第48話、艦隊、遭遇
敵の航空隊の襲来は、第九艦隊には届かなかった。
戦闘機隊と艦爆を用いた迎撃と、障壁弾を使った防空戦闘により、敵の第一波航空隊は壊滅したのだ。
大型巡洋艦『妙義』の艦橋では、防空戦を見ていた神大佐が声を上ずらせた。
「見事に敵機の攻撃を払いのけましたね! 一時はどうなるかと思いましたが、第九艦隊の防空能力の高さの前では、敵の航空攻撃は無意味になりましょう!」
「……本当にそう思うか?」
神明大佐は、あくまで淡々としていた。無傷で乗り切ったのに、得意になることも興奮になることもない神明。神は怪訝な表情を作る。
「何か、問題でも?」
「問題? ああ、考え出したらキリがない」
神明は艦長席に腰掛けた。
「障壁弾は、想定どおりの効果を発揮した。これはいいことだ。実戦でも通用するだろう。もう少し経験を重ねれば、欠点や新たな運用法も見えてくるかもしれない」
「大変よろしいかと思います」
「ありがとう。だが、君は我々が安全圏に離脱するまで、あと何回くらい空襲があると思う?」
その問いについて、神は答えられない。近海に敵の空母が2隻いることがわかっているが、それがどれくらいの航空機を搭載しているかのデータはない。
またフィリピンなどに展開している異世界帝国の基地航空隊が、攻撃にくる可能性もある。その航続距離について、正確な数値はわかっていないから、思いもよらない長距離から飛来してくるかもしれないのだ。
「そうなると、残弾について心配する必要があるわけだ。各艦艇に搭載されている一式障壁弾は無限ではない。幾度も空襲されれば、弾切れになり、そこを突かれる可能性はある」
艦艇というのは、個々に大きさが決まっている。許容範囲以上のものは積めない。景気よく撃ちまくれば、そのうち弾も切れる。
「では、防空戦闘機隊が……」
「そちらの方が深刻だ」
神明は目を鋭くさせた。
「今回の防空戦で、ほぼ全力迎撃させたからな。今、艦隊の頭上を飛んでいる戦闘機はゼロだ。燃料、弾薬補給はもちろん、パイロットは休養をとらせるが、またすぐに出てもらうことになる。事実――」
神明が振り返ると、通信長がやってきた。
「大佐、『
うむ、と大佐は、通信長からの報告を受け取る。
「先の戦闘で、戦闘機1機が撃墜され、2機が修理のために当面使用不可。艦爆も1機が発動機トラブルで、数時間使用不能。偵察員1名が体調不良で搭乗不可……と」
「……」
神明が淡々と読み上げるのを、神は聞いていたが何とも言えない顔になる。
「次の防空戦闘で出せる機体は、先より少ない。疲れた搭乗員の操る機体は、動きも鈍くなるから、いかに魔法防弾板装備で撃墜されにくいとはいえ、やられる可能性も跳ね上がる」
数が少ない側というのは、連戦に弱い。最初は弾もあるし機体も万全で、パイロットも元気だが、連戦のたびに疲労が蓄積し、すり減ってしまう。
「敵さんが、今の航空戦をどう判断するか、だな」
神明は顔を上げた。
「ほぼ壊滅した航空隊の損害を見て、航空隊の損害が大き過ぎると判断してくれれば……こちらとしても大いに助かるのだがね」
「神明大佐、その可能性はありますよ」
神は思い出したような顔になる。
「今、こちらに向かっている敵艦隊も、フィリピンの戦いで連戦のはずですから、案外、攻撃機の数が減少しているでしょうし、爆弾の数もあまり残っていないかもしれません」
「そうだな。こちらに甘い想定は、あまりするべきではないが、可能性の話とするならばあるだろうな」
神明は、神の発言を否定しなかった。
そして、第九艦隊に接近しつつある、異世界帝国の艦隊に限っていえば、ある意味的中していた。
爆弾は消耗してなかったし、魚雷もあった。だが攻撃隊に繰り出した80機は、北方部隊の本命攻撃であり、使用可能な攻撃機をほとんど注ぎ込んだため、艦隊防空用の戦闘機は残っているものの、第二波として放つことができる攻撃機がわずか9機しか残っていなかったのである。
結果、異世界帝国北方部隊は、艦載機を直掩にあてつつ、戦艦と巡洋艦、駆逐艦による水上砲撃戦を選択したのであった。
・ ・ ・
「まったく、忙しいことで」
須賀の乗る一式水戦は、カタパルトから打ち出されて『妙義』から飛び立った。
日が傾いている。夕焼け空。第九艦隊の針路上に、異世界帝国艦隊が立ち塞がる。
「義二郎さんは、大丈夫?」
妙子が、連戦の須賀を気遣う。
「それを言ったら君もだろ? 大丈夫なのか?」
「うん、私は乗っているだけだからね。でも戦場観測と誘導に集中するから、あんまり余裕ないかも」
「仕方ない。もう俺、次母艦に戻ったら、今日は飛べないぞ」
半日以上、コクピット詰めである。明日はゆっくり休ませてほしい。妙子は乗っているだけ、と言ってくれたが、飛行機に乗るということがどれだけ体力を消耗するか、一度全員が体験するべきだと思う。伊達に陸や艦艇にいる人間より、卵やキャラメルもらっているわけではないのだ。
一式水戦は第九艦隊から離れて、敵艦隊の全容が見える位置まで飛ぶ。あまり近づくと、敵機が来るかもしれない。少数ながら、上空に敵戦闘機が張り付いているようだった。
「妙子ちゃん、そろそろじゃないか?」
目的の位置には到達した。そうだね、と後ろから聞こえた。
戦艦2、巡洋艦6、駆逐艦8が、航跡を刻みながら第九艦隊に三列の単縦陣で進んでいる。空母2と駆逐艦2が後方にいて、こちらは水上戦には加わらないようだ。
――ま、そりゃそうだよな。空母を前線に出す意味ないもんな。
「妙義一番より、『妙義』、配置につきました」
妙子が母艦に報告を入れる。
『こちら妙義、了解。妙義一番。敵の空母は捕捉しているか?』
「こちら妙義一番、捕捉しています」
『了解。これより一式対艦誘導弾を発射する。途中、誘導を引き継ぎ、敵空母へ誘導されたし』
「妙義一番、了解。待機する、以上」
対艦誘導弾――須賀は操縦桿を握りつつ、敵艦隊を見やる。
まともに戦ったら、圧倒的不利なこの戦力差。
大型巡洋艦1、軽巡洋艦1、駆逐艦3――、『鰤谷丸』他、軽巡『水無瀨』、駆逐艦『海霧』『山霧』は海中に身を沈めていて、鹵獲艦艇6は戦力外。
あとは、陽動部隊が合流していて、こちらも敵艦隊攻撃のために配置についている。
ということで、今、敵の目には、鹵獲艦艇6隻の他は、護衛艦艇5隻という陣容に映っているだろう。
戦艦2隻と巡洋艦が6隻もあれば、まず負けないと思っているに違いない。
須賀は深呼吸した。――頼むぜ、魔技研の新兵器さんよ……。
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