第111話、フィリピン海海戦の勝者


 異世界帝国太平洋艦隊は、護衛するはずだった陸軍上陸船団を撃滅されたことで、作戦続行は不可能として撤退した。


 異世界帝国軍による、東南アジア奪回作戦――エリュトロンは中止となったのだ。


 太平洋艦隊は戦艦9隻中6隻、空母は8隻中7隻、重巡洋艦7隻全てを喪失。軽巡洋艦、駆逐艦もほぼ半減し、東方へ離脱。


 もっとも被害の大きかったのは、上陸船団とその護衛艦艇であり、輸送船400隻以上を海の藻屑とされ、空母25隻、護衛艦も90隻あまりを失った。


 日本海軍は、フィリピン以下東南アジア一帯への侵攻を阻止したと判断、引き上げた。


 一時は上がった敵太平洋艦隊追撃も、重爆撃機による艦載機輸送からの襲撃により、立ち消えとなった。


 敵に戦闘可能な空母はないが、陸上基地の重爆撃機がその代わりを果たすことと、味方空母の艦載機がほぼ底を尽きかけていたことから、戦果よりも被害が上回ると予想されたのが原因である。


 かくて、フィリピン海海戦は、異世界帝国軍の退却による日本海軍の勝利で幕を下ろした。


 一夜明けて、飛び入り参加した戦艦『大和』は、転移実験と称して一足先に本土へ戻ることを、連合艦隊司令部に通告した。

 元々、軍令部の所属である『大和』なので、連合艦隊司令部とは別の命令系統で動いているのだ。


 ただその際、後送する必要がある負傷者を収容し、一足先に本土へ連れて行く旨を伝え、フィリピン海海戦での重傷者を、生存艦から回収した。


「さすがに勝手に参加したとはいえ、先に帰るからには大義名分が必要だ」


 神明大佐は、そう神大佐に告げた。


 後始末を手伝わずに帰れば、たとえ所属が違っても顰蹙ひんしゅくを買うのが日本人であるが、怪我人を乗せるとあれば、話も変わってくる。


「『大和』は病院船ですか」


 神は苦笑すれば、神明は肩をすくめた。


「怪我人を連れている場合は、むしろ早く行ってくれと後押しされるからな」


 神明は言わなかったが、『大和』には治癒の魔法が使える能力者を複数乗せている。本土なり九頭島の病院にいくまでに、ある程度の魔法治療が可能だったりする。


 しかし、収容される負傷者の数は、軽傷者や命に別状のない者は除いたとはいえ、かなりの人数となった。それだけ、フィリピン海海戦での死傷者が多かったということだ。


「負傷者の収容、完了しました!」

「ご苦労。……秋田中尉、マーカーの準備はどうか?」

「完了しています。いつでも」


 転移能力者である秋田は、飄々と答えた。神明は頷いた。


「では、始めろ」


 かくて、6万4000トンの超弩級戦艦『大和』は、フィリピン海から本土、九頭島近海へと転移した。


『大和』が瞬間移動すると聞いていた連合艦隊では、旗艦『土佐』を始め、居合わせた艦艇で、乗組員たちがその瞬間を見ようとを眺めていた。


 昼間にもかかわらず、蜃気楼のように『大和』が消えた時は、階級問わずどよめきが上がった。中には、ちょっと目を離していた瞬間に見逃した者もいて、悔しがったという。



  ・  ・  ・



 日本本土、東京霞ヶ関の海軍省内建物の三階、軍令部総長の執務室に、永野修身軍令部総長と伊藤整一軍令部次長はいた。


 フィリピン海海戦における連合艦隊の勝利は、さっそく日本にも伝えられ、大本営では発表の準備が進められている。


「今回は勝ちを拾えたようだね」


 永野総長が鷹揚に言えば、伊藤は頷いた。


「はい、速報では、連合艦隊も損傷艦が多いようですが、現地にある程度の艦隊を残して守りにつかせられる程度には、健在艦も多いようです」


 とはいえ――伊藤は眉間にしわを寄せた。


「第二艦隊、第三艦隊の被害が大きいと。第三艦隊は艦は無傷でも、航空機がまたも大半を失ったとか」

「また一からやり直しだね」


 永野の目が憂いを帯びる。


「人材の枯渇。前々から危惧は抱いていた。トラック沖海戦では、負けて失った。今回のフィリピン海での戦い。勝ったが貴重な人材を多く失った」


 勝っても失い、負けても失う。戦争とは――永野は深いため息を漏らした。


「我が国には、人材しかないのだ。ようやく石油やその他資源を確保できたと思ったら、これだ」


 日本は、人に優しいが、同時に優しくないのだ。物もない、資源もない。それで人までなくなったら、何が残るのか。


「兵器は、異世界帝国のフネや沈められた艦船を回収すれば足りる。だがそれを動かす人がおらん」


 連合艦隊司令部から、マニラで沈めた異世界帝国東洋艦隊の艦艇のサルベージ提案がきている。また、陸軍はシンガポールを制圧。海軍は現地の敵艦隊を撃滅したが、その艦艇も回収――そして今回のフィリピン海海戦で沈めた艦船もまた拾うつもりだろう。


 魔技研の技術をもってすれば、回収も修理も、従来のそれとは比べものにならないほどのスピードで戦力化できる。

 しばらく新造艦はいらないくらいに……。


 そのリソースを武器弾薬や装備、そして航空機に振り向ける余裕ができる……否、そちら重視にしていかないと、戦力化したサルベージ艦艇も満足に戦えないだろう。フネはあっても弾がない、というやつだ。


 足りない。本当に色々足りない。


「連合艦隊は、犠牲と引き換えに、敵太平洋艦隊を相手に大打撃を与えました」


 伊藤は言った。


「よく戦ったと思います。しかし勝利へと導けたのは、敵の大上陸船団を叩けたことにあると考えます」

「そうだね。あれがなければ、敵はまだ進撃を強硬していたかもしれない」


 船団には多数の小型空母が随伴していた。さらにニューギニア方面の航空隊が支援してエアカバーをする手もある。事実、連合艦隊は、敵重爆からの襲撃も受けていた。


「神明大佐は、亡霊の手を借りるとも言っていました」

「うむ、今回はその亡霊に救われたな」


 500隻もの大船団艦隊。それを撃破できたのは、まさに彼らの参戦の結果だ。


「総長は、ご存じでしたか? その……亡霊について」


 伊藤が確認すれば、永野は口元を歪めた。


「まあ、全てではないが、対異世界帝国に特化して整備された組織があるのは知っていた。魔技研の創設の際の保険としてね」

「保険、ですか……」

「魔技研が政府や軍に受け入れられなかった場合に備えて。国内が荒れようが、異世界帝国は関係なく攻めてくるからね」


 永野は遠い目になった。


「今後は、彼らともより協調して事を進めていくことになるだろう。……戦いは、まだこれからだよ、伊藤君」

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