第225話、ビスマルク級戦艦 対 金剛型戦艦
天候の悪化が、アプーロ艦隊の味方をした。
第一機動艦隊・乙部隊五航戦の空襲で、大打撃を受けた異世界帝国艦隊だが、指揮官アプーロ少将の戦意は揺らがず、なお日本船団を目指す。
残存しているのは戦艦『ビスマルク』『シャルンホルスト』、軽巡洋艦『カールスルーエ』、駆逐艦6隻である。
波を割って進む異世界帝国艦隊。旗艦『ビスマルク』の対水上レーダーが、やがてそれを探知する。
「反応あり。大型の水上艦の反応、その数3!」
「対艦戦闘よーい!」
アプーロは声を張り上げた。
「ここにいるのは敵だ! 味方はありえん。全速前進!」
ビスマルク級戦艦は、ドイツが第一次世界大戦後に完成させた最大の戦艦である。基準排水量4万1700トン。全長250メートル、最大幅36メートル。その巨艦は、イギリス海軍最大の巡洋戦艦『フッド』を上回り、日本の『大和』が就役するまでこの世界で最大の戦艦だった。当時、イギリスには、この『ビスマルク』と一対一で戦える戦艦は存在しなかった。
主砲は、38センチ連装主砲四基八門。副砲には15センチ連装砲を六基十二門、高角砲は10.5センチ連装砲八基十六門を備える。機関出力13万8000馬力、29ノットを発揮する高速戦艦である。
続く僚艦である『シャルンホルスト』は、基準排水量3万1850トン。1935年のドイツにとって忌まわしきベルサイユ条約を破棄後に建造された新戦艦の最初の型である。
全長235メートル、全幅30メートル、最大出力16万馬力、31ノットを出す高速艦だ。主砲は54.5口径28センチ三連装砲三基九門、副砲15センチ連装砲四基と単装砲四基の合計十二門、10.5センチ連装高角砲七基十四門、他対空機関砲で武装する。
主砲は小ぶりであり、正直、格上の砲を持つ戦艦相手には苦戦を免れない。装甲も一部350ミリと、格上の戦艦の砲弾にも耐えるが、その防御範囲は非常に狭く、全体的に見れば決して評価の高いものではない。
故に、この艦は戦艦ではなく、巡洋戦艦ではないか、という意見もある判断の難しい艦でもあった。
果たして、日本軍のアプーロ艦隊に対する迎撃戦力は何か? 『ビスマルク』ならば、相手が大和型でなければ互角に渡り合えるが、『シャルンホルスト』の場合は、敵が如何なる戦艦であっても厳しい。
やがて雨の途切れから、接近する日本艦の正体がわかる。見張り員が、シルエットと識別表を照合し報告する。
『敵は戦艦! コンゴウ級! 数は
「コンゴウ級……」
「日本海軍の中では、一番旧式の戦艦ですな」
艦長のクファー大佐が口を開いた。アプーロは眉をひそめる。
「間違いないか? 連装四基は、ナガト級の改良型と思われる新戦艦も同様らしいが」
遠方からのシルエット確認では、案外見分けがつきにくいこともある。しかしクファー大佐は迷いなく答えた。
「艦尾の砲の間隔が開いていますから、間違いないでしょう」
金剛型は三番砲と四番砲の間が開いている。対する長門型や米戦艦改造の標準戦艦型は後部三番、四番が背負い式で間隔で狭い。
異世界帝国も、地球を侵略するにあたって様々な国、兵器の情報を占領地から得ている。イギリスやドイツ、イタリアとの戦い、あるいは直接対決で、日本艦の情報も公開されていた範囲で入手している。
それによれば、金剛型は日本初の超弩級戦艦であり、第一次世界大戦頃の旧型だ。改装を重ねているとはいえ、主砲は45口径35.6センチ連装砲四基八門と、現在の世界基準でいれば、やはりやや非力ではある。
『ビスマルク』であれば個艦性能で凌駕しているが、『シャルンホルスト』にとっては、旧式とはいえ、楽観できない。
「しかし、3隻か」
「トラック沖海戦で1隻沈めたようですから、残っている数は合っています」
日本との開戦から少しして行われた第一次トラック沖海戦。そこで異世界帝国太平洋艦隊は、日本海軍の戦艦6隻を撃沈している。4隻ある金剛型のうち1隻もその時、撃沈していた。……日本が、撃沈された戦艦を回収して復活させていることを、異世界帝国は知らない。
「3隻ならば、充分勝機はあるな。艦長、敵コンゴウ級を始末する。こいつをやらねば、船団は叩けんぞ」
アプーロは、敵戦艦群との砲撃戦を選択した。状況によっては、一度距離をとったり迂回したりと手もあるが、正面からの押しで目処がついたのだ。
日本軍は戦艦のみで迎撃するつもりらしく、護衛艦を連れていなかった。アプーロは、巡洋艦『カールスルーエ』他、駆逐艦部隊に突撃を命じた。戦艦の数の不足を雷撃で補うのだ。
「取り舵、敵と同航戦を取れ!」
敵戦艦3隻は、すでに『ビスマルク』『シャルンホルスト』に対して頭を押さえている。いわゆる丁字戦法の構え。艦首から艦尾までの全主砲を異世界帝国戦艦に向けている。
一方で、アプーロの指揮する戦艦は正面に火力を集中した異世界帝国艦ではなく、地球製――元ドイツ戦艦である。正面から突撃すると、艦首の主砲しか使えず、艦尾の砲が撃てない。
故に敵と同じ方向に艦首を向けることで、全主砲を使用できるようになるのだ。
雲が低くたちこめ、所々で降る雨のせいで、微妙に見難いが、双方2万5000メートル台で、砲撃戦を行おうとする。
「砲撃始めぃ!」
ビスマルク級の38センチ砲八門、シャルンホルスト級の28センチ砲九門が爆炎を噴いた。前者が最大3万6000メートル、後者がなんと4万メートル近い射程を持つ。余裕で届く距離である。……ただし『シャルンホルスト』の場合、敵戦艦の装甲を撃ち抜くために、もっと距離を詰めるべきではあった。
金剛型戦艦3隻も、35.6センチ砲を発砲。アプーロ艦隊に反撃してきた。悪天候の中、砲弾が飛び交い、海面を叩いたそれが水柱を上げる。
砲撃戦が15分ほど続く中、お互いに決定打を与えられず、アプーロは苛立つ。
「至近弾くらいは出しているのだろう!? いつまで手間取っているのだ!」
戦艦の数は2対3で劣勢なのだ。早いところ1隻に命中弾を与えて、撃沈なり脱落させて2対2にしておきたかった。こちらの主砲が17門、敵は24門。この差は大きい。
敵砲弾が『ビスマルク』の至近で水柱を上げた。次は敵弾が命中するのではないか。焦燥感にかられるアプーロ。しかしその瞬間、『ビスマルク』に連続した爆発と衝撃が走った。
「うおっ、何だ!?」
想定とは違う衝撃に、アプーロは目を見開く。
『左舷より敵艦、出現!』
反対側に敵艦――アプーロとクファー艦長が素早く視線を巡らせば、雨の中、戦艦――もう1隻の金剛型戦艦がいて、高角砲を『ビスマルク』めがけて撃ちまくっている。
先ほどからの連続した爆発は、『ビスマルク』の艦上構造物に、敵小口径砲弾が命中している音だったのだ。『ビスマルク』の副砲や高角砲が吹き飛び、とっさの反撃能力が奪われていく。
「スコールを縫ってきたのか!?」
夜戦かと思える1万メートル以内に現れた金剛型戦艦、その主砲が放たれる。想定距離より遥かに短い距離から撃たれた35.6センチ砲弾は、近接砲撃戦向けに作られたビスマルク級戦艦の装甲を貫通、その力を解放した。
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・金剛型戦艦:『比叡』
基準排水量:3万2206トン
全長:222メートル
全幅:31メートル
出力:13万6000馬力
速力:29.7ノット
兵装:45口径35.6センチ連装砲×4 50口径15.2センチ単装砲×14
40口径12.7センチ連装高角砲×4 25ミリ三連装機銃×10
13ミリ四連装機銃×2
航空兵装:水上機×3
姉妹艦:『金剛』『榛名』『霧島』
その他:日本海軍の金剛型戦艦の二番艦。イギリス製の部品を元に、日本で組み上げられた。軍縮条約による練習艦となるも、その後、戦艦として改装、復帰する。異世界帝国との戦いにおいて、初戦となる第一次トラック沖海戦に参加するも損傷。しかし他の戦艦に比べて被害が軽微だったために、早々に復帰し前線で活動。そのため、電探の装備や機銃の更新以外の、大規模改装を受ける余裕がなかった。
・ビスマルク級戦艦:『ビスマルク』
基準排水量:4万1700トン
全長:250メートル
全幅:36メートル
出力:13万8000馬力
速力:29ノット
兵装:48.5口径38センチ連装砲×4 55口径15センチ連装砲×6
65口径10.5センチ連装高角砲×8 37ミリ連装機関砲×8
20ミリ四連装機関砲×2 20ミリ単装機関砲×12
航空兵装:カタパルト×1 水上機×4
姉妹艦:『ティルピッツ』
その他:ドイツ海軍が、シャルンホルスト級戦艦の次に建造した大戦艦。表向き3万5000トンと公表されていたが、4万トンを超える巨艦だった。異世界帝国との戦いで、撃沈され、回収、鹵獲された。
・シャルンホルスト級戦艦:『シャルンホルスト』
基準排水量:3万1850トン
全長:235.4メートル
全幅:30メートル
出力:16万馬力
速力:31ノット
兵装:54.5口径28センチ三連装砲×3 55口径15センチ連装砲×4
55口径15センチ単装砲×4 65口径10.5センチ連装高角砲×7
37ミリ連装高射機関砲×8 20ミリ連装高射機関砲×5
航空兵装:カタパルト×2 水上機×3
姉妹艦:『グナイゼナウ』
その他:ドイツ海軍が建造した高速戦艦。主砲はのちに38センチ砲に換装する予定だったが、その機会なく、異世界帝国と交戦、撃沈された。鹵獲、再生され、異世界帝国軍の戦力となる。
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