第514話、インド洋艦隊の最期


「なんとも惨めなものだ……」


 ムンドゥス帝国インド洋艦隊司令長官、メントー・オロス大将は、たっぷりある自身の白い髭を撫でた。


 インド洋艦隊自体は、各所で日本海軍相手に奮戦している。しかし全体的に見れば、旗色が悪い。

 オロス大将率いる第四群も、前と後ろに日本艦隊がいて、双方から砲撃を浴びている。


 前にいるのが日本海軍の主力戦艦部隊である第一艦隊。後方には、我がオリクト級戦艦に匹敵する戦艦6隻の艦隊――第一〇艦隊。

 敵旗艦を含めて13隻の戦艦が前、後ろに6隻。対する第四群の戦艦は、1隻が脱落して8隻。数で劣勢だ。


 改メギストス級大型戦艦である『プロートン』は45センチ砲搭載戦艦だが、1隻のみ。対する日本艦隊は、旗艦含め3隻が46センチ砲と、火力の面でも不利だった。……なお、オロスは、3隻のうちの2隻――播磨型が主砲を51センチ砲に換装していたことを知らない。


「ここに至っては、もはや討ち死にする他にないと思えるが……参謀長、どう思うね?」

「……」


 参謀長のテルモン中将は押し黙る。この状況を覆す手はないようだった。


『艦隊後方より複数の発光!』


 通信室か見張り所か、司令塔にその報告が響いた時、複数の爆発と閃光がよぎった。

 何らかの攻撃か。すぐに報告が入るが、後続の巡洋艦数隻と、そしてオリクト級戦艦3隻が炎に包まれ、沈みつつあるという。


「一気にやられたな。今の兵器はなんだ?」

「発光の報告があったところから、おそらく熱線砲の第二射かと」


 後続の日本艦隊が、初っ端に熱線砲を使って、第四群の戦力を削りにきた。使用すれば充填に時間がかかる熱線砲だが、なるほど、他の艦が砲戦している間に、熱線砲担当は、エネルギーのチャージをして追尾していたらしい。


「早々に始末しておくべきは、後方の艦隊だったか……」


 愚痴るようにオロスが言えば、テルモンは口を開いた。


「輸送船団の救助が最優先でした。やむを得ません」

「ふむ、きちんと嫌らしいな、日本軍は」


 進まねばならない状況だった。だから後ろに構っている余裕はなかったのだ。

 しかし、次の瞬間、凄まじい衝撃と爆発が司令塔の窓の前を吹き荒れた。強化ガラスが割れる――


「直撃か!?」

一番アルファ砲塔に直撃! 旋回不能!』


 敵戦艦の砲撃が主砲を叩き、艦体にめり込ませたようだ。今のは46センチ砲弾か……?

『プロートン』の周囲を水柱の壁が覆う。


「狙われているな……」


 オロス大将が、自嘲気味に唇を歪めた時、新たな衝撃が『プロートン』を叩き、破裂した。

 先ほどよりも強いそれは、想定された46センチ砲弾ではなく、より威力の高い一撃によるものだった。


 インド洋艦隊が把握していない巨砲から放たれた砲弾は、装甲を貫き、その驚異的な破壊力で艦内を引き裂いた。



  ・  ・  ・



 インド洋艦隊総旗艦である『プロートン』は、『敷島』『遠江』『播磨』の3隻からの砲火を浴びた。


『敷島』の46センチ砲弾には、かろうじて耐えた改メギストス級だが、よりランクの高い51センチ砲弾の前では、やや装甲が不足していた。

 砲弾が直撃するたびに、その装甲が捲れあがり、艦内を破壊する。炎と衝撃波による蹂躙は、『プロートン』から戦闘力と航行能力を奪った。

 速度が低下したことで、一時射線が――ズレることなく、日本戦艦は的確に『プロートン』に当てる。


 砲術を担う能力者が、砲弾の軌道を微調整、確実に『プロートン』に砲弾を運ぶ。想定以上の威力の巨弾は、いかな能力者でもコントロールに若干難儀したようだ。

 だが時間と共に異世界帝国総旗艦に砲弾が集中し、被害が拡大した。


 残るオリクト級戦艦もまた、日本戦艦の集中砲火を浴びる。第一〇艦隊の収束熱線砲により、4隻にまで減らされた戦艦に対して、第三戦隊『土佐』『天城』『尾張』が1隻、第四戦隊『陸奥』『薩摩』『飛騨』で1隻、第五戦隊『相模』『越後』『安芸』『甲斐』で1隻を狙った。


 最後尾となったオリクト級戦艦には、古賀大将指揮の伊予型6隻から砲撃が集中。41センチ砲弾の雨は、異世界帝国戦艦を傷つけ、戦闘力を奪い、そして撃沈した。

 旗艦『プロートン』が司令長官オロス大将と共に沈む頃には、第四群の戦艦は壊滅したのだった。


 残る巡洋艦と駆逐艦部隊は、半数が第一艦隊、残る半分が第一〇艦隊への突撃を敢行する。

 熱線砲により、すでにその巡洋艦は半分ほどに減ってはいたが、駆逐艦は二十数隻があり、もし魚雷を敵戦艦に集中させられれば、一矢報いることも可能だった。


 だが、第一艦隊側に向かった艦は、第二艦隊から分派された第七戦隊――金剛型戦艦と第十五戦隊の妙高型重巡洋艦、そして第一艦隊第三水雷戦隊が迎撃した。

 一方の第一〇艦隊側に進んだ艦は、志賀型重巡洋艦5隻、和賀型軽巡洋艦6隻の熾烈な速射砲弾幕に晒されることとなる。



  ・  ・  ・



「これは、ほとんど終わってしまったな」


 第一機動艦隊から飛び立った夜間攻撃隊。その指揮官、垂井 明少佐は流星艦上攻撃機から、戦場を見下ろす。

 夜間用魔力ゴーグルのおかげで視界はクリア。海上の戦いは、輸送船団の輸送艦とその護衛艦を残すところとなっていた。

 四つあった戦闘艦隊も、連合艦隊はほぼ撃破したようだった。


「では、こちらも輸送船狩りに協力するとしますか」


 第一艦隊の巡洋艦部隊、第二艦隊の雲仙型大巡と伊吹型重巡などが、輸送船を砲撃し続けている。

 敵の護衛に巡洋艦や小型空母がいないところを見ると、真っ先に排除されたらしい。


「輸送艦相手に、対艦誘導弾は少々もったいないが、せめて大きいヤツを狙うか」


 さすがに輸送艦も、じっとしているだけでなく後方の船から退避を始めている。混乱しているせいか、所々で衝突し動けなくなっている船も見えた。


 流星艦攻隊は、混雑から抜けて撤退し始めている輸送艦に対して攻撃を開始する。そこが味方から撃たれることなく、敵船舶を狙えるからだ。また後ろが塞がれば、さらに他艦の逃走が難しくなる。


 上空に敵影はなし。密集する輸送艦の列から脱したと安堵していた異世界帝国船に、流星の対艦誘導弾や爆弾が突き刺さる。

 装甲皆無に等しい輸送艦は、瞬く間に船体の半分をバラバラにされ、海へと引きずり込まれた。


 船側に為す術はなかった。守るべき護衛の駆逐艦や巡洋艦はすでになく、運んでいた積荷や将兵もろとも、海の藻屑となるのだった。

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