第177話、異世界帝国、太平洋方面作戦


 ハワイ、真珠湾。異世界帝国太平洋艦隊司令部。

 太平洋艦隊司令長官であるヴォルク・テシス大将は、第七空母群からの報告を受けた。


「――ふむ、トラックに引き続き、サイパン基地の奇襲に成功か」

「戦果としては微々たるものですが」


 テルモン太平洋艦隊参謀長は、報告書に目を通しながら言った。


「嫌がらせとしては充分な効果はあったでしょう」

「戦いにおいて、重要なのは主導権を握ることだ」


 テシス大将は机の上のペンを取った。


「数こそ揃っているとはいえ、現状の我が艦隊は、日本の連合艦隊を容易く撃破できるだけの余裕はない」

「大西洋艦隊、南海艦隊の余りものの寄せ集めが主力ですからね」


 テルモンは眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げた。


「改修型や新型艦の補充が早くほしいものです」

「当面は、空母機動部隊による一撃離脱戦術を駆使して、日本軍に防衛に回らせよう」


 テシスの視線が、壁に貼られている太平洋全体の地図へと向く。


「奴らは、もう間もなくトラックを奪回するだろう。その次はウェークかマーシャル諸島だ。そこで奴らの言う開戦前の状態に戻る」

「敵の戦線が前進すれば、逆にこちらはハワイから近くなるわけですから、攻めるのは楽ですよね」

「連中が守るべき場所が増えれば、その分戦力を分散させなくてはならなくなる」


 テシスの目が光る。


「そうなれば、こちらの思う壺だ。各個に配備された小規模艦隊を、それより勝る戦力で攻撃し撃破していく。これで敵の数を減らしつつ、こちらの戦力が整ったら、本格的進攻を仕掛ける」

「気がかりがあるとすれば、トラックなどに敵が艦隊を集めて、それ以上分散しない場合ですが――」

「その時は、敵が戦力を分散するまで、空母機動部隊でヒットエンドランを繰り返すまでだ。大規模な艦隊でいちいちこちらの機動部隊に付き合っていれば、奴らの燃料事情も苦しくなる」


 船を動かすには石油が必要だ。そして日本はその石油を自国でほとんど生産できない。前線で大艦隊を動かせば、その分、前線への補給の量も跳ね上がる。


「できれば、その輸送ルートも叩いて、動けなくしてやりたいところだが」

「現状、難しいですね」


 テルモンは再び資料に目を落とした。


「日本軍の対潜能力は凄まじく高く、おそらくこの世界でも一番と言ってよいでしょう。潜水艦部隊の損耗はすさまじく、出撃したらほとんど未帰還という有様です」

「何か根本的な対策を図らねば、通商破壊は難しいな」


 テシスは唸る。これまでの日本海軍との戦いで残っている資料は読んだが、開戦直後の日本海軍は、潜水艦に対抗する兵器も索敵装置も低性能だった。

 第一次トラック沖海戦では、潜水型駆逐艦の集団襲撃で、敵は主力の一角である巡洋艦艦隊を失っている。


 おそらく、その戦いで、日本海軍の『潜水艦絶対に殺す主義』というべきものが生まれ、装備の高性能化が図られたのだろう。

 人は敗北から学ぶというが、その好例と言っていいだろう。……もっとも、ムンドゥス帝国側からしたら嬉しくない話だが。


「当面は敵の戦力を削り、こちらは増強に務める。連合艦隊が大挙してハワイに乗り込んでくるようなことがない限り、大規模な艦隊戦闘は避ける。ただし機動部隊や遊撃部隊には活発に活動してもらう」

「はっ」


 テルモンは頷いた。テシスは言った。


「陸軍には、マーシャル諸島とウェークから、置き土産となる残置部隊を残し、後退してもらう」

「はい。敵が攻めてきても、こちらは増援を送る予定は一切ありません。陸軍が要請してきても、戦力温存のため、拒否します」

「何か言われれば護衛戦力に自信がない、とでも言っておいてよい。このテシスが、無理と言っていたと」

「本国でも猛将と知られている閣下の言葉とはとても思えませんね」


 テルモンが皮肉げに言えば、テシスはニヤリとした。


「必要なのは精神論でなく、結果だ」


 プライドに付き合わせて艦隊を失ったら、陸軍は責任取れるのか――正直、海軍の弱腰の誹りを受けかねない態度ではあるが、『あのテシスがそういうのなら、誰がやっても無理』というのが、結果を出し続けた彼への評価である。


 その時、司令部の扉をノックする音がした。テルモンが『何か』と問うと、従兵が来客を告げた。


「入ってもらえ」


 テシスが応じると、身長2メートルに達する巨漢が入ってきた。階級章は、将軍を示すラインに印二つの中将である。


「失礼いたします、長官」

「ご苦労。グラストン・エアル中将」

「はっ!」


 元太平洋艦隊司令長官だったエアル大将――現中将だった。第一次トラック沖海戦で勝利を収めたが、フィリピン沖海戦で苦戦、さらに陸軍の上陸船団を全滅させられた責任をとり、解任された男だ。

 しばらく前線を外されていたが、この度、前線に戻ることを許された。


「例の新型、見させてもらった。とても頼もしい戦艦だったが、どうかね?」

「早く前線で使いたくあります」


 新型超戦艦の試験運用部隊の指揮官――それがエアル中将の肩書である。彼はその新型戦艦と共に、ハワイへ来たのだ。

 テシスは頷いた。


「当面、太平洋艦隊は戦力の回復に務めるが、空母機動部隊を用いた遊撃戦を積極的に展開していく。そして君の新戦艦は、その遊撃戦における主力として活動してもらう。主力を温存する以上、君とその部隊は当面は前線が多くなる。覚悟せよ」

「願ってもないことであります」


 日本軍への雪辱に燃えるエアルである。彼もまたテシスと異なるが、戦いを求める武人である。前線指揮官は、性に合っていた。


「期待している。思う存分暴れてきてほしい」


 テシスは獰猛な笑みを向けるのだった。



  ・  ・  ・



 異世界帝国太平洋艦隊は動き出している。

 手元にある大型空母2、中型空母6を全て前線に送り出し、主力艦隊にはハワイの防空部隊と軽空母の艦載機を活用している


 大型空母1隻に中型空母3隻の編成で空母群を2つをすでに出撃させているが、これにエアル中将の遊撃部隊が合わさり、3つの部隊が太平洋の日本軍に攻撃を仕掛けるのだ。

 ムンドゥス帝国太平洋艦隊の、ささやかな反撃が始まる。

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