第203話、第一機動艦隊、ベンガル湾へ


 7月下旬、日本海軍第一機動艦隊は、インド洋ベンガル湾を目指し内地より出撃した。


 戦艦10隻、空母12隻、大型巡洋艦3隻、重巡洋艦6隻、ほか巡洋艦12隻、駆逐艦32隻、潜水艦9隻、敷設艦ほか補助艦艇5隻である。


 日本本土から台湾、フィリピンを通り、シンガポールで燃料を補給。8月にはマラッカ海峡を抜けてアンダマン海へ到達した。


「我々の目的は、異世界人の東洋艦隊を撃滅し、大陸侵攻軍に立ち向かう陸軍さんの支援を行うことにある」


 第一機動艦隊旗艦『伊勢』。司令長官、小沢治三郎中将は確認した。

 日本陸軍は、インド方面からミャンマーへ進撃する敵異世界陸軍の前線の裏を突くべく、カルカッタへの強襲上陸を企図している。


 第一機動艦隊は、インド洋をホームグラウンドにしている敵東洋艦隊を撃滅し、制海権を確保。後からくる陸軍上陸師団を守る。


「現在のところ、敵はセイロン島を拠点に、カルカッタとの間に海上輸送路を確保している。我々の任務は、ここを分断し、敵の海上補給線を遮断することも含まれている」

「やることが多いですな」


 山田参謀長は頷いた。


「何はともあれ、東洋艦隊の拠点であるセイロン島は叩く必要がある。理想は、敵東洋艦隊も同時に撃滅することだが……」


 小沢が、ちらを神明作戦参謀を見れば、その神明は口を開いた。


「敵も第一機動艦隊がインド洋に現れたと知れば、いつまでもセイロン島にはいないでしょう。ここ最近、異世界帝国軍の活発な動きが報告されています」


 東南アジアを日本軍が奪回したことで、異世界帝国の東洋艦隊は、セイロン島まで後退した。

 日本軍はアンダマン諸島に勢力を伸ばし、ポートブレアを占領。飛行場と港湾施設を手に入れた。そして異世界帝国の哨戒拠点とわずかな数の守備隊を蹴散らした。


 その後、敵東洋艦隊に対する警戒拠点として防衛力の強化が図られたが、敵もまたただ静観しているばかりでなく、ちょっかいを出してきた。


 それは主に潜水艦であり、日本軍の輸送船を狙ったものであったが、ここで活躍したのが、異世界帝国が鹵獲、使用していた英、米駆逐艦を日本海軍が再回収し、駆逐艦や海防艦に改造した対潜部隊である。


 通称、アンダマン戦隊と名付けられた対潜部隊は、小沢艦隊がインド洋に到着する前にも、マラッカ海峡出口やアンダマン海の敵潜水艦狩りを行っていた。


「対潜戦隊は複数の敵潜水艦の行動を確認、対処を行っていますが、ここのところ想定より数が多いと報告しています。こちらが基地化を進めていることを、敵も警戒しているのでしょう」


 アンダマン海ですらこの状況で、ベンガル湾にも相当数の敵潜がいるものと予想された。


「潜水艦か……」

「撃沈したものの中には、敵に回収された独逸のものも含まれていたそうです」


 ドイツの潜水艦――すなわち、Uボートである。海洋国家であるイギリスに戦いを挑むにあたり、第一次世界大戦以降、海軍の整備すらままならなかったドイツであるが、再軍備後、大量の潜水艦を建造し、戦争に挑んだ。


 しかし、異世界帝国の参戦により、相手は異世界人も含まれるようになると、Uボート群もそれらとの戦いにより消耗していった。そして沈められた潜水艦は、異世界帝国によって鹵獲され、再配備されていた。


「総数は不明ですが、規模によっては、東洋艦隊に匹敵するほど面倒な相手になるやもしれません」

「しかし作戦参謀。我が方の対潜能力は、開戦時よりも格段に向上していると聞く」


 山田が言った。


「警戒は必要だが、そこまで重要な敵になるとは思えないが……」

「索敵については、早期発見も可能です」


 参謀長の言う通り、以前までに比べて日本海軍の敵潜水艦の探知能力と撃沈能力は雲泥の差と言えるほど向上している。


「私が心配しているのは、対潜魚雷の数が保つかどうかです」

「いやいや、そんなに大量の潜水艦がいるというのか?」


 現在の日本艦艇の対潜兵器は、爆雷よりも対潜誘導魚雷である。数ではなく、正確な一撃で仕留めるスタイルだ。探知能力が上がったことで可能になったわけだが、結果、各艦に搭載している対潜魚雷の本数には限りがあった。


「さすがに一度の海戦で、全部の対潜魚雷を使うような数はないでしょうが、潜水艦との戦いは長いスパンで見る必要があります。補給次第とはいえ、陸軍さんの輸送船を守る期間も考えれば、魚雷を使い果たして反撃できない事態も想定されます」


 こと水上の艦隊が相手ならば、第一機動艦隊は強力だ。しかし、敵が予想以上の数を繰り出してきた場合、苦戦を強いられる可能性も考えられた。


「それに、異世界帝国は潜水水雷戦隊――複数の潜水型艦艇を同時に運用する軍隊です。トラック沖海戦での例もあるので、敵を単艦と決めつけず、用心すべきかと」


 特に異世界帝国東洋艦隊が、欧州海軍の兵器を主力に用いている現状を見れば、潜水艦戦力もイギリス、ドイツ、イタリアあたりも加わって、数も多いだろう。

 小沢が口を開いた。


「つまり、我々がセイロン島に向かうまでに、こうした敵潜水艦の警戒網に引っかかり、迎撃される可能性が高いということだな」


 機動艦隊の空母航空隊が敵基地や飛行場へ向けて出撃するより前に、敵潜水艦部隊による襲撃も充分あり得る。奇襲は難しく、キャビデ軍港を襲った時のように強襲となる。つまり、敵迎撃機との交戦で、航空隊の損耗も覚悟しなくてはならないということだ。


「そして、東洋艦隊主力も向かってくると」

「情報によれば、敵は英独海軍艦艇の寄せ集め感が強いですが――」


 神明は言った。


「独逸の戦艦は巡洋戦艦並みに足が早く、また空母も5隻存在します。侮ると痛い目に遭うでしょう」


 データで見る分には、これら空母群は元イギリス艦であり、その艦載機搭載数は規模に反して少なめだ。艦載機の数で勝敗が決するなら、第一機動艦隊の圧勝だが、それで済むほど世の中は単純ではない。


「奇襲は不可能に近いが、東洋艦隊の主力が出てくるなら、それを叩くまでだ。我々の任務は、敵艦隊の撃滅だ。セイロン島の基地と艦隊、どちらを優先すべきかと言われれば、当然、艦隊だからな」


 陸軍の輸送船団がカルカッタへ向かうのを妨害できるのは、敵潜水艦部隊や東洋艦隊水上部隊である。陸軍が大陸決戦をやりやすくなるように、立ち回ることも第一機動艦隊の任務なのだ。


「ただし、危惧もある。そうだな、神明?」

「はい、長官。敵が、こちらとの艦隊戦に乗らず、戦力温存に動いた場合です」


 艦隊保全主義。フリート・イン・ビーイング。艦隊は存在することが潜在的脅威となる。決戦を避けて、自軍を温存することで、相手の海上行動を牽制、妨害するという戦略である。


 これをやられると、海上輸送などで、絶えず敵の有力艦隊の出現に備えなくてはならず、船団護衛や輸送路の防衛などを任務のうちにしている第一機動艦隊にとっても、行動が制限される可能性が出てくる。


「セイロン島を叩くフリに、敵東洋艦隊が釣られてくれると楽なのですが、仮に取り逃がすことになると、陸軍のカルカッタ進攻、その後の船団護衛も、絶えず東洋艦隊に備えて、我が方はベンガル湾に釘付けになってしまいます」

「太平洋でのこともある」


 小沢は腕を組んだ。


「我々も、戦況によっては中部太平洋や内地に戻される可能性もある。そんな状況になった時、地元の護衛部隊で何とか船団を守れるくらいに、インド洋を静かにしておかねばならんのだ」


 すべては、敵東洋艦隊がどう反応するかにかかっている。

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