第267話、移動する連合艦隊司令部


 第二機動艦隊司令部は、これ以上の作戦の続行は困難と判断した。

 だが戦線離脱を前に、転移装置を使って連合艦隊司令部のある暫定旗艦『安芸』へ、代表として高柳参謀長が飛んだ。


 ……飛んだのだが。


「参謀長、連合艦隊司令部は、今、ここにはおりません」


 転移魔法の使い手である秋田大尉は、にっこりそう告げた。高柳は自身の首の後ろに手を当てた。


「……ここは『安芸』だよな?」

「はい、参謀長」


 中部太平洋海戦で撃沈された戦艦にして、アメリカ海軍コロラド級の幻の三番艦『ワシントン』だった『安芸』である。当然ながら、海戦後、回収して修理が施されてそこにある。


 もっとも、乗員の訓練が終わっておらず、柱島泊地に停泊しているだけの見せかけ旗艦であるが。


「では、司令部は何処に?」

「はぁ……それがそのぉ、いま、第二戦隊の旗艦である『大和』におられるはずです」


 少々言いづらそうに、秋田は答える。


「実は、うちの神明少将が、マーシャル諸島へ行くというので、それに同行したといいますか……。たぶん、今頃、エニウェトク辺りではないかと」

「神明が行くから、一緒に前線に移動したと……?」


 高柳は面食らうのである。嘘をつくなら、もっとマシな嘘をついて欲しいものだが――


「そんなにお怒りなのか?」

「はい?」

「山本長官は、第二機動艦隊の体たらくに憤慨なされているのか?」


 第二機動艦隊司令部からの直接報告すら聞きたくないほど、マーシャル諸島攻略作戦が頓挫しようといる状況に、腹を立てているのではないか――高柳はそう考えたのだ。


 高柳自身、大佐時代に戦艦『大和』の艦長を務め、第一次トラック沖海戦では、連合艦隊旗艦であったから、山本五十六と司令部がどういうものか見ている。


 ――山本長官は、あれで好き嫌いがはっきりしていらっしゃるから。


 部下思いではあるが、彼も人間ではあるから、気に入っている人、嫌いな人はいる。


「ああ、いや、憤慨だなんてそんな! 本当にエニウェトク環礁に行ったんですって!」


 秋田は慌てて、高柳の勘違いを否定した。


「自分が、『大和』までご案内致しますんで。……あ、そういえば、高柳参謀長は大和の艦長を勤めていらっしゃいましたね」

「……」

「申し訳ありません。余計なことを言いました」


 ともあれ、秋田は、高柳を連れて転移魔法を使った。前線に向かったという戦艦『大和』へ。連合艦隊司令部と合流するために。



  ・  ・  ・



 宇垣纏中将は、先日まで連合艦隊参謀長だった。しかし今の役職は、第二戦隊司令官である。

 元々砲術屋であり、大和型戦艦の就役には、人一倍思うところがあった。そしてようやく自分が、その大和型戦艦で編成される戦隊を指揮できると喜んでいた。


 今でこそ連合艦隊には、播磨型という、大和型より攻撃力に勝る戦艦が存在する。しかし、それは異世界人の作った艦を利用しているものであり、大和型は純粋な日本の艦であった。……魔技研の技術が加わろうが、日本人の造った艦である。


 何より宇垣を喜ばせたのは、自分が乗る戦艦に、最高の砲術使いがいることだ。

 正木初子大尉。魔技研の誇る精鋭能力者であり、彼女の砲撃を操る腕前は、数々の異世界帝国戦艦を撃沈してきた。前々から、連合艦隊旗艦が前線で戦う時、砲術席には初子がいてほしいと思っていた宇垣である。それがいよいよ叶ったのである。


 もっとも、初子が『大和』の主であるのは、この戦艦が魔技研により魔改造された影響で、能力者がいないとその本領を発揮できないからでもあるが。


 ともあれ、宇垣は第一機動艦隊所属の第二戦隊の司令官として、『大和』『武蔵』『美濃』『和泉』の能力を把握し、その力を振るう日のために訓練を……と思ったが、どうにも慌ただしくていけない。


 そもそも、二戦隊司令官兼第七艦隊司令長官だった前任の武本中将が、インド方面艦隊司令長官に就任したことで、空いた二戦隊司令官のポジションを、宇垣がついたことも、慌ただしいといえば慌ただしい。本当はもう一、二カ月は先だったはずだが。


 閑話休題。


 急遽、前線のお供に駆り出された、第二戦隊旗艦、戦艦『大和』は、僚艦『武蔵』と共にマーシャル諸島の東、エニウェトク環礁にいた。

 なお、僚艦である『美濃』『和泉』は補修と一部改装のため、今回は同行していない。


 代わりに同行しているのは、大型巡洋艦『早池峰』に重巡洋艦『古鷹』『加古』、魔技研の伊号潜水艦隊である。


 ――そして……。


 すっと宇垣は視線をスライドさせる。

 そこにいるのは、宇垣の前部署だった連合艦隊司令部。山本五十六大将と参謀たちである。


 宇垣が、戦艦戦隊に異動になったように、参謀たちの顔ぶれも変わっている。変わらなかったのは航空乙参謀だった樋端久利雄中佐と、戦務参謀の渡辺安次中佐くらいで、宇垣の後任の参謀長は、草鹿龍之介少将が任命されている。


 何ともやりづらい話だ。司令官がいる艦に、艦隊司令長官がいることは普通はない。そもそも今の『大和』は連合艦隊旗艦ではないのだ。今回の非常識な任務のために、『大和』が旗艦指定され、連合艦隊司令部が間借りしてきた。


 もっとも、これは山本長官の、新任の草鹿に対して早く慣れるように、宇垣のほうでフォローしてやれ、という配慮もあるのだと思う。

 山本の下で、参謀長をやった宇垣は、当初こそ溝のようなものがあって、ギクシャクしたものだったが、ここ最近では割と普通に話したり相談できる仲にはなっていた。


 ――まあ、それでも俺は、よほどのことがなければ口出しするつもりはないぞ。


 さすがに前任者とはいえ、越権行為をするつもりはない。宇垣はその手の線引きには厳しい男であった。


 さて、そんな宇垣のそばには、第一機動艦隊参謀長が決まった神明少将がいて、同じく連合艦隊司令部の会話を聞いていた。


 今回、第二戦隊が駆り出された原因を作った男、それが神明である。

 何でも、マーシャル諸島で観測された謎の流氷を回収したいと言い出し、前線へ行く許可を連合艦隊司令部に取りに行ったのだという。


 すると、『じゃあ、僕たちも行ってみようじゃないか』と山本が言い出し、たまたま内地で暇をしていた戦艦『大和』と『武蔵』がその足として選ばれたのである。

 そしてついでとばかりに、整備されつつある転移連絡網を利用して、その運用実験も行ったのである。おかげで、あっという間にマーシャル諸島に到着したのだ。


「――第二機動艦隊の損害は、想定よりも大きいものとなっております」


 その声に、宇垣は視線を戻した。

 秋田大尉に転移で連れて来られた、第一艦隊参謀長兼、第二機動艦隊参謀長の高柳少将は、山本に頭を下げた。


「作戦続行は困難と思われ、第二機動艦隊としては撤退もやむを得なく――」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る