第209話、敵戦闘機と、コロンボ空襲
軍港トリンコマリーへの襲撃は成功した。
第一機動艦隊はその間、南下しつつセイロン島に近づいていた。盛んに偵察機を飛ばして、異世界帝国東洋艦隊を捜索するが、見つかるのは潜水艦と、トリンコマリーから逃げたと思われる輸送船やその護衛艦くらいである。
「見つかりませんな」
山田参謀長の発言に、小沢は頷いた。
東洋艦隊の撃滅が目的なのに、肝心の東洋艦隊がいない。現れない。
インド洋――インドを挟んだ向こう側であるアラビア海へ後退したのか。だとするならば、敵艦隊は艦隊保全に走ったとみて間違いないのだが。
本当にそうなのか。実は第一機動艦隊に決戦を挑むべく急行している最中なのでは、と疑いもある。
「出てこないのなら、出てくるまで暴れまわるだけだ」
そのまま南下し、セイロン島南西部沿岸にあるコロンボ港を攻撃する。トリンコマリー攻撃から戻ってきた航空隊を収容しつつ、再出撃の準備を行う。
「しかし、異世界人が、こちら側の戦闘機を使うとは……」
小沢は腕を組んだ。
戦場観測していた彩雲からの報告で、異世界帝国軍のトリンコマリー航空隊が、イギリス軍の戦闘機を自軍の戦力に加えて使用していたことがわかった。これらは無機的な灰色塗装がされていたが、紛れもなく英軍機であった。
「機種は、ハリケーンとフルマーだったとのことです」
青木航空参謀が言った。
ホーカー・エアクラフト社で作られたハリケーン戦闘機は、30年代の設計で、イギリス空軍ではスーパーマリン・スピットファイア戦闘機と並んで多く使用された機体だ。
ただ最近では当たり前となっている全金属製ではなく、木材や帆布を多用した旧式の設計ではある。
正直、零戦よりも古く、スペックを見る分には、零戦五三型の敵ではないのだが、交戦の様子を見る限りだと、意外と手こずっていた。木材や帆布といった旧式構造のおかげで、弾が貫通してしまい、簡単に墜落しなかったからである。
1185馬力のロールス・ロイス マーリンエンジンを搭載し、武装は7.7ミリ機銃ながら8丁も積んでいる。
そしてもう一機種、フルマーは、フェアリー社が開発した艦上戦闘機である。……そう、空母機である。
イギリス海軍初の本格的単葉戦闘機、それがフェアリーフルマーだった。洋上航法をする艦載機なので、位置を把握し、しっかり空母に帰れるように航法士を乗せた複座として作られた。
当時複葉機だらけだったイギリス海軍航空隊としては、期待の新型だったが、重量が艦上攻撃機並みに重く、そのくせエンジンのパワーがないために、戦闘機としてみるとどうしても低性能だった。武装は、ハリケーン同様、7.7ミリ機銃8丁である。
「性能では我が零戦には劣りますが……」
「異世界帝国は、これまでトンボ型を主力にハチ型を使っていた。だが、現地の戦闘機を戦力に組み込む例は、これまでなかった」
明らかに、敵主力戦闘機であるヴォンヴィクスやエントマのほうが、地球製戦闘機より優れていたからだ。低性能かつ、低速の現地鹵獲機を利用する意味は薄い。
そこから見えてくるものとすれば――
「異世界帝国の補給事情が絡んでいるのでしょう」
神明作戦参謀は口を開いた。
「彼らは、この星全体に戦線を抱えています。太平洋、大西洋にインド洋。その戦力について、どれほど保有しているのかはわかりませんが、艦艇に関しては鹵獲したものを戦力に取り込んでいた」
しかし、太平洋艦隊は二度、東洋艦隊は一度、再編を余儀なくされるほどの大損害を被った。本来なら簡単には立ち直れない損害にもかかわらず、異世界帝国軍は凄まじい国力、物量をもって短期間で補充してみせた。
だが――
「異世界帝国の国力も無尽蔵というわけではないのでしょう。実際、拡大する占領地に対して充分な後方戦力が少なく、前線を迂回すれば脆い一面も見受けられました」
元イギリス戦闘機を採用したのは、現地鹵獲戦力の流用。つまりは――
「補充が滞りだしたのかもしれません。広大な占領地と、我ら日本軍の奮戦により消耗した結果、戦闘機の供給が間に合わなくなってきた」
ならば、艦艇同様、手に入れた地球人の航空機を使ってしまえ、ということだ。
「もし作戦参謀の言う通りなら……」
山田は考え込む。
「これからは、異世界戦闘機のみならず、占領された土地の航空機も敵として現れるのか」
「フルマーやハリケーンが出てきたとなれば」
青木は首を傾げた。
「米軍のP-36やF4Fなども、太平洋では今後敵として出てくるかもしれないということですね」
「その辺りなら、零戦五三型で充分に相手できる」
神明はそこで真顔で告げる。
「しかし、敵が地球側の航空機を使うならば、艦隊全乗組員、海軍、日本軍全体に速やかに通知すべき事態と言えます。これまで、その特異な外観のおかげで、遠くからでも見分けがつきましたが、こちら側の兵器を使ってくるとなると、味方と思い込んだところを襲撃される可能性も出てきます」
見慣れない形だったから判別できていたが、それが癖になっている現状、地球側と同じ形をしているから敵ではない、という思い込みが発生して、警戒が緩み不意打ちされるかもしれない。場合によっては、それが致命傷にもなりかねない。
「うむ。見張り員たちにも厳重に通達せよ」
小沢は頷いた。
「ただでさえ誤認は危険だからな」
敵が味方のフリをして着艦コースを取りながら空母に接近など、考えたくもない。
・ ・ ・
翌日、朝。第一機動艦隊から飛び立った攻撃隊が、異世界帝国コロンボ基地とその港を襲撃した。
道中、異世界帝国軍のミガ攻撃機、英軍機であるソードフィッシュ雷撃機、ブリストル・ブレニム双発軽爆撃機が、機動艦隊めがけて放たれたが、第一機動艦隊攻撃隊から、戦闘機隊が分離し、これを攻撃、撃墜した。
また、コロンボ上空では、ヴォンヴィクス戦闘機の他、ハリケーンやフルマーといった英軍機が第一機動艦隊攻撃隊に襲いかかった。
しかし零戦五三型の前には、ヴォンヴィクスは速度面では互角。英軍機はスピードも運動性も劣り、相手にならなかった。
かくて小沢機動艦隊は、トリンコマリーに続き、敵コロンボ基地と港を叩くことに成功した。
だが、この期に及んでもまだ、異世界帝国軍は潜水艦を集めるばかりで、東洋艦隊主力は影も形も姿を見せなかった。
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