作られた。試作機が完成した直後、魔技研ショックにより、一式水上戦闘攻撃機を手本に、大幅な設計変更が行われた。魔力展開式フロート、高出力発動機に加え、軽量化処置により運動性、速力が大幅に向上。偵察にも奇襲戦にも使える遮蔽装置も搭載された。

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