第163話、中部太平洋の先は――
トラック駐留艦隊は壊滅した。イリスィオス中将は旗艦『長門』と運命を共にし、艦隊の大半は撃沈。わずかに残った駆逐艦数隻が、トラック泊地に帰還した。
またトラック守備隊は、警戒機が掴んだ日本機動部隊に対して、攻撃隊を放った。
ヴォンヴィクス戦闘機、ミガ艦上攻撃機、ガレオス双発爆撃機の編隊はしかし、日本軍の二式艦上偵察機や、艦隊の対空電探によって、その存在は露呈しており、迎撃態勢をとられていた。
圧巻だったのは、前衛の金剛型戦艦4隻による主砲一斉発射であり、装填された一式障壁弾が、文字通り攻撃隊の前に壁となって、一定数の撃墜に貢献したことか。
高角砲よりも遥か彼方より撃ちこまれた先制攻撃に、散開しつつ迫る異世界帝国航空隊だったが、広範囲に壁を形成されては回避も間に合わず、初撃ほどではないが、確実にその数をすり減らされていった。
そして、第二、第三艦隊の上空には多数の零戦が待ち構えていた。
元から搭乗人員不足により、一人乗りで済む戦闘機の、艦隊航空隊を占める割合が増えていた。搭載数の少なめな『黒龍』(『インドミタブル』)でさえ、艦載機48機中36機が戦闘機という構成であり、その制空権確保に避ける機体もまた多くなっていた。……故に空母の数の割に、攻撃隊に割ける数が減っている。
多数の戦闘機に迎撃され、異世界帝国機は、艦隊に接近することもできず、その大半を失った。
かろうじて逃げられたのは、早々と爆弾を捨てて退避した機体と、わずかな戦闘機という有様だった。
航空隊を失ったトラック守備隊だったが、日本海軍は、艦隊撃滅を目的としていたため、トラックの飛行場への攻撃はなかった。
目標を達成した小沢機動部隊は反転し、マリアナ諸島へと戻り、かくて、中部太平洋海戦とそれに関係する戦いは決着がついたのであった。
・ ・ ・
日本本土。軍令部内、軍令部総長の執務室に永野軍令部総長と、嶋田繁太郎海軍大臣は向かい合っていた。
「ひとまず、連合艦隊は勝ちましたな」
「また山本君は勝ったよ。同期としては鼻が高いのではないかな?」
永野が片方の眉を吊り上げると、嶋田は一瞬、口元を引きつらせた。
「……まあ、三十二期生としては、そうなんでしょう」
「君たちは、どうやら相変わらずのようだね」
苦笑する永野である。嶋田と、連合艦隊司令長官である山本五十六は、海兵三十二期の同期であった。
「あれはああいう性格ですし、これからもああなのでしょう」
特にこれが嫌いだの、昔何かあったとか、そういうことではなく、単に合う合わないの話だ。
質素かつ規則正しいことを良しとし、安定を求める嶋田と、大人しそうに見えて、我が強く、遊び好き、博打好き、時に考えの及ばないことをやる山本。嶋田としては、山本といるとハラハラさせられ、要するにストレスなのである。
永野は目を細める。
「今回も、気が気でなかったと」
「敵太平洋艦隊を撃滅できたのは幸いでした。ですが、その後の空母部隊がやられたのがよろしくありません。どうしてこう、締まらないのか」
「戦いとは相手がいることだ。後方にいてはわからないことも多いよ」
永野が窘めると、嶋田は首を傾げる。
「それはそうなのですが、あれは昔から堅実さに欠けるところがあります。きちんとやれば負けなかったのに、些事を見落として痛い目に遭う……」
いや、と嶋田は顔を上げた。
「大胆というか、思い切りがよい……良すぎるのでしょうな。要するに博打野郎ということです。私にはとてもできませんよ。怖くてね」
嶋田が連合艦隊司令長官だったらどうだったか――永野は少し考える。おそらく従来通り、というかお手本通りの戦いを堅実にこなしていっただろう。山本のような独創性が入り込む余地などなかった。永野としては、それは評価できない点だった。硬直したマニュアル通りというのは。
だが嶋田は、これで中々、見通す力はある男である。
「何にせよ、勝ったのはよいことです。これで海軍としても、陸軍とやり合う時も多少は大きく出られますから」
東条内閣における海軍大臣、それが嶋田である。陸軍と海軍は犬猿の仲であり、陸軍の東条を嫌う海軍軍人たちにあって、波風が立たない人物ということで選ばれた。他の候補が、あからさまに陸軍の悪口を言うような者ばかりだったせい、とも言える。
「陸軍といえば――」
永野は言った。
「魔技研のことを何か言ってきたかね?」
「魔技研は軍令部の預かりでしょう? 私より永野さんのほうが聞かれるのでは?」
「私が聞かれていないから、君の方に言っているんじゃないかと思ったのだ」
「なるほど」
嶋田は首肯した。
「特に、私も陸軍からは言われてませんな。あちらにも魔法を研究する魔研はありますから、わざわざ海軍の部署のことを尋ねる必要はないでしょう」
「陸軍からは……。まるで他から言われているみたいな言い方だな」
「海軍内部、海軍省からも、魔技研のことを少々言う者はいます。軍令部は陛下直属の組織であり、あくまで海軍の作戦、指揮をとるのが役目。実戦部隊を持つのはどうなのか、と」
「あれは皇族の守護にも関わっている部門の技術。軍令部直属なのもそれが影響している。横須賀鎮守府だって、海軍航空技術廠を直轄しているだろう? それとさほど変わらない」
「誤解しないでください。私は魔技研は、軍令部の直轄のままでよいと考えていますから。海軍省の中には、魔技研も取り込みたいと思っている者もいるようですが、人事も含めて、軍令部の意向に添うようにやらせています」
「意外だ。君はリアリストだと思っていたのだがね。魔法にも寛容なのだな」
「まあ、これでも神官の家の生まれですので」
しれっと、嶋田は言った。
「魔技研については、伏見宮様から伺っていましたし」
「それもそうか」
永野は思い出す。軍令部の権力増大を図った伏見宮博恭王の軍令部総長時代、嶋田は軍令部次長として彼の下で働いていた。嶋田が海軍大臣を受けたのも、伏見宮博恭王に勧められた影響である。そもそも嶋田は、一度打診を断っていたからだ。
「それはそれとして、今後の話なのですが」
嶋田が改まった。
「中部太平洋から、敵の主力艦隊を叩き出した。実に喜ばしいことではあります。我が海軍、引いては日本は今後どこへ行くのか……永野総長のお考えをお聞かせいただきたい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます