第508話、口火を切る夜戦


 日本艦隊によるマダガスカル島空襲は、無意味だったのか。

 ムンドゥス帝国インド洋艦隊司令部は、それについて頭を悩ませたものの、明確な答えはでなかった。


 その点において、連合艦隊司令長官、山本五十六の思惑どおり、艦隊司令部の注意を削ぎ、彼らの警戒を下げることに成功した。


 敵がこのままマダガスカル島の主な施設を攻撃し続けるつもりであるならば、まだ数日は戻ってこないのではないか?


 セイロン島の戦力と共同で当たれるところに、インド洋艦隊が到着するまで、連合艦隊の主力は攻撃してこず、他の艦隊――例の見えない航空隊を持つ部隊からの奇襲攻撃や潜水艦が主になるのではないか。

 インド洋艦隊司令部の参謀たちは、そう判断した。


 事実、日本の主力艦隊が転移後、敵奇襲攻撃隊も襲撃してこなかった。日本軍はこの海域から去ってしまったかのように。


 だが、主力戦闘群がマダガスカル島を攻撃している間にも、奇襲攻撃群は潜行しつつ、インド洋艦隊に迫っていた。


 空母群の転移、そこからの攻撃を想定して配置された襲撃部隊は、空母艦載機の航続距離から予想された位置を哨戒していたため、砲撃戦の間合いにまで突っ込みつつある奇襲攻撃群を索敵できる範囲にいなかった。


 かくて日が落ち、ムンドゥス帝国艦隊は夜戦を警戒しつつ航行を続ける。闇色に染まる海。

 そして、その時は来た。



  ・  ・  ・



 魔力視力ゴーグルによる夜間視野の確保は、搭乗員たちに昼夜をほぼなくした。

 多少薄暗さはあるものの、昼間飛行できる搭乗員ならば、夜においても機体を飛ばすだけの視力を持つことができる。

 それはつまり、夜間用に特殊な装備をつけずとも航空機を飛ばすことができるということだ。


 奇襲攻撃群、第二機動艦隊と第七艦隊の空母から発艦した第二次攻撃隊は、敵インド洋艦隊の第一群と第三群に、夜間航空攻撃を仕掛けた。

 第一群は、空母を全て失っており、第三群は空母が半数残存している状態だ。


 支援輸送艦に搭載したスクリキ浮遊戦闘機は健在であり、艦隊防空であるなら活動できるが、日本軍が去ったと思われた今、まして夜間襲撃の可能性は低いだろうと、直掩の数はわずかだった。


 奇襲攻撃隊は、その隙を見逃さない。流星改二、二式艦上攻撃機は、遮蔽で距離を詰めて、転移対艦誘導弾を発射。敵艦が障壁を張っていようがいまいが関係なく攻撃した。

 その目標は、空母――ではなく、戦艦だった。


 司令塔に突き刺さる対艦誘導弾は、艦橋の操艦要員ないし、艦長らを吹き飛ばし、その指揮系統にダメージを与える。

 第一群旗艦である改メギストス級戦艦『テタルトン』もまた、真っ先に三発の対艦誘導弾を艦橋含む甲板構造物に撃ち込まれた。


 司令塔は吹き飛び、夜も鮮やかな火の手が上がる。なお、第一群司令官であるスファーギ中将は、長官公室件食堂で夕食中だったため難を逃れた。


「な――何事だ!?」


 しかし派手な爆発音に、さすがにスファーギも敵襲を予感した。

 司令官戦死はなかった第一群だが、第三群はそうはいかなかった。改メギストス級戦艦『トリトン』の司令官タッロス中将は、司令塔に戻っていたため攻撃に巻き込まれ、艦長共々戦死した。


『敵襲! 対空戦闘!』


 旗艦ほか戦艦群が狙われ、松明のごとく艦橋が燃え上がっているのは、周囲からも一目瞭然だった。

 護衛の巡洋艦や駆逐艦が、暗闇の空を睨むが、襲撃者たちの姿を捉えるのは至難の技だった。

 遮蔽を解除して飛ぶ日本機だが、夜間ということもあり、目視での発見を困難なものとする。レーダーも、すでに懐に飛び込まれてしまっては、誘導もへったくれもない。


 紫電改二や九九式戦闘爆撃機が、60キロ爆弾やロケット弾を巡洋艦や駆逐艦、支援輸送艦に叩き込む。艦橋を吹き飛ばされる重巡や駆逐艦、艦体に直撃を受けて炎上、停止する輸送艦。

 第三群において、昼夜で標的が逆転した。昼間は空母が狙われたが、今はほとんど手を出されず、昼間無視された戦艦が夜には狙われる。ムンドゥス帝国兵たちは困惑しつつ、日本機の通過を感じれば、まばらながら対空機銃を撃った。


 戦艦の周りに護衛艦が集まりつつ、夜空の敵に意識が集中しているそこへ、海中から艨艟もうどうたちが浮上する。


 第一群の中に現れたのは、第二機動艦隊水上打撃部隊。戦艦『近江』を先頭に『駿河』『常陸』『磐城』、『大和』『武蔵』『信濃』が、第二十七、二十九戦隊の特殊巡洋艦5隻と、第七水雷戦隊を率いて現れると、砲門を開いた。


「敵は障壁を張っていないぞ! 吹き飛ばせ!」


 角田中将が吼える。

 対空射撃をするプラクス級重巡、メテオーラ級軽巡に、『球磨』『多摩』『北上』『大井』『木曽』が対艦誘導弾をばらまく。

 軽巡『鹿島』率いる七水戦も砲門を開き、駆逐艦や支援輸送艦に対して砲弾を撃ち込む。


「目標、洋上航行中の敵戦艦!」


 艦橋を失い、指揮系統が混乱している第一群の戦艦群に、『近江』以下41センチ砲、『大和』以下46センチ砲が向けられる。夜間とはいえ、砲戦距離は短い。ほとんど至近距離だ。

 反航戦。敵戦艦は未だ、日本戦艦群に反応できていない。


「撃ち方始め!」


 音を超えて砲弾が放たれ、ほとんど直線に飛んだそれはオリクト級の対40.6センチ防御装甲を貫通した。『大和』もオリクト級を1隻、『武蔵』『信濃』は、敵旗艦と思われるメギストス級大型戦艦――『テタルトン』に46センチ砲弾を叩き込んだ。


 鈍い金属音の次の瞬間、砲弾が爆発し、戦艦の外装を内側から弾き飛ばす。装甲板が捻れ、引き剥がされ、炎が辺りを照らす。


『大和』の砲弾はオリクト級を速やかに轟沈させたが、『テタルトン』は艦首から艦尾まで右舷側が満遍なく吹っ飛んだ。長官公室が右舷側にあり、司令官であるスファーギ中将もまた瞬時に消し飛ぶ。

 46センチ砲弾の集中砲火を突き刺され、振り子のように揺れたかと思うとグルンと回転して『テタルトン』は転覆した。


「戦艦を撃沈した艦は、次の戦艦を狙え」


 第二戦隊司令官、宇垣 纏中将は冷静に指示を出す。第一群の戦艦は10隻。今、ここで浮上した戦艦は7隻だから、当然3隻が残っていることになる。

 航空隊が敵戦艦の中枢を爆撃して、統制のとれた反撃は難しいだろうが、砲側の個別照準などで反撃も可能である。距離が近いだけあって、統制射撃でなくとも命中率は決して低くない。まぐれ辺りで、爆沈は洒落にならない。

 この距離では戦艦の装甲などあってないようなものだ。


「目標、敵八番艦!」


 大和の森下艦長が指示を出せば、同艦の制御を担う正木 初子大尉が46センチ三連装砲を、オリクト級戦艦に向けた。砲弾、装填完了。


『照準、よーいよし』

「撃て!」


 豪砲飛翔。煙で夜間視野を遮られたのも一瞬、魔力で導かれた砲弾は、敵戦艦の装甲を飴のように溶かし、艦内にて破裂させた。

 高々と火柱が上がり、夜空をしばし赤く染め上げた。

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