第518話、後続戦力という名のおかわり
大陸の危機は去っていなかった。
新たに発見された異世界帝国の大輸送船団を含む艦隊の存在は、連合艦隊司令部にも深い衝撃を与えた。
「異世界の敵とはいえ、恐るべき物量です」
草鹿参謀長は言い、山本 五十六長官は頷いた。
「かつての仮想敵と見ていたアメリカをも、軽く凌駕する圧倒的な物量だね」
さも他人事のように言ったところで、実際に連合艦隊は、これと戦わねばならない。
「現状、とてもよろしくありません」
敵インド洋艦隊を撃滅した連合艦隊の主力は、損傷艦も少なくないが、連戦による砲弾消耗が深刻であった。
「第一艦隊ほか、第一〇艦隊の戦艦群も、あと一戦闘は何とか戦えるでしょうが、むろん長期戦になれば砲弾切れで戦闘力を失いますし、各艦隊の巡洋艦以下も似たような状態です」
「航空部隊に関しては――」
樋端航空参謀が発言した。
「こちらも対艦誘導弾の数が半減していますので、全力攻撃は一回。ただ対艦爆弾はまだありますので、航空攻撃自体は二、三回は可能です」
その航空戦力は、第一機動艦隊、第一艦隊、第二機動艦隊、第七艦隊の各空母群が使用可能だ。
「敵の数は多いですから」
草鹿は、山本を見た。
「これらの一戦闘が限界の部隊の手も借りたいところです。こちらには転移による艦隊機動が可能なので、一撃離脱で敵戦力の漸減を図るのも手かと」
「どこに何をぶつけるか、その見極めも大事、か」
砲弾が不足気味の艦隊でも、敵の弱い部分に仕掛ければ、敵の戦力を削れる。たとえば輸送船狩りとか。
樋端は言った。
「増援が必要と思われます。ソロモン方面にいる第八艦隊、東南アジアの第九艦隊も、呼び寄せるべきかと」
「防衛はどうする?」
渡辺戦務参謀は口を開いた。
「敵が再度仕掛けてきたら……」
「インド洋の制海権を守ること、それが何より優先される。敵にカルカッタへの上陸を許せば、大陸の陸軍も崩壊する。そうなれば、日本は負ける」
異世界人によって占領された土地のように、そこに住む人々は根こそぎどこぞへ連れていかれて、そのまま帰ってこない。敗戦はすなわち民も残らず全滅と同義と考えねばならない。その時は日本民族の絶滅を意味する。
樋端は続けた。
「それはさておき、我々は限られた戦力で二つの敵艦隊と戦わねばなりません。セイロン島を目指しているのを甲、ベンガル湾最奥を目指しているのを乙と命名します」
甲艦隊は、多数の戦艦、空母を有し、明らかにセイロン島の防備や連合艦隊の反撃に備えるだけの戦力を有している。
一方の乙艦隊は、部隊の上陸作戦を行う際の支援を行える程度の戦力を持つが、たとえば今の連合艦隊主力が飛び込んだ場合、おそらく壊滅的な打撃を与えられると予想された。
「乙を始末した場合、敵陸軍にも多大なダメージを与えられます。敵の大陸への増援を阻むことも一時的にできるでしょう。しかしその場合、我が軍は弾薬が尽き、セイロン島の甲を撃滅できなくなります」
強力な甲艦隊は、セイロン島の主要施設を攻撃し、上陸戦を仕掛けてくる可能性は高い。陸軍は大陸決戦に戦力を投じており、現状の守備隊では、おそらくセイロン島は守り切れない。
「では、甲艦隊を攻撃した場合はどうなるか? その規模を考えれば、こちらも相応の損害を覚悟しなくてはなりません。最悪は戦いが長引き、弾薬切れで敵を撃退できない可能性です。その場合は、やはりセイロン島は攻略されるでしょうし、ノーマークの乙艦隊がベンガル湾を侵攻し、カルカッタへ上陸、攻略されてしまうでしょう」
「つまり……」
山本は顔を歪めた。
「我々は、選択を迫られているわけだ。セイロン島を放棄するか否か」
セイロン島が敵の手に落ちれば、インド洋の制海権、そしてベンガル湾の制海権すら怪しくなる。
その結果、カルカッタなどに展開する日本陸軍の海上補給路を脅かされることになるのだ。
最終的には、セイロン島を拠点に、インドの完全奪回、陸軍の物資補給のために艦隊を派遣してくるだろう。
「理想を言えば、甲と乙、双方を撃滅し、セイロン島もカルカッタも守ることではありますが……」
樋端は、何を考えているかわからない顔になる。
「今、何が使えるか確認し、艦隊を再編成するべきだと思います」
現状の枠組みのままでは、おそらく効率が悪い。弾薬に不安がある以上、より効率のよい編成、戦い方をしなくては、勝ちに結びつかないだろう。
・ ・ ・
各艦隊で戦闘可能艦艇の選別が行われた。砲弾や魚雷、誘導弾の残数の確認も行われる中、第一機動艦隊の小沢中将と神明参謀長は、連合艦隊旗艦『敷島』に呼ばれた。
「要するに、今のところまともに戦えそうな戦力は、君のところの第一機動艦隊しかないということだ」
山本は、向き合う小沢に告げた。
「他の艦隊には、損傷もなく元気なフネも多いんだが、如何せん弾がなくてな。急いで港に戻って弾薬の補充を、と考えたのだが、今は海軍全体で弾不足だからね。優先順位をつける必要があったりと、これはこれで面倒だ」
「でしょうな」
「そっちは安ベェに任せるとして、とりあえず使えるフネを集めて、君の第一機動艦隊を中心に再編を図る」
「はっ。――連合艦隊旗艦は、下がりますか?」
小沢は確認する。もし山本が現場で指揮を執らないなら、先任順から小沢が再編戦力と指揮することになるからだ。
「いや『敷島』も出るよ。主砲の残数から二回分の戦闘はできそうだからね。たとえ砲弾がなくとも、艦載機があるから、軽空母並みとはいえ防空戦闘くらいはできるよ」
山本は朗らかだった。この窮状に、陣頭指揮を執ることを選んだのだ。
しかし、見通しはよくない。山本は、連合艦隊司令部で話し合われた、敵甲、乙艦隊への対応について、小沢と神明に語った。
最終的には、大陸決戦の成功を優先させるなら、セイロン島の放棄もやむなし、か、と。
「神明君、君の意見は?」
山本が水を向ける。正攻法では、どちらかを捨てる選択をするのがベストではある。が、魔法技術――魔技研の力によっては、不可能も可能になる可能性があった。
「まず乙艦隊ですが、これは、第八艦隊、第九艦隊の増援が得られるなら、撃滅はそちらと、第六艦隊の支援を得られれば可能です」
「うむ、乙艦隊については、こちらが仕掛けるならば撃滅はできるだろう。……問題は甲艦隊だ」
山本は渋い表情で言った。神明は淡々と告げる。
「それですが、やりようはあります。内地からちょっとした戦力を引っ張って来れれば、現有戦力と組み合わせて、何とかセイロン島の攻略を諦めさせられるかと」
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