第72話、我、殴り込みに成功す


 妙義、生駒の一式水戦が、アプラ港内の空母を撃破している頃、37ノットの快速を飛ばして、駆逐艦『氷雨』『追風』『疾風』『夕凪』の四隻が到着した。


 駆逐艦『氷雨』は、第九艦隊所属の高速駆逐艦だが、残る『追風』『疾風』『夕凪』は、第二十九駆逐隊に所属し、本来は第九艦隊ではない。


 これらは、トラック沖海戦が起きた今年4月の段階で、中部太平洋を管轄とする第四艦隊、第六水雷戦隊に所属していた。


 だが、異世界帝国の襲撃を受けて、第四艦隊は壊滅。隊所属の『朝凪』を失うも、トラックからの撤退する船の護衛を務め、かろうじて本土へ帰国した艦である。


 その後、魔技研により、旧式艦の艦齢再生――いわゆる『若返り』処理と近代化改装が実施されることになった。旧式かつ、所属艦隊が壊滅した六水戦、第二十九駆逐隊は九頭島へと移動した。


 魔技研製の新型対潜装備、高性能ソナー、対潜誘導魚雷ほか、艦艇用誘導魚雷、電探などの搭載と、ガタがきて年季の入った艦体を新品同様に再生の処置を受けた。


 同じように第三十駆逐隊の駆逐艦にも同様の処理がされたところで、第九艦隊がマリアナ諸島空襲作戦を行うと話を聞きつける。


 結果、二つの駆逐隊司令と艦長らは、揃って、第九艦隊に着任したばかりの伊藤長官のもとを訪れ、作戦参加を志願してきた。


 元々、彼らは改装とその訓練を名目に南方作戦からも外されており、中部太平洋での雪辱の機会を待ち望み、忸怩たる思いを募らせていた。


 作戦を立案、細部を詰めた神大佐、神明大佐も、護衛艦が不足しているからと、彼らの志願を受け入れた。


 第三十駆逐隊は、後衛機動部隊の護衛に回ったが、第二十九駆逐隊の三隻は、前衛攻撃部隊として、最前線に立つ機会を得られたのである。


 耐用年数リセットの魔法により、完成時の性能を発揮できるようになったこの旧型駆逐艦は、その速力もかつての37ノットが発揮可能となっていた。


「敵巡洋艦、港を離れつつあります!」

「左、砲撃、雷撃戦用意! 新兵器の力を見せてやれ!」


 第二十九駆逐隊司令の瀬戸山安秀中佐は命じた。海軍兵学校四十五期、実は神明とは同期だったりする。九頭島で隊の駆逐艦が改修される間に、彼と面会し、誘導兵器と索敵装備についての解説を受けていた。


 先導する『氷雨』が、主砲から障壁弾という対空防御用砲弾を使って、敵艦の注意を引く。発光している障壁は、遠くからでも目立つのだ。


 その間に、二十九駆の三隻は、改装の折り、新たに搭載された九七式誘導魚雷を連装発射管から発射した。


 直径53センチ。九七式誘導魚雷は、魔技研艦艇が使用している魚雷だ。艦艇側の誘導眼鏡で、敵艦を捕捉し続けることによって、誘導装置により魚雷が、その標的に命中する。


 捉え続ければ命中するということで、放たれた魚雷は、各艦二本ずつの計六本。それらは異世界帝国の軽巡洋艦――メテオーラ級に吸い込まれると命中の水柱を上げた。


 艦首から艦尾まで満遍なく魚雷が突き刺さった結果、メテオーラ級軽巡はあっという間に転覆、撃沈となった。


 駆逐艦にとって強敵である巡洋艦を仕留め、『氷雨』と第二十九駆逐隊はアプラ港へ突入。その砲を在泊船舶、敵潜水型駆逐艦などに向けて発砲した。出航準備中だった艦艇は、身動きが取れず、射的のように次々に被弾、炎上していく。


 さらに港としての施設も砲撃を受けて、機能自体失われる。これで異世界帝国が復旧作業を試みようとしてもかなりの時間がかかることになるだろう。


 大型巡洋艦『妙義』の艦橋。双眼鏡を覗き込んでいた神大佐は言った。


「長官、攻撃目標は粗方、破壊できたようです」

「明け方だったこともあるのだろうが、敵に抵抗をさせなかったな」


 伊藤整一長官が目を細めれば、神は満足げに頷いた。


「殴り込み作戦は大成功です!」


 自分が基礎部分を立案した作戦である。戦力や現地での攻撃選定、その割り振りは、神明がかなりの部分を詰めたものの、作戦課員としては本望だろう。


「飛行場を叩き、さらに港湾施設も撃破。輸送船も沈めました。やることは全てやりました」

「では、我々も引き上げるとしよう」


 伊藤は、神明大佐へと視線を向けた。


「艦隊集結。この海域より離脱」

「承知しました」


 神明は、『妙義』に反転を命じ、前衛攻撃部隊に集合するよう通信長に告げた。その通信長が、神明にマ号潜部隊からの報告を渡した。


 伊藤が首を傾げる。


「何かあったかね?」

「はい。周辺海域に展開、警戒と対潜掃討を行っているマ号潜から。哨戒の敵巡洋艦1、駆逐艦2を撃沈」


 敵もさすがにマリアナ諸島の周囲に警戒艦を出していた。だが、これらはマ号潜水艦により、救援に戻る間もなく沈められている。


 どうりで、敵の反撃がほとんどなかったわけだ、と伊藤は思った。もしマ号潜がいなければ、今頃戻ってきた敵艦と交戦していたことだろう。


 大型巡洋艦を有する第九艦隊ならば撃退はできただろうが、たとえば空母群とかち合っていたら、思いがけない被害が出ていたかもしれない。


「現在のところ、周囲に敵部隊は確認できず」


 マリアナ諸島への増援の艦隊や、小規模機動部隊などがうろついていることもないようだった。


 第九艦隊としては、空母艦載機は攻撃に集中するため、索敵は、艦搭載の魔式レーダーと、マ号潜の哨戒に頼っていた。


 索敵機を出して有力な敵艦隊を発見したとしても、空母艦載機は、飛行場攻撃のみと決まっていた。

 だから、敵艦隊に攻撃隊を派遣することがない以上、機体を割かず、レーダーを使った『待ち』で対応したのである。

 敵の偵察機がレーダーに引っかかれば、長距離誘導弾などで先制し時間を稼ぐ。敵が空襲を仕掛けてくれば迎撃戦術で応戦、である。

 基本は、敵艦隊があれば、マ号潜部隊で攻撃ないし、足止めすると決めていた。


 グアム島を離れる『妙義』。アプラ港を攻撃していた駆逐艦隊と合流。さらに『生駒』隊とも合同し、『翔竜』『インドミタブル』隊とも邂逅を果たす。


 この二隻の空母は、艦載機の収容作業を行っていた。なお『翔竜』は自前の艦載機を収容しているが、『インドミタブル』に載せてきた航空隊は北西へと飛び、艦隊から離れている。


 いま、『インドミタブル』に着艦しているのは、後衛機動部隊の『春日丸』『八幡丸』から飛び立った航空隊である。


 戦場から遠く、夜明けと共に長距離飛行をしてきて、さらに攻撃を終えて疲れた搭乗員たちを早く空母に下ろして休ませるのである。


 なにぶん今回動員された九頭島航空隊は、新人パイロットもそれなりの数がいたから、その技量については不安がある。


 一方で出撃、即攻撃で体力にもそこそこ余裕があるインドミタブル航空隊の連中は、これから長駆飛行して、『八幡丸』と『春日丸』に降りてもらうことになるが、こちらはやむを得ない。


 特設空母を極力戦場に近づけないアウトレンジ戦法の亜種ではあるが、前衛も後衛も、飛行時間についてはほぼどっこいである。


 変わらないのは翔竜の航空隊であるが、こちらは直掩や警戒で、すぐにまた飛ぶので、どちらが大変かというのは甲乙つけがたい。


 見守る神明の横に神がやってきた。


「……我々に後続部隊があったなら、そのままマリアナ諸島を奪還できましたな」

「そうだろうか? それはそれで面倒だよ」

「面倒、ですか?」


 意外な顔をする神に、神明は言った。


「我々は港湾施設を破壊したからな。仮に占領したところで、港が使えないことで、増援なり補給なりを島に下ろすのが大変だ」

「ああ……なるほど」

「我々は、しばらくマリアナ諸島にはこれないからな。異世界帝国には、せいぜい港の修理を頑張ってもらうさ」


 港に沈んだ多数の輸送船の後始末も、港の施設が麻痺している状況では苦労するだろう。すぐに奪回できない分、敵さんには苦しんでもらおう。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・第二十九駆逐隊

佐世保鎮守府籍。神風型駆逐艦『追風』『疾風』『朝凪』『夕凪』で編成されていた駆逐隊。開戦時は第六水雷戦隊所属。異世界帝国との戦争により、『朝凪』を喪失する。神風型は、特型以前の旧型だが、九頭島にて近代化改装を受けた。

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