第515話、インド洋の荒波


 一夜明けて、日本海軍の主力戦闘群、奇襲攻撃群は、連合艦隊旗艦『敷島』の周りに集結した。


 セイロン島方面に進軍していたインド洋艦隊は壊滅した。

 連合艦隊の勝利だ。ソロモン諸島を巡る敵南海艦隊との戦いに続き、日本海軍は、ムンドゥス帝国海軍を撃破したのだ。


「……」


 しかし、連合艦隊司令長官、山本 五十六大将の心境は晴れなかった。

 確かに勝利した。異世界帝国軍による大陸への物資輸送は阻止され、陸軍の大陸決戦もまた勝機が出てくる。


 だが、連戦による被害は、連合艦隊司令部も手放して喜べるものではなかった。

 まず第一艦隊。戦艦、空母ともに、離脱が必要なほどの損害はなし。重巡『鳥海』『摩耶』、軽巡『高瀬』に小破程度の損傷。特殊巡洋艦『由良』が誘導弾発射の寸前の被弾で誘爆、中破した。

 駆逐艦は、一水戦で4隻、三水戦で3隻が撃沈され、特に三水戦はソロモン戦での連戦からの被害で、残存駆逐艦が4隻にまで減っている。


 次に第二艦隊。金剛型戦艦、雲仙型大巡に損害なし。重巡、軽巡も小破未満の被弾で済んだが、二水戦では旗艦の『青葉』が小破。駆逐艦『秋雲』『初風』など6隻が失われた。輸送船団に突入した際の、護衛駆逐艦との交戦で、損傷、撃沈という流れが目立つ。


 第一機動艦隊は、航空隊しか参加していないため、艦艇の損害は無傷。

 一方で、第二機動艦隊は戦艦『武蔵』が小破、『近江』『駿河』『常陸』が中破。重巡洋艦『加古』中破。七水戦で駆逐艦5、八水戦で駆逐艦6隻がやられ、大型艦から小型艦まで、もっとも被害が大きかった。

 また無傷だったとはいえ特殊巡洋艦戦隊が、ほぼ対艦誘導弾を使い果たし、補給なしでは戦闘力をほぼ失っていた。

 とはいえ、これは他の艦隊の、特に巡洋艦部隊にも言えることで、第一、第二艦隊の重巡、軽巡は砲弾不足が顕著だった。


 第六艦隊は、敵に対潜戦闘をする余裕がなく、損失はなし。しかしこちらも魚雷を消耗している。


 第七艦隊は、戦艦『山城』が中破。旗艦の『扶桑』は戦闘、航行能力に支障はないものの、軽微な損傷を受けた。

 大型巡洋艦の『荒海』『摩周』『初瀬』が被弾により小破ないし中破。重巡『那岐』、軽巡『滝波』も中破ないし大破判定である。第九水雷戦隊では、『初梅』ほか10隻が撃沈された。


 第一〇艦隊は、戦艦と特殊砲撃艦、潜水艦に損害はなかった。しかし砲撃戦を演じた重巡洋艦『飯縄』『多度』が損傷、軽巡洋艦『斉勝』中破、『半田』が大破した。


「総合的に見ますと――」


 草鹿 龍之介参謀長は告げた。


「第二機動艦隊と第七艦隊以外の戦艦は健在。各艦隊の空母も弾薬の減りはあるものの、ほぼ戦力を残しております。目立った損害は、やはり各水雷戦隊、その駆逐艦です」


 乱戦となり、駆逐艦同士で撃ち合う場面となると、防御障壁を使っている余裕もなく、砲撃に集中した結果の被弾や共倒れが相次いだ。


「巡洋艦につきましては、主力戦闘群のそれは被害が軽微に留まりましたが、奇襲攻撃群の巡洋艦は損傷艦が比較的多く見受けられます。双方に共通しているのは、砲弾、誘導弾の残弾が乏しく、今戦闘があった場合、その火力を発揮できないことでしょう」

「誘導弾の消耗は致し方ないと思います」


 樋端航空参謀が言った。


「第二機動艦隊も第七艦隊も、それを最初にバラまいたことで、初撃で敵に損害を与え、結果的に艦隊の被害を抑えました」


 出し惜しみをしていれば、おそらく損傷、撃沈された味方艦はもっと増えていただろう。

 渡辺戦務参謀が口元を緩めた。


「主な戦艦、空母が健在なのは幸いでした。水雷戦隊を含め、再編が必要なところも多々ありますが、ひとまず補給をすれば戦える艦が多いのはよいことです」

「まさしく」


 山本は同意した。陸軍や軍令部からプレッシャーをかけられていたインド洋の戦いは制した。被害は少なくないが、ひとまず勝利報告ができることは喜ぶべきことだ。

 ……そのはずだった。


『第二機動艦隊、伊600潜水艦より緊急電! 敵潜水型艦艇で構成される艦隊を捕捉! その数およそ50から60! 注意されたし!』

「潜水型……! 潜水艦か!」

「しかも50から60とは!?」


 連合艦隊司令部は騒然となる。山本は口を開く。


「全艦隊に対潜警戒、対潜戦闘用意を下令! まだ敵がいるぞ!」



  ・  ・  ・



 それは、インド洋艦隊本隊と別行動を取っていた潜水航行部隊だった。

 日本艦隊が転移によって場所を変えた際、その転移先となりうる海域にて待機し、いざ敵が現れれば襲撃する――その予定だった。


 襲撃部隊と呼ばれたこの部隊は、全部で六つ存在したが、一つが決戦前に第二機動艦隊、別の一つが第一機動艦隊に発見に発見され、それぞれ撃破されていた。

 本隊と輸送船団が、日本艦隊と交戦に入ったという緊急電を受けた襲撃部隊は、日本機動部隊の転移に備える待ち伏せをやめ、主力と合流するべく、それぞれ集結を開始した。


 結果として、夜が明けてしまってからの到着となり、インド洋艦隊は壊滅してしまったが、残存部隊は日本艦隊に反撃すべく、襲撃をかけようとしていた。


 第三襲撃部隊、旗艦『トクソテース』では、日本艦隊の動きが報告される。


「敵駆逐艦、増速! こちらを察知した模様!」

「むぅ、この距離で捉まったか。レーダー、ソナーとも、まだ索敵範囲より遠いはずだが」


 指揮官であるプース少将は、軍帽を被り直した。


「やむを得ん。全艦浮上! 第四襲撃部隊にも伝えろ」


 水中航行は、地球製潜水艦より速いが、水上航行のほうがさらに速度が出るムンドゥス帝国の潜水巡洋艦ならびに潜水駆逐艦である。


「浮上と共に航空隊を緊急発艦させよ! 潜水支援艦もスクリキを対艦攻撃モードで出せ! 出し惜しみするなよ!」


 転移する日本機動部隊を襲撃することを前提に編成された襲撃部隊である。『トクソテース』は潜水航空巡洋艦であり、垂直離着陸機能の戦闘攻撃機を6機搭載しているし、潜水支援艦には、1隻につき10機のスクリキ浮遊小型戦闘機が搭載され、射出できるようになっている。


 第三、第四と二つ襲撃部隊で、潜水航空巡洋艦が6、潜水支援艦も6なので、全機を出撃させられれば、戦闘攻撃機36機、スクリキ60機とそれなりの規模になる。

 そして通常の潜水巡洋艦も10隻、潜水駆逐艦が30隻あるため、これらが一斉に突撃をかければ、夜戦で疲れた日本艦隊に相応の被害を与えられると思われた。戦艦はないが、いざ砲撃されれば潜水してやり過ごして距離を詰めることもできる。


「あと幾つの襲撃部隊が、ここにこられるかはわからんが――」


 夜を迎える前に第二襲撃部隊がやられたとかいう連絡があったようだが、それ以外の健在な襲撃部隊は、この決戦海域に集結しつつある。

 もしかしたら別方向から、プース隊のように攻撃隊を飛ばして、襲撃を仕掛けているかもしれない。


「インド洋艦隊本隊の仇を討つぞ! 全艦、突撃ぃ!」

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