第204話、東洋艦隊の司令長官サウルー


 日本海軍機動部隊が、アンダマン諸島に到着。


 ムンドゥス帝国セイロン島コロンボ基地は、日本軍の通信を傍受し、暗号解析を進める上で、有力な艦隊がインド洋に現れたことを掴んでいた。


 ゾンマ・サウルー中将は、東洋艦隊の司令長官である。

 冴えない顔つき。地味な男であり、やや背筋が曲がっているのが、より司令長官らしい威厳を感じさせない。


 ――日本軍ねぇ……。


 サウルーは、司令部建物の窓から見える青空を眺める。


 ――フィリピンと中部太平洋で、主力艦隊を二つ叩き潰した敵、か。


 正直に言えば、頭の痛い話だとサウルーは思う。現在の東洋艦隊の戦力を考えると、強力な日本艦隊と正面から戦って、勝てると思えるほど楽天的ではない。

 情報部によれば、戦艦6から8、空母は大型空母6隻を含む9隻以上という、日本軍の主力機動部隊らしい。


 規模では、主力艦の数ではほぼ互角。巡洋艦や駆逐艦の数はこちらが多いと思われ、潜水艦に至っては、もはや比べるまでもなく自軍が有利ではあった。


 だが、主力艦の質で言えば、サウルーは自信がまったく持てなかった。

 現在の異世界帝国東洋艦隊の戦艦と空母は、地球人の海軍のリサイクル品である。一時は、型落ちの戦艦、空母が回ってくる予定もあったが、太平洋艦隊が壊滅したことで、そちらに回されてしまった。如何ともしがたい。


 戦艦戦力については、よくわかっていない。空母が主力の機動部隊ということなので、旧式の戦艦が多いのではないかと東洋艦隊解析班は見ている。


 間違ってもヤマトクラスはないだろう、と言われているが、果たしてそうなのか、サウルーにはこれもいまいち信用できなかった。


 最悪なのは、むしろ戦艦よりも空母の質である。日本軍の精鋭機動部隊、それも大型空母6隻が含まれるとあれば、東洋艦隊手持ちの空母群では、その艦載機搭載数で圧倒されており、もはや絶望的である。


 ――なんでイギリス人の空母って、あんなに搭載数少ないんだ……?


 英軍鹵獲の空母『フォーミダブル』と『イラストリアス』で36機ずつ、『グローリアス』48機、『イーグル』24機、『ハーミーズ』20機。合計定数164機と、空母が5隻もありながら、200機にも届かないという始末。


 これで日本海軍の主力機動部隊と、まともに戦えるわけがなかった。


 ――セイロン島の飛行場の戦力を合わせて……も足りるかなぁ。


 排水量や艦体の大きさで言えば、その倍の艦載機を積んでもおかしくないというのに。


 ――どうにか逃げられないものか……。


 ムンドゥス帝国の伝統からして、敵に対しては堂々と突撃することが尊いとされる。それを遵守するなら、サウルー指揮の東洋艦隊も、日本軍機動部隊と正面から決戦を挑むことがよしとされる。


 ――いやいや、どう考えても、決戦挑む前に日本軍航空隊に蜂の巣にされちゃうでしょうが。


 勇敢に戦って死ぬ、ではなく、ただの犬死にある。それは誇りあるムンドゥス帝国軍人の名折れではあるまいか。

 その時、扉を叩く音がした。


「おう」

「失礼します、長官」


 参謀長のペルノ少将が資料を手に入ってきた。ムンドゥス帝国でもあまり多くない女性将官である。怜悧な顔立ちに、眼鏡をかけた、どこか秘書然とした人物である。


「その呼ばれ方は、まだ慣れないんだけどね」

「私も、貴方のことを長官というのは慣れておりません」


 淡々と眼鏡のズレを直すペルノ。サウルーは皮肉げに唇の端を吊り上げた。


「だよねぇ」


 何せサウルーが東洋艦隊司令長官になったのは、つい昨日だったのだ。


「まさか前任者が、嵐に巻き込まれて事故死するとか……思わないよね」


 二日前、インド方面守備軍との打ち合わせのために、前東洋艦隊司令長官を載せた輸送機がセイロン島から飛び立った。しかし嵐に遭遇して、機体は墜落。生存者はなかった。


「貧乏くじだよ、まったく」


 トップが死亡した結果、次の階級で先任者ということで選ばれたのがサウルーだった。


「それで、用件は?」

「太平洋艦隊司令長官テシス大将より、司令官通信が入っております」

「あ……そう」


 やれやれ、とサウルーは項垂れる。東洋艦隊の司令長官が変わったのは、太平洋艦隊にも伝わったのだろう。代理で司令長官として新人のサウルーに対して、先輩としてありがたい助言をしていただけるのだろう。……正直、サウルーには、ありがた迷惑であったが。


「猛将と言われるテシス大将のことだ。猛々しく戦って死ねと仰るんだろうな」

「さあ、どうでしょう」


 ペルノは、意味深な表情を浮かべた。


「案外、お優しいところもあるそうですよ?」

「……君、テシス大将のことを知ってるのかい?」

「直接は存じ上げません。ただ、あの方の妹とは兵学校の同期ですので、お話は少々」

「妹、ね……」


 その情報は果たして役に立つのかと首を傾げつつ、サウルーは、長距離通信室へと向かった。



  ・  ・  ・



『――具体的に日本機動部隊を倒す案はあるかね?』


 青い立体映像で浮かび上がるヴォルク・テシス大将を前に、サウルーは通信椅子に座ったまま、背筋が凍るような気分だった。


「残念ながら、勝利の道筋は浮かびません」

『だろうな。艦隊の長官にいきなり任命されて、所属艦艇全体を把握している最中だろう』


 どこか決めつけるようなテシスの発言に、サウルーは内心ムッとしたものの、それを表情に出すことなく頷いた。


「なにか、お知恵を拝借できましたらば」

『うむ。貴官は「臆病者」になる覚悟はあるかね?』


 テシスは何の躊躇いもなく言い放った。


「臆病者、ですか……」


 気分のいいものではなかった。とりわけ、勇猛果敢であることが誇りとされる帝国において、臆病者は言葉以上に重いものがある。


「まあ、話を聞くだけ聞きましょうか」

『結構。貴官は見込みがあるな』


 並の将官ならば、激昂しているところだ。サウルーは、それに思い至り、自分の本性を見られてしまったことを悟った。が、後の祭りである。


『現在の東洋艦隊の戦力をざっと見させてもらった。間違いがあったら申し訳ないが、その資料をもとに私が導き出した策を授けよう』


 立体映像のテシスは、不敵な笑みを浮かべた。


『逃げ回れ。全力で、敵艦隊から逃げろ』

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