第215話、陸軍呼称『構造体X』


「――へぇ、セイロン島を占領する、ね」


 杉山達人大佐は、思わず執務机の上の万年筆を手に取った。

 場所を所長室に移し、杉山と神明の会談は続いた。第一機動艦隊作戦参謀である神明が、陸軍魔法研究所を訪問した理由が語られる。


「敵東洋艦隊を誘き出す。これは、陸軍の進める大陸決戦の一環、カルカッタ上陸船団の安全確保の側面がある」

「それを聞いちゃあ、陸軍としては協力するもやぶさかではないけど、セイロン島には異世界帝国軍の守備隊がわんさかいるんだろう? 魔研の実験部隊程度の戦力でどうにかなるもんなの?」

「なるものだから、声をかけたんだ。お前たち魔研が、戦場で試験したい代物があれば使ってくれてもいい。……目的は、先にも言った通り、東洋艦隊だからな」


 占領は二の次と言わんばかりの神明である。例のE素材タワーの件は、海軍上層部が陸軍にも秘密にしているから、言わない。

 しかし――


「ふうん、なるほどね、海軍は例のアレの確証を掴んだわけだな」

「アレとは?」

「謎の構造体X」


 杉山はさらりと言った。神明は眉をひそめる。


「何だ、謎の構造体Xとは?」

「異世界帝国がこっちの世界に持ち込んでいる『とある素材』でできた代物のことさ。海軍じゃ、別の呼び方をされているだろうけど」


 E素材のことか――神明は続きを待つ。


「陸軍では、これまでの戦闘経験から、その構造体Xは、異世界人の行動に大きく影響を与えるものと考えられている。何せ、連中は戦場にそれを後生大事に持ち込んでいたからね。司令部と思い叩いたら、以後の敵の動きや反応が大幅に鈍るから、これは何かあるなと睨んだわけだ」

「……」

「最初は司令部を叩いて、指揮系統をやられたせいで、モタついているのかと思っていたんだがね。異世界人の捕虜がどうしても取れないってのが続いていて、色々考えていたら……もしかしたら、って推測された」


 杉山は神明を見ていなかった。壁に貼られた兵器表を眺めて話しているので、神明の反応も見ていない。


「構造体Xを手に入れた陸軍は、様々な研究機関に調査を依頼した。もちろん、僕ら魔研にも持ち込まれた。だがこれがわからない。まったく未知の物質だ」


 陸軍でも、戦場で回収されるE素材――構造体Xに疑問を持ち、調べられていた。しかし、いつから調査しているか知らないが、海軍と違い、まだ正解に行き着いていないようだった。


「でもまあ、何かはわからないままだけど、使い方はだいたいわかった。今、前線じゃ、構造体Xを利用して、敵の捕虜を取る作戦を実施中だ。間もなく、結果が出るだろうね」


 海軍が秘匿しているE素材と異世界人の関係は、すぐに陸軍でも知られそうな口ぶりだった。


「海軍さんは先々月ウェーク島を攻略した」


 杉山は、チラと神明を見た。


「陸軍には一言もなしだ。別にそれは構わない。ウェークなんて小島。わざわざ陸軍から部隊を借りるのも躊躇う規模だからね。ただ……そこで海軍は手に入れたわけだ、異世界人の捕虜を」

「ほう……」


 すっとぼける神明である。杉山は笑った。


「まあ、君は知っているかもしれないし知らないかもしれないけど、そんなことはどうでもいい。海軍はウェーク島から持ち帰ったものに、相当厳しいガードをつけたでしょ。陸軍はそれでピンときたわけだ。海軍は、異世界人の捕虜を手に入れたって」

「……」

「陸軍上層部の一部はお怒りだったけどね。海軍は情報を共有しないって。確証はない事柄だからあまり言わないけれども、探りを入れないのは陸軍でも捕虜獲得の目処が立っていたからでもある」


 ニヤニヤする杉山である。


「東條首相は、嶋田海軍大臣当たりに得意気になって言うだろうね。『我が陸軍は異世界人を捕らえている』ってね」


 海軍が秘密にしていたら、実は陸軍も知っていました、と肩透かしを食らわせるやつ。奇襲をしようとしたら待ち伏せされているようなものだ。これは、海軍上層部もガッカリするだろう。


「海軍さんも、もう少し情報の扱いってものに注意を払うべきだと思うよ、うん」

「それについては同意だ」


 海軍内でも無電の扱いや迂闊な発信が見られると、軍令部のほか、小沢中将も気にしていた。いつか大きな失敗に繋がるのではないかとの危惧すらある。


「――とまあ、話が逸れたね。構造体Xで作られている塔なり設備なりを優先して叩けば、大軍でなくともセイロン島を攻略できるのではないか……そういう前提で動くと、こちらは解釈するよ」

「占領できるのなら、それに越したことはない」


 神明は、E素材のことを言及しないふうを装って話を進める。第一機動艦隊の任務は、あくまで敵東洋艦隊を撃破し、カルカッタ行きの上陸船団のための制海権、制空権の確保である。


「で、部隊は動かせるのか?」

「海軍が実戦で実験できる戦場を提供してくれた、と言えば、まあ大隊は動かせると思う」


 杉山は机の上に資料を広げた。魔研の直轄部隊は、実験部隊なので、テストできるとあれば優先度は上がる。


「当然ながら、カルカッタ上陸船団にいる部隊から引き抜くとか、それら動かす権限は、魔研にはない。うちの部隊を使うにしろ、セイロン島まで部隊を運んだり、補給や身の回りの世話はそっち持ちになるけどね」

「無論だ。陸軍の船舶に余裕がないのは承知しているし、そもそもこれは私が言い出したことだ。面倒は見る」

「後は上層部に動きますよ、って報告だな。さすがに無許可で行くわけにもいかない」


 そちらは特に心配していないという杉山である。



  ・  ・  ・



 魔研直轄部隊の出撃許可は、あっさりと出た。

 杉山は、東條首相兼陸軍大臣にコネがあれば、割と通ってしまうものだよ、と言った。


 特殊第101大隊に加えて、仏印や東南アジア攻略で活躍した魔法部隊も参加するという。


「謎の構造体Xでできた塔や装置の破壊は、こちらに有利な状況を作り出せるが、それを過信してはいけない。異世界人は葬れるが、死体兵やトカゲ突撃兵みたいに、それがなくとも戦える奴はいるからね」


 と、異世界帝国陸軍との戦闘歴が長い陸軍の視点から、杉山は忠告した。


 かくて、セイロン島攻略のための陸上戦力が揃いだしたが、その内容に、神明は驚かされることになる。

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