第224話、ベンガル湾、波高し


 ムンドゥス帝国東洋艦隊第三群は、日本軍船団の予想進路を目指して猛進していた。


 第三群指揮官のアグル・アプーロ少将は、果敢な突撃を好む将軍である。彼は、日本軍の上陸船団を発見したならば突撃し、護衛艦隊もろとも船団を蹂躙しようと企んでいた。


 潜水艦部隊からの短距離用通信を傍受し、カルカッタ方面へ移動する敵船団の報告を受けた。正直、これがサウルー中将の東洋艦隊本隊に届いたかはわからない。

 だが本隊である第一群は、別動の敵機動部隊に発見されていた。さらに第二群、第三群に任務を優先せよと命令が出ていたから、アプーロは構わず部隊を進めた。


 そして偵察機が日本軍船団を捜索していた頃、対空レーダーが航空機群を捉えた。


「敵と思われる航空機群、接近。その数、約100機」

「『グローリアス』に、直掩機を展開させろ! それ以外の艦は、敵艦載機が飛んできた方向へ全速力ぅ!」


 アプーロ少将は吠えるように言った。背は低いが恰幅はよい体躯の持ち主であり、その顔立ちは刻まれた皺の多さもあって厳めしい。


 第三群唯一の航空母艦『グローリアス』は、さっそくヴォンヴィクス戦闘機を発艦される。

 元は特殊な大型巡洋艦として作られ、空母に改装された過去を持つ『グローリアス』。2万2500トン、全長239メートルの艦体は細く、長い。高速を発揮しやすい形は、英国の空母群の中でも『アークロイヤル』につぐ長い部類となる。


 艦載機搭載数は48機と、こちらも『アークロイヤル』には劣るが他の空母よりは多く積める。その飛行甲板から、偵察に出した攻撃機を除く戦闘機が、次々に飛び立つ。


 その間にも護衛の駆逐艦を残して、他の戦艦以下、艦艇は進撃を続ける。アプーロは敵に向かって突き進むが、その頭上を味方戦闘機が飛び抜けていく。


 やがて、飛来した日本軍攻撃隊は、戦闘機――零戦を突っ込ませてきた。瞬く間に始まる空中戦。

『グローリアス』が使える戦闘機は30機。対する日本軍――108機のうち、戦闘機は36機。ほぼ互角!


 しかしその数の差はすぐに広がった。日本軍戦闘機が、戦闘直前に空対空誘導弾を使用し先制したのだ。これにより、10機ほどが早々に除外され、およそ敵の半分ほどに減らされてしまった。


 ヴォンヴィクス戦闘機が、零戦に突撃し、12.7ミリ機銃や光弾を発射する。一方の零戦もヒラリと身も軽く回避し、異世界戦闘機の側面や後方に回り込むと7.7ミリや20ミリ機銃を発砲した。

 空では曳光弾の光と光弾が瞬き、捉えられた機体が翼をもぎ取られ、あるいはコクピットを撃ち抜かれて、石つぶてのように落ちていった。


 ドッグファイト。低高度における運動性は、零戦が有利。しかし速度を使った引き離しではヴォンヴィクスが有利……とはならなかった。新型の零戦五三型は、異世界帝国戦闘機とほぼ同等の速度を発揮できるからだ。


 形勢は、日本軍が有利になりつつあった。戦闘機同士の戦いの間に、流星、九九式艦爆、九七式艦攻が、アプーロ艦隊に向かう。先陣を切る戦艦3隻が、高角砲を発砲する。

 空母は後方、艦載機を発艦し終わり、戦艦部隊に後続しようという流れだ。


 狙いは空母。

 五航戦の搭乗員たちは、輪形の陣形でもなく、比較的防備が手薄な敵空母に集中する。途中にすれ違う敵艦から高角砲弾が打ち上がってきた。

 ガチガチの防御陣形ではないが、目標が奥なので、最短コースを取ろうとすると、自分たちの下を敵艦が通過していく格好なのだ。

 せめて対空機銃の射程に入らないように迂回するが、運の悪い九七式艦攻が被弾し、墜落していく。


 スピード差で先陣を切る流星隊は、空母を誘導射程に収めると、対艦誘導弾を発射した。空母が駆逐艦が高角砲、対空砲で飛翔する凶器を撃墜しようと盛んに火を噴く。

 運良く命中し空中で爆散する誘導弾。だが、それはわずかだ。高速で迫るそれは、空母『グローリアス』に次々に突き刺さり、貫きそして恐るべき破壊力を解放した。



  ・  ・  ・



 第一機動艦隊乙部隊の旗艦である戦艦『金剛』にて、鈴木中将は、五航戦の航空攻撃の報告を受けた。

 敵空母1隻撃沈確実。他、駆逐艦5、軽巡2、重巡1撃沈。シャルンホルスト級戦艦1隻大破、沈没しつつあり。


「――ビスマルク級ともう1隻のシャルンホルスト級に被害を与えるも、なお進撃中、か」


 ふむ、と鈴木は頷いた。


「攻撃隊は8機が未帰還。損傷は軽微を含めて20機以上。第二次攻撃隊の準備を進める……」


 これはどう判断すべきか。開戦からの被害に比べれば、ほとんどが帰ってきたと言える。しかしここ最近の被害に比べれば、軽いほうか? 被弾機が多い気がするが、撃墜されずに帰還をしたことを感心すべきか。


「これは第二次攻撃隊で始末がつくかな?」


 金剛型戦艦4隻で、向かってくる敵戦艦を撃退するまでもないのではないか。参謀である杉 藤馬中佐は口を開いた。


「敵が最大速力で迫ったとしても、もう一度、五航戦が攻撃隊を放つ余裕はあるでしょう。金剛型の主砲が届く距離に来るまでに、敵は海の藻屑でしょうな」

「では、我々は船団を護衛しつつ、現状維持だな。が、一応、非常時に備えるように」


 何が起こるかわからないのが戦場だ。相変わらず第三護衛隊が、出現する敵潜水艦の対処を行っているが、潜水艦に見せかけた潜水型駆逐艦や巡洋艦部隊が現れ、一斉に突撃してくる可能性もなくはない。


 ――むしろ、こちらも七水戦で、警戒線を作っておくべきか?


 乙部隊には、軽巡洋艦『大淀』旗艦の第一防空戦隊の半分と、『鹿島』旗艦の第七水雷戦隊の半分が配備されている。

 うち、第七十三駆逐隊『黒潮』『早潮』『漣』『朧』、第七十四駆逐隊『山雲』『巻雲』『霰』『夕暮』は、再生艦艇として改修され潜水型駆逐艦として運用ができる。


 敵ビスマルク級、シャルンホルスト級戦艦の進出地点の手前に潜ませて、やってきたところを一斉雷撃で仕留めることができる。

 あるいは第九戦隊の大型巡洋艦『黒姫』『荒海』『八海』の潜水待ち伏せからの浮上、対艦誘導弾の一斉攻撃という手もある。

 金剛型が出張るでもなく、敵戦艦を撃沈する術はあるのだ。


 上陸船団と乙部隊は進む。当初は楽勝ムードが『金剛』の艦橋に漂っていたが、文字通り雲行きが怪しくなる。


「雨がきそうだな」

「すっかり曇ってきました」


 鈴木と杉は窓から外の様子を見上げる。


「この時期、カルカッタ方面は雨期なんだそうだな」


 一、二時間程度の土砂降りもあれば、断続的に降り続くことも多いという。ベンガル湾は南からの湿った空気により、雨期ともなるとよく雨が降る。

 これまでは雲はそこそこ多くとも、まだよい天候と言えたが、どうやら季節通りの空模様になりつつあった。


「これは、もしかしたら、もしかするかもしれんな」


 鈴木は眉をひそめた。


「七水戦と、我が第七戦隊で、接近中の敵艦隊を迎撃できるよう、警戒線を敷く。万が一、五航戦の航空機が使えなくなった場合に備えろ」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・グローリアス級航空母艦:『グローリアス』

基準排水量:2万6518トン

全長:240メートル

全幅:27.75メートル

出力:9万馬力

速力:29.5ノット

兵装:40口径12センチ単装高角砲×16 8連装ポンポン砲×3 

   3ポンド単装砲×4

航空兵装:艦載機×48

姉妹艦:『カレイジャス』

その他:英国海軍の航空母艦。元はカレイジャス級軽巡洋戦艦ないし大型軽巡洋艦(ハッシュ・ハッシュ・クルーザー)として建造されたが、ワシントン海軍軍縮条約によって、航空母艦に改装された(ちなみに、グローリアス、カレイジャスではなく、フッドと建造中の姉妹艦が空母に改装される可能性もあった)。準姉妹艦にあたる『フューリアス』と同様の多段式空母であり、日本の『赤城』『加賀』がのちに全通飛行甲板に改装されたが、こちらはそのままの姿で大戦に突入している。

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