第268話、樋端という男


 戦艦『大和』の長官公室。連合艦隊司令長官、山本五十六は、第二機動艦隊参謀長、高柳少将からの報告に、複雑な表情を浮かべていた。


 マーシャル諸島攻略を命じられた第二機動艦隊は、異世界人が占領する環礁にある飛行場を爆撃し、その制空権を奪った。

 しかし、小島に小分けした敵航空機の奇襲、波状攻撃を受けて、各艦隊に被害が出て、上空部隊を乗せた輸送船とその護衛部隊も大打撃を受けた。


 さらに敵の新型重爆撃機の新兵器の攻撃で、空母『大龍』『黒鷹』『紅鷹』が一撃で葬られてしまった。

 その他、損傷、沈没した艦艇も少なくなく、上陸部隊の3分の2を喪失した今、攻略作戦を続けるのは不可能ではないか、と第二機動艦隊司令部は判断。転移で、連合艦隊司令部に報告できるのを利用して、山本に撤退の許可をもらいにきた。


「……」


 山本は腕を組み、じっと黙り込んでいた。

 有力な敵太平洋艦隊が出てきたのであれば、わからないでもないが、マーシャル諸島に展開する敵航空隊の奇策の前にやられた。こういう負けでの撤退は、海軍的に非常によろしくないのではないか。


「――しかも、その敵重爆撃機ですが、防御障壁を展開できるようで、青電で撃墜できませんでした」


 駄目押しのように出た高柳少将の言葉に、連合艦隊司令部の参謀たちは騒然となる。空母をやられ、復仇に燃える角田中将は、敵重爆撃機撃墜に青電迎撃機を送ったが、仕留めることができなかった。


 新兵器を放つ敵を撃墜できないのであれば、今後も一方的に敵の攻撃を許すことになるのだ。

 これは撤退もやむなしか――そんな空気になる中、連合艦隊航空参謀の樋端 久利雄中佐が、唐突に発言した。


「自分は、撤退すべきではないと考えます」


 海軍兵学校51期。素朴な外見だが、非常に頭の切れる人物として知られている。連合艦隊司令部には航空乙参謀として入って、山本も、ここしばらくは黒島亀人先任参謀よりも気に入っている様子で、よく将棋を指していたりする。

 司令部の参謀たちが入れ替わる中、そのまま残った数少ない参謀の一人である。


「環礁の小島に敵航空機が潜んでいたとのことですが、あれは一回こっきりの奇策です。一度攻撃に使ったので、もう次はありません」


 飛行場は破壊済。アヴラタワーもない今、基地要員も壊滅しているだろう。燃料弾薬補給、整備などもできない状態では再出撃など不可能。


「そうであるならば、何も恐れることはないと思います」

「では、敵重爆撃機はどう対処すればいいと考えるか?」


 高柳が問うた。樋端は、一見気の抜けたようなその顔を向けた。


「敵の新兵器も、防御障壁で防げたと報告を受けました。問題ありません」


 敵重爆撃機も障壁を装備し、こちらからの撃墜は困難なのはわかる。しかし、敵の光線兵器も、障壁を展開した『播磨』などは無傷で乗り切った。


「沈んだ空母は、初見でアウトレンジされると思っていなかった故に沈んだと考えます。もう障壁で防げるのがわかっているのですから、敵重爆撃機がやってきても、障壁で守れば沈められません」


 つまり――樋端は淡々と告げた。


「敵艦隊が現れない以上、敵の潜水艦にさえ気をつければ、もはや艦隊は大丈夫です。攻略予定の目標の島も、異世界人はすでにやられているので、残存する部隊での占領は、支援さえあれば充分可能と考えます」


 これには、山本も自然と顔を綻ばせていた。さすが山本五十六が見込んだ秀才参謀である。


「高柳君。南雲君に、樋端参謀の発言を伝えたまえ。マーシャル諸島攻略作戦は続行する!」


 山本は宣言した。


「むろん、もとの計画通りにはいかないから、攻略手順について見直しを図る」


 早速、参謀たちで残存戦力から計画の見直しが進められる。オブザーバーとしていただけの宇垣中将と神明少将は顔を見合わせた。


「作戦は続行だそうです」

「当然だな」


 宇垣は頷いた。


「樋端の見立ては正しい。これ以上の大きな反撃もないのに、撤退などあり得ない」


 やや険しい表情のまま宇垣は顎に手を当て考える。


「いっそ、山本長官が南雲から指揮をとったほうが早いかもしれんな」

「とんだお遣いになりますね」


 神明が言えば、宇垣は睨んだ。


「もとはと言えば、貴様が氷を回収したいと言ったのが、きっかけだったのだがな」

「それはそうです」


 神明はあっさり認めた。


「ただ、来た甲斐はありましたよ。あのまま撤退などさせていたら、今回の作戦で沈めらえた艦艇を、敵に鹵獲されるところでした」

「!? ……確かに」


 宇垣はハッとした。自分もかつて、敵艦艇をサルベージできたら、と言ったことがある。事実魔技研もそうしたが、異世界帝国もまた撃沈した地球艦艇を鹵獲、戦力に組み込むのだ。


「『加賀』『大龍』『黒鷹』『紅鷹』などなど……。敵の空母戦力を増強させてしまうところでした」

「由々しき話だ。米海軍と連携してハワイを攻略するという話もあるのに、敵太平洋艦隊の戦力を増強させるわけにはいかん」


 連合艦隊は、日米連合による異世界帝国占領のハワイ奪回、敵太平洋艦隊撃滅のための準備を進めている。その前哨戦であるマーシャル諸島攻略を、簡単に諦めるわけにはいかないのだ。


「……」


 じぃー、と視線を感じてみれば、樋端が机の反対側から、宇垣と神明を見ていた。


「貴様は何をやっているのだ、樋端?」

「お話よろしいでしょうか?」


 どうやら宇垣と神明が話し込んでいると見て、終わるのを待っていたようだ。しかし、妙な男である。凝視されていると不安を感じるのは気のせいか。


「神明参謀長は、敵の重爆撃機について、どう思われますか?」


 例の光線兵器を使ってきた大型爆撃機。しかも防御障壁を搭載し、撃墜し損ねたという代物だ。さすが航空参謀だけあって、樋端も気にしているのだろう。


「具体的に、何が聞きたいのだ、中佐」

「光線兵器を使うにはエネルギーを消費するものと推測されます。さらに防御障壁も展開すればエネルギーを使います。重爆撃機とはいえ、それに搭載する武器、装置、エネルギー庫を果たして1機に載せられるのか……について」

「確かに」


 空母を一撃で撃沈する威力を持った兵器だ。艦艇級ならともかく、それらに比べれば遥かに小型の航空機に果たして積むことができるのか?


「まあ、装備の小型化に成功したのだろう」

「……適当に言ってません?」

「かなり適当だ。だが実際に、重爆撃機に積んでいるのだ。事実は認めないとな」


 神明はきっぱりと告げた。


「手に入れてしまえば、早いのだがな」

「……同感です」


 樋端は頷いた。


「どう、敵から奪いますか?」

「『早池峰』がある。あれに特殊部隊を乗せて、敵の新型重爆撃機の基地に送り込んで奪取する」

「なるほど、飛行場にいる時は障壁もありませんからね」


 神明と樋端の話に、宇垣は呆気に取られる。話がポンポンと進んでいく。口出しはしなかったが、宇垣は明晰な頭脳の持ち主だったから、そのハイテンポな内容も理解しながら聞いていた。


 だからこそ驚きもした。考える間を見せない、キャッチボールのような会話の速さに。

 もちろん、細かなところを言えばツッコミどころはある。しかし、彼らはそのツッコミどころでさえ、即返答してしまうのではないか、と宇垣は思った。

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