第210話、上陸部隊がいなければ、セイロン島は占領できず


 第一機動艦隊は、セイロン島の異世界帝国軍拠点であるトリンコマリー、コロンボを叩いた。飛行場、港湾施設にダメージを与え、数隻の小型船や輸送船を撃沈した。

 撃破すべき東洋艦隊の姿はなく、セイロン島の防備は弱体化したが、第一機動艦隊は反転した。


『もし、陸軍の上陸部隊があったなら、セイロン島を攻略できたのではないか?』


 しかし、機動艦隊の目的は、敵東洋艦隊の撃破であり、セイロン島の占領ではない。故に、敵が無力化しようとも、それ以上の手出しはできなかった。


「敵東洋艦隊が叩けなかったのが、心残りではある」


 小沢中将は難しい顔になる。


「敵の潜水艦をかなり沈めることができたのは僥倖だが、これで陸軍のカルカッタ上陸部隊の移動にも、敵東洋艦隊の襲撃を警戒せねばならなくなった」


 第一機動艦隊は、陸軍船団をしっかりとガードしなくてはならない。もし東洋艦隊を撃破できていたなら、陸軍船団は対潜警戒専門の護衛部隊に任せることが可能になり、第一機動艦隊は自由に行動できた。


「東洋艦隊が完全にアラビア海やマダガスカル方面に逃げたのなら、まだいいのだが……」

「インドの西側など、比較的近くに東洋艦隊が潜んでいた場合、セイロン島を迂回して、ベンガル湾に侵入という手もあります」


 神明は告げた。


「ここは、ベンガル湾方面に進出し、カルカッタへの敵通商ルートを攻撃して、敵の出方を窺いましょう」


 さすがに守るべき輸送船が攻撃されている状況で、近くにいるのなら東洋艦隊は動かさざるを得ない。

 全ては無理でも、巡洋艦や空母を護衛に貼り付けねばならないと、異世界帝国にプレッシャーをかけることはできる。


「異世界帝国の大陸侵攻軍も、海上補給ルートを叩かれれば彼らの侵攻計画にも狂いが出ます。そんな状況で、東洋艦隊が何もしないのは、さすがに自軍から顰蹙を買うでしょう」

「東洋艦隊は、出てこざるを得ない、か」


 小沢は唇の端を皮肉げに曲げた。


「異世界人の陸海軍の仲はいいのだろうかね? この世界じゃ、陸海軍はだいたい予算の取り合いを含めて、仲が悪いものだが」

「その辺り、捕虜から聞き出してくれているのではないでしょうか」


 ウェーク島攻略で、うつつ部隊が確保した異世界人は、日本本土にて取り調べが行われている。その情報について、現場の艦隊にはまだ下りてきていないが、いずれは一般将校レベルにもある程度伝わることになるだろう。


「まだ情報は海軍内に留まっていて、陸軍にも伝わっていないようですからね」

「まあ、有益な情報は、さっさと現場にも下ろしてもらいたいものだがね」


 小沢は海図を見下ろした。


「第一機動艦隊は、ベンガル湾を北上しつつ、通商破壊と潜水艦狩りを継続する。陸軍にせっつかれて東洋艦隊が出てくれば、これを叩く。出てこなければ――」

「敵東洋艦隊はアラビア海より西へ完全撤退したと見なしてよいでしょう」


 神明としても、本音を言えば、陸軍のカルカッタ上陸船団が動く前に、敵東洋艦隊を始末したかった。


 作戦方針は固まり、小沢艦隊は、セイロン島東に沿って北上した。ついでに、ベンガル湾北部に進出する前に、セイロン島北端部に発見された敵飛行場――カンカサントゥレイを攻撃することも決まった。


「長官、ここからは私見なのですが、よろしいですか?」


 神明が言えば、小沢も従兵に茶を用意させると、リラックスして席についた。


「おう、いいぞ。話せ話せ」

「細部は詰めていないのですが、セイロン島を我々で攻略しませんか?」


 神明の言葉に、小沢は一瞬目を見開いた。何を馬鹿なことを、と思ったが、この普段から表情に乏しい真面目男が冗談を言うとも思えず、かろうじて頷いた。


「我々で、というのは、陸軍抜きでか?」

「できれば一個大隊くらい欲しいところですが、あちらさんも大陸決戦やカルカッタ上陸の戦力を振り向ける余裕はないでしょうから……」

「いやいや、わずか一個大隊で、あの広いセイロン島を攻略とか――」


 小沢は首を傾けた。


「神明、貴様の意図は?」

「セイロン島を押さえれば、インド洋、ベンガル湾を通る敵の海上補給路を完全に遮断が可能になります」


 日本軍が占領し、拠点化したならば、アラビア海からインドの海岸線に沿ったルートは完全不可になり、インド洋からのルートも、セイロン島の東とアンダマン諸島に挟まれた海域に限定される。


 そこに日本軍の潜水艦が待ち伏せすれば、飛んで火に入る夏の虫。仮に突破できたとしてもベンガル湾に押し込められ、帰る時もリスクを背負うことになる。


「異世界帝国からしたら、大陸侵攻のための物資を欧州や中東からアジアへ陸路で運ぶのは大変です。その点、海上輸送は、長距離を大量に運べますから、これが使えなくなるのは大きな痛手です。……当然、異世界帝国海軍も黙って見過ごすことはできないでしょう」

「……東洋艦隊は必ず出てこざるを得ない」


 小沢はお茶を啜った。


「それどころか、陸軍のカルカッタ上陸船団に構っている場合ではなくなるか……?」

「セイロン島を手に入れた場合、異世界帝国の大陸侵攻軍は、必要とする物資が不足します。その結果、大陸決戦に使えるはずだった戦力が減ったり、戦術が限定される事態も想定されます」


 もちろん、カルカッタを陥落させれば、セイロン島付近の輸送航路の終着点も使えなくなるので、無理をしてセイロン島を攻略する必要はないのだが。


「異世界帝国の陸軍は、前線は強いですが、後方戦力は手薄です」


 神明は続けた。


「セイロン島を日本軍が占領すれば、敵は、インド南部に戦力を集中する必要が出てきます。それはつまり、前線の戦力をいくらか引き抜かなくてはならないということであり、間接的に、我が陸軍の決戦を助けることにも繋がります」

「……なるほど。面白い」


 小沢は相好を崩した。


「しかし、神明。肝心のセイロン島をどう攻略する? 第一機動艦隊は艦隊だ。陸上に上陸して戦う人数は少ないし、とてもセイロン島の敵守備隊と戦えんぞ」

「長官、我々は、敵の弱点を知っています」


 神明は淡々と告げた。


「海軍上層部はまだ秘匿していますが、我々は連中の命綱が、E素材でできている塔などにあることを知っている。……そこを突ければ、守備隊の数は決定的な要素にはならないと思います」


 たとえ、こちらが十人程度だったとしても、島中の異世界人の生存者がゼロならば、占領は可能なのだ。理屈の上なら……。

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