第208話、トリンコマリー空襲


 敵の哨戒艇に発見された。


 第一機動艦隊トリンコマリー攻撃隊は、無線封鎖を解除し、対レーダー対策の低高度飛行をやめた。上昇に転じ、速度を上げてトリンコマリーへと突っ込む。


 敵地上空に遮蔽装置で潜伏している彩雲から、最新の情報が通信機を通して送られる。


 空母『翠鷹すいよう』の制空隊の鳥井 武志少尉は、敵機がいつものトンボ型だけでなく、レシプロ機が混じっているという報告に一瞬戸惑った。


「レシプロ機だって?」


 トンボ型――ヴォンヴィクスでも、あの嫌なハチ型――エントマでもない戦闘機。異世界人も、こちらの世界と同じレシプロエンジンの航空機を使うようになったのか。


『一航戦制空隊へ。敵迎撃機を対処せよ。三航戦、五航戦制空隊は、攻撃隊を護衛!』


 制空隊指揮官の指示が飛び、鳥井は思わず口をすぼめた。

 新鋭機である五三型の一航戦の戦闘機隊が、敵迎撃機の相手をする。それはいいのだが、三航戦にも早く新型零戦を配備してほしいところだった。


 現状、三二型と五三型では、最高時速で50キロ差がついている。新型の五三型は、敵主力戦闘機であるヴォンヴィクスとほぼ互角の速力を獲得し、ようやく異世界帝国機と対等の機体を手に入れたのだ。


 エントマ迎撃機に比べると、五三型でも不足なのだが、三二型と比べれば幾分かマシである。


「さて、そのハチ型はいないみたいだけど」


 鳥井は独りごちる。


「レシプロ機が気になるなぁ」


 果たしてどのような性能を持っているのか。ここにきて敵が投入してきたのだから、最低でも現状の世界基準の性能は持っているに違いない。


「……おっ」


 空中戦が始まったようだ。鳥井たち三航戦戦闘機隊は、艦爆、艦攻部隊の護衛であるから、こっちへやってくる敵機がいれば叩き落とす。

 逆に、仕掛けてこないのなら無視である。


 攻撃隊は、トリンコマリー飛行場と軍港へと突撃していく。それぞれの攻撃目標に向けて、爆弾やロケット弾を降らせるのである。


「……速い!」


 鳥井は、先陣を切る新鋭、艦上攻撃機「流星」の速度に目を見張る。

 爆弾を搭載しているのに、全力を出した零戦三二型並の速度で飛んでいく。それと比べると、春風エンジンで改良された九九式艦爆や九七式艦攻が、カメに思えるほど鈍足に見えてくる。


「これが、新鋭機ってことか」


 誉エンジンを搭載した2000馬力級航空機のパワーは凄まじいものがある。

 内地では、その誉を積んだ新型戦闘機を開発中と聞く。改造機である零戦五三型と違って、そのスピードはエントマに匹敵する650キロ以上を出す予定と言われている。


 フィリピンを巡る戦いが初陣になった搭乗員たちにとって、エントマハチ型はトラウマに等しい。鳥井自身も、その姿を見れば体温が一、二度上がるような熱を感じるし、いないと無意識に安堵していた。


 新型と言えば――鳥井は視線を転じる。トリンコマリー飛行場の敵戦闘機は、一航戦の72機の零戦五三型によって食い止められていた。

 数が味方のほうが多く見えるのは、五三型が押しているからだろうか。


「いや……違うな」


 いつもの癖で、トンボ型とそうでないもので敵味方を判断してしまった。先行していた彩雲偵察機から、敵戦闘機にレシプロ機も混じっていると報告があったばかりだ。


 少し見れば、すぐに見分けがついた。

 どう見ても、零戦と違って、機首が尖っていたからだ。あれは空冷ではなく、液冷エンジンの特徴である。よく見れば細部も違うし、これを見間違うのはよほど遠いか、脳が疲れているくらいだろう。


「異世界人は、液冷エンジンを使うのか」


 そう思いつつ、敵が使う灰色塗装の機体、どこかで見たような気がする鳥井だった。



  ・  ・  ・



「ありゃ、イギリスさんの戦闘機だな」


 彩雲偵察機の航法士席に座る桂中尉は、空中戦を観察する。


『イギリスですか?』


 操縦担当の塚部一飛兵が聞いてきた。桂は双眼鏡を覗き込む。


「ここセイロン島は、もともとイギリスさんが支配していたからな。異世界人たちが鹵獲して使っているんじゃないか」


 あの尖った機首の形は、液冷エンジン搭載機だ。日米海軍の航空機は、大半が空冷エンジンで横からみると空気抵抗が大きそうな見た目をしている。


 空冷エンジンは、エンジンを外気で冷やすタイプだから、空気を取り入れるためにも空気抵抗が大きいほうがいいわけだが、液冷エンジンは、液体を使って冷やすタイプなので、先端を細くして、空気抵抗を小さくできる。


 当然、抵抗が小さい分、液冷エンジンのほうが空冷エンジンよりも速度が出る傾向にある。もちろん、機体の重量やエンジンの出力で変わってくるので、一概には言えないが。


 空冷エンジンは液冷に比べて構造が簡単で整備もしやすい。揺れなどがある空母などで整備するにしても、構造が複雑な液冷よりも扱いやすい。

 一方で、イギリスやドイツなどでは液冷エンジンの機体が多い。陸上で運用する機体も多く、空母を複数持つイギリスも、艦上機に関してはややレベルが低い。


『しかし中尉。敵が鹵獲するのはわからんでもないですが、航空機でそういうのって聞いたことがないのですが?』


 塚部は問うた。確かに、と桂は心の中で同意した。


「これまでは、敵が鹵獲機を使うところは見たことがないがな」


 海軍としてはないはずだ。あれば士官である桂が知らないというのもおかしい。――しかし、陸軍ではどうなんだろうか?


 海軍に報告されていないだけで、大陸で戦っている陸軍は、敵のトンボ型やハチ型以外にも、地球の戦闘機を使っている例を知っているのだろうか?


『本当に鹵獲機なのでしょうか? 敵のオリジナルという可能性は……』

「まあ、なくはないが、あれはイギリスの機体で間違いない。俺が何年、偵察員をやっていると思ってるんだ?」


 桂には開戦前から、海軍の搭乗員をやっている古参兵である。日米はもちろん、欧州の航空機といえど、ここ二年ほどに出てきた新型を除けば、シルエットはほぼ暗記している。


「あいつは、ホーカーハリケーンとフェアリーフルマーだ」


 フルマーのほうは1940年と記憶の中ではかなり新しいが、戦闘機のくせに複座機という変わり種だからよく覚えている。ぶっちゃけ艦上爆撃機にも見えるから、戦闘機とわかっているのなら見分けやすい。その変わり、艦爆や艦攻と間違える可能性はあるが。


「こいつは、機動艦隊にも報告せにゃならんな」


 異世界帝国は、鹵獲艦を使っているのはわかっていたが、航空機に関しては海軍としては初遭遇だろう。

 偵察、情報収集のために飛んでいる桂たちの任務に、当然加えられるべき代物である。


 彩雲偵察機が、敵情を集めている間、トリンコマリー攻撃隊は、軍港施設ならびに飛行場を破壊していく。

 流星や九九艦上爆撃機がロケットや爆弾を、九七式艦上攻撃機が大型爆弾を地上に叩き込み、異世界帝国の兵器や設備を破壊していく。


 占領する予定はなく、また敵東洋艦隊の補給拠点を破壊すべく、徹底的な攻撃が加えられたのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・フェアリーフルマー

乗員:2名

全長:12.27メートル

全幅:14.14メートル

重量:3955キログラム

発動機:ロールスロイス『マーリン』1260馬力

速度:435キロメートル

航続距離:1255キロメートル

武装:7.7ミリ機銃×8 250ポンド爆弾×2

その他:軽爆撃機を改造して作られたイギリス海軍の艦上複座戦闘機。名前はカモメ(フルマカモメ)の意。重量、馬力不足も相まって、戦闘機としては鈍足。


・ホーカーハリケーン

乗員:1名

全長:9.83メートル

全幅:12.20メートル

重量:2550キログラム

発動機:ロールスロイス『マーリン』20エンジン 1185馬力

速度:523キロメートル

航続距離:750キロメートル

武装:7.7ミリ機銃×8

その他:イギリス空軍初の単葉戦闘機。全金属製ではなく、作りは旧式だが、構造に余裕があり改良しやすく、被弾時のサバイバビリティが高かった。またレーダーに探知されにくい機体だった。

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