第230話、試製彩雲改、攻撃す


 セイロン島北西部にあるプッタラムは、異世界帝国の拠点としてはさほど大きくない。少数の守備隊と、大アヴラタワーが建っている。


「――主に農業や漁業が盛んな場所らしい」


 試製彩雲改を操縦しながら、須賀中尉は伝声管を使った。


「まあ、これまでの異世界帝国の連中のやり口だと、住民はどこかへ連れ去られているんだろうけど」

『敵があまりいないことはわかったけど』


 伝声管から妙子の声が返ってきた。


『何で、こんなところにタワーなんて建てたんだろ?』


 人を連れ去っているのなら、異世界人が農業を始めるのでなければ、拠点を置く意味はなさそうなのに、と妙子は口にする。須賀は答えた。


「鉄道が通っているからだろう。大英帝国の植民地時代に、セイロン島に鉄道網を敷いたんだ」


 コロンボを中心に、セイロン島の主要都市に繋ぐ鉄道が作られ、拡張されていったという。


「プッタラムは南へ行けば、ニゴンボを通ってコロンボまで行ける。中央のキャンディにはクルネーガラを経由すればいけるし、大和航空隊が叩いたアヌラーダプラを通って、トリンコマリーまで行けるからな」

『へぇ……交通の要衝なんだ』


 妙子が感心する。須賀は視線で周囲の警戒をしつつ、言った。


「うーん、交通の要衝で行ったら、さっきのクルネーガラとかアヌラーダプラのほうかもしれんな。特にコロンボとトリンコマリー間を移動しようと思えば、プッタラムは行く必要はないし」

『ふーん、よく知っているね、義二郎さん』

「まあ、前々からインド洋に行くって聞いていたからな。調べた」


 うつつ部隊の遠木中佐の影響で、須賀も事前に勉強したのだ。セイロン島の空を飛ぶかもしれない、と思い、その際に何か有名な場所や地形、つまり目印になるようなものがあるか、などなど。主要都市間に鉄道が整備されている、というのもその一環で。


『あ、では下で時々見えている鉄道って、ひょっとして――』


 電信席の天根二飛曹が言ったので、須賀は答えた。


「そうだ。アヌラーダプラから、プッタラムへ伸びている鉄道だな」

『さっそく勉強が役に立っているじゃない』


 妙子は笑った。


『義二郎さんのこと、見直しちゃった』

「おうおう、見直せ見直せ」


 単座の戦闘機乗りは、いざとなったら一人で航法もやらないといけないから、馬鹿にできないのだ。

 須賀は正面を注視する。


「私語はここまでだ。正面右に、攻撃目標の塔だ」


 遠くからよく見えるというのは、それだけ大きいということだが、探す方としてはありがたい。目立つのは、他の建物がそこまで高くないということでもあるが。


『魔力索敵では、周辺に敵機の反応なし』

「この辺りに飛行場はないからな。来るとすれば、南のコロンボか、北のジャフナだろう」


 しかしそのどちらも、第七航空戦隊の奇襲攻撃隊が、塔を破壊済みなので、ここまで飛んでくる機体はないだろう。


 ――いや、待てよ。


 残存機が、まだ無事なアヴラタワーのもとへ集まってくるという可能性はあるかもしれない。たとえばコロンボやアヌラーダプラ、中部キャンディから撤退してくる敵がいないとも言えない。


 ――その撤退できる安全圏をなくすためにも、プッタラムの塔は破壊する!


 敵機が見当たらないなら好都合。こちらはさっさと仕事を終わらせるべきである。


「彩雲一番から彩雲二番へ。無線封止を解除。こちらで目標を攻撃する。援護を頼む」

『こちら彩雲二番、了解』


 僚機で飛んでいる矢車少尉が無線を返した。今回のインド洋作戦で知り合い、試製彩雲改について、説明してくれた海軍搭乗員である。


「増速する!」


 スロットルを開き、彩雲改の速度を巡航からトップスピードへと加速させる。誉二一型発動機1990馬力が唸った。アメリカ製高オクタンガソリンを食らって発動機は快調そのものだ。


 最大速度694キロを発揮する彩雲だが、ここでそれに達するかは、気象条件や機体の姿勢、エンジンの調子などによって異なる。しかし操縦桿を握る須賀は手応えを感じていた。

 グングンとアヴラタワーの姿が大きくなってくる。そろそろ、誘導弾の射程に入るか。


『義二郎さん!』

「誘導弾、全弾発射用意!」


 阿吽の呼吸である。彩雲改が搭載してきた全弾を、巨塔にぶつける!


『誘導制御よし。どうぞ!』

撃てってぇっ!」


 彩雲改の底面に作られた爆弾倉のハッチが開く。そこから魚雷――否、1000キロ大型誘導弾が投下された。


 一発、二発、三発、四発!


 サイズからして、とても機体に収納できない誘導弾が、全部で四発落とされ、それらは点火、ロケットで飛行を開始した。


 特マ式収納庫――収納魔法を応用し、小型の爆弾倉を設置、ハッチが開くと中に収納していた物が落下する、という仕組み、魔法だ。


 この収納魔法は、技量にもよるが、サイズや重さが釣り合わないものでさえ、収納できる。

 実は、陸軍でも『収納鞄』という、見た目は普通の背負い鞄で、容量自在の魔法装備を、魔研が開発し、使っていたりする。


 そういった収納魔法装備を、爆弾倉にして、その機体の爆弾搭載量を増やす。それを試験的に装備したのが、この試製彩雲改――爆撃機型彩雲だった。


 効果は絶大だ。何せ、流星が4機必要だった攻撃を、彩雲改1機でこなしてしまうのだから。


『誘導弾、順調に標的に接近。命中まで、3、2、1――』


 命中! アヴラタワーに四つの爆発が起きた。妙子の誘導制御により、誘導弾は適確に塔の壁面を粉砕し、全体を傾けさせた。


「落ちる――!」


 巨大なタワーが地面に衝突し破砕される。


「むやみやたらと大きなものを作るから……」


 地面との激突に耐えきれずにばらけた。塔自体が重量物だから、バランスが保てなければ勝手に倒れるのだ。


「天根、一機艦に発信。我、彩雲改攻撃隊、プッタラム・タワーの破壊に成功せり。送れ」

『了解です!』


 電信席の天根が、ただちに作戦成功を打電する。須賀は伝声管を取る。


「よくやった、妙子。四発同時の制御、見事だよ」

『まあ、四発はね』


 確か、妙子は六発くらいまでの同時誘導は大丈夫だった記憶がある須賀である。


「帰投する。帰り道はわかるか、航法士さん?」

『なーんだ、義二郎さんのことだから一人でも帰れると思ったのに。……ふふ、ご心配なく、来る時も見てたから、ちゃんと母艦まで誘導するわよ』


 複座や三座の機体には、行き帰りの道中を記録して針路を計算、母艦へ導く航法担当が乗っている。一人乗りの機体では、操縦に忙しくて、航路計算や位置把握はできなくはないが大変とされているから、爆撃機や攻撃機、そして偵察機は複座や三座の機体になる。


 須賀は、後方についていた彩雲改二番機と共に、崩れ去ったアヴラタワーの残骸をよそに、艦隊への帰路についた。

 敵機は結局、一機も見かけなかった。

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