第176話、トラック環礁への空襲


 1943年、6月。日本軍のよるトラック諸島奪回は佳境を迎えていた。

 主な島は占領し、残すはトラックの中枢とも言える夏島の敵守備隊を壊滅させれば、完全奪回となる。


 上陸した陸軍のみならず、第二艦隊が洋上からの砲撃支援を行い、異世界帝国軍守備隊の戦力を減らしている。

 すでにトラック諸島にあった各飛行場は、日本軍が制圧しており制空権を確保。異世界帝国の航空機は、1機も飛んでいなかった。

 しかし――


「長官、四水戦警戒部隊より緊急電! 東より航空機と思われる航空隊、およそ200機が接近しつつあり!」


 第二艦隊旗艦、大型巡洋艦『雲仙』の艦橋に飛び込んだ報告に、南雲忠一中将は眉をひそめた。


「200機……」

「双発や重爆撃機なら、マーシャル諸島からの可能性もありますが」


 白石参謀長は海図を見やる。


「200機とは――」

「二航戦から追加の航空隊を出させます」


 航空参謀が通信室へと移動をするのを見送り、南雲は海図を見下ろした。


「内地から、異世界帝国の太平洋艦隊が復活したという報告が来ているが……」

「もしや、敵太平洋艦隊がトラックの救援に?」

「可能性はある」


 南雲は腕を組んだ。


「今のところ、ハワイから敵艦隊が出撃したという報告は受けていないが」


 日本海軍の潜水艦隊である第六艦隊から、偵察用に潜水艦が送り込まれて、ハワイ近海を監視している。特に敵太平洋艦隊が再び真珠湾に駐留するようになってから、連合艦隊でもその動向について、神経過敏になっていた。


 現状、潜水艦隊からは、細かく輸送船が、島々の補給のために出入りしているとか、空母群がオーストラリア方面へ移動したなどという報告は入ってきている。太平洋艦隊の戦艦部隊が動いている気配はないが――


「空母群が動いているな」

「ハワイへの航空機輸送では、という話はありました」


 白石は告げた。


「先のアメリカ海軍との戦いで、基地航空隊に損害が出たようなので、その補充と見られております」

「それがオーストラリアやニューギニア方面からの航空機輸送ではなく、このトラック諸島への攻撃だったなら?」


 南雲の呟きにも似た声に、白石は緊張感を滲ませる。


「まさか、トラックの友軍を救援しに現れた、と? いや、しかし大規模な輸送部隊は同行していなかったと報告されていますが」


 もし大船団込みの空母群ならば、トラック諸島への救援の可能性が大として、連合艦隊でも警戒を強めただろう。増援の陸軍を乗せた輸送船が同伴していないのであれば、攻勢ではない、と考えていたようだが……。


「いや、船団が伴わなくても、攻撃ではないと言い切れないのではないか……?」

「と、言いますと?」

「異世界帝国との戦いの前、まだ米国を仮想敵と捉えていた頃、連合艦隊司令部はハワイ真珠湾の奇襲攻撃を計画していた」

「あ……!」


 白石も思い至った。当時、南雲は、第一航空艦隊の司令長官であり、空母部隊を率いて、ハワイへの大遠征を指揮する立場にあった。


「あの時も、別にハワイを占領するなどまったく考えていなかった。ただ太平洋艦隊を攻撃し、その戦力を当面使えなくしてやろうという作戦だった」


 つまり、陸戦部隊を連れていなくても、仕掛けてくる可能性はある。


「で、では! 敵の目的は、トラック救援ではなく、展開している我が第二艦隊が狙いかもしれないと?」


 白石の言葉に、南雲はさらに考える。

 確かに、ここで第二艦隊が大きなダメージを受けることになれば、敵太平洋艦隊と連合艦隊の戦力比にも影響が出るだろう。

 今の異世界帝国太平洋艦隊の兵力がどれほどかは、南雲たちにも伝わっていない。だから実際に第二艦隊がやられた時にどれだけ変わるのかは、わからないのが本音ではあるが。


「まだ敵空母群と決まったわけではないが、第二艦隊は集結。近くに敵部隊が存在すると仮定して行動せよ。索敵機を展開」


 南雲は決断した。

 自身が率いる第七戦隊――四隻の雲仙型大型巡洋艦は、トラック環礁の南西にあって東へと移動。第六戦隊である金剛型戦艦4隻がいる環礁の東での合流を目指す。


 環礁内にいた巡洋艦戦隊、駆逐隊もまた外に出て、敵艦隊襲来時に戦えるよう集結を始めた。


「四水戦、旗艦『仁淀』より入電。敵航空機は単発機! 双発、四発機は認めず!」


 にわかに空母機動部隊の可能性が高くなった。


「二航戦の零戦隊、敵航空隊と交戦!」


 零戦三二型を主力とする直掩部隊が、敵機を迎え撃つ。

 その間、母艦である『蒼龍』『飛龍』『黒龍』では追加の戦闘機と、対空誘導弾を搭載した九九式艦上爆撃機の出撃が進められている。


 第二艦隊各艦は、対空戦闘に備えて主砲に一式障壁弾を装填する。敵航空隊の規模からして、二航戦の零戦だけではおそらく防ぎきれない。

 トラック環礁内の飛行場は、日本軍が押さえたが、復旧と戦力化は間に合っていない。


「正念場だ」


 南雲は軍帽を被り直した。

 そして予想通り、迎撃部隊を突破した異世界帝国軍の攻撃機編隊が現れた。


「一式障壁弾、撃ち方はじめ!」


 先制の砲撃が口火を切った。



  ・  ・  ・



 幸い、第二艦隊に損害はほぼなかった。


 敵は、夏島進攻中の陸軍部隊と、輸送船を狙っていたらしく、南雲の艦隊をほぼ無視したのだった。


 一方、第二艦隊から飛び立った偵察機は、敵機動部隊の発見を報告した。しかし、すでに敵空母群は、西へと航路を変えていた。退避を偽装している可能性を考え、南雲は第二艦隊の集結後、追尾を命じた。


 だが、結果を言えば、追撃はすぐに打ち切ることになる。敵機動部隊は、全速力で離脱に掛かっていたからだ。

 第二艦隊がいかに速度に優れているとはえ、高速空母群に全力を出されては距離は縮まらない。

 全力航行は燃費が悪いので、いつか速度を落とすだろうが、航続距離について不明な点もある。こちらが先に息切れする可能性もある上、深追いしたら、実は囮だった、とか、他の有力部隊が待ち伏せしていることもあり得た。


 かくて第二艦隊は、トラック環礁周辺の警戒に戻った。あくまで、第二艦隊の任務はトラック奪回の支援であり、敵艦隊の撃滅ではなかったのだ。

 しかし、いつ敵がまた艦載機を送り出してくるかわからず、第二艦隊は外への警戒を強めることになった。

 だが、その翌日、離脱した異世界帝国空母群は、再び攻撃隊を送り出してきた。


 ただし、狙われたのはトラック環礁ではなく、マリアナ諸島――サイパンの飛行場だった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・青葉改型軽巡洋艦:『仁淀』(エクセター)

基準排水量:8700トン

全長:180.1メートル

全幅:17.65メートル

出力:10万4000馬力

速力:33.2ノット

兵装:60口径15.5センチ三連装砲×3 45口径12センチ単装高角砲×4

   61センチ四連装魚雷発射管×2 対潜短魚雷投下機×1

   25ミリ連装機銃×8

航空兵装:カタパルト×1 水上偵察機×2

姉妹艦:『青葉』(準姉妹艦)

その他:元英国海軍重巡洋艦。異世界帝国に鹵獲され、セレター軍港で修理されていたものを日本海軍が奪取した。重巡洋艦だったが、若干の火力不足が考えられた結果、主砲を15.5センチ砲に換装し、対軽巡、駆逐艦戦向けの巡洋艦となった。軽巡洋艦扱いということで「仁淀」と命名され、第四水雷戦隊の旗艦となる。

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