第799話、モンタナ級戦艦、咆哮す
モンタナ級戦艦は、現状のアメリカ海軍が誇る最大最強の戦艦である。
基準排水量6万3221トン。満載排水量は7万トンに達するそれは、今次異世界大戦の前、仮想敵国だった日本海軍の新戦艦――大和型に匹敵する。
全長281メートルは、大和型より長く、全幅は36.7メートルと、パナマックス――パナマ運河通行可能なそれを諦めた巨艦として作られた。
主砲は、アイオワ級と同じMk.7――16インチ50口径三連装砲を四基。これを前後に二基ずつ配置した計十二門。
軍縮条約以降、日本海軍に対抗するための新戦艦案は、低速重戦艦と高速戦艦にシフトしたが、後者がアイオワ級、前者がこのモンタナ級として進化した。
米海軍の本流である重防御を誇るこの低速戦艦は、低速といいつつも、機関出力17万2000馬力で28ノットの速力を発揮する。
アメリカ海軍は、このモンタナ級を5隻建造したが、異世界技術である魔核を応用したことで、1944年に完成に漕ぎ着け、いままさに本土を守る戦いに間に合った。
第六艦隊司令長官、レイモンド・スプルーアンス大将は、旗艦を『モンタナ』に置き、異世界帝国第一戦闘軍団、その主力艦隊と対峙する。
本来は、艦隊旗艦は、設備が整った三番艦『メイン』に据えるべきだが、スプルーアンスの司令部コンパクト主義――そこまで広い司令部設備はいらないという彼の主張により、戦隊指揮設備が精々の『モンタナ』を旗艦とした。
……こういう状況でなければ、戦艦ではなく、重巡洋艦旗艦でも構わなかったというのがスプルーアンスという男である。
ただ、彼は戦艦という存在を否定しない。むしろ、彼は大砲屋であり、戦艦の艦長職に強い憧れを持っていた海軍士官であった。
『敵艦隊、我が艦隊に向けて進撃中』
観測機の報告。異世界帝国艦隊は、横陣を中心として、真っ直ぐ突撃してくる戦法を好む。それは戦艦の主砲配置にも現れている。
敵艦隊の中央は、先頭を10隻のプラクスⅡ級重巡洋艦。その後ろにオリクトⅡ級戦艦10隻。三列目に、旗艦級の新型戦艦1とその左右に戦艦5隻ずつの10隻を配置している。
他は重巡洋艦が左右両翼に5隻、軽巡洋艦が右翼に15、左翼に15、後衛に11。駆逐艦は、両翼に20ずつ、後衛10という配置である。
「全艦艇、面舵。東へ針路を向けよ」
スプルーアンスは指示を出した。戦闘を東へ移動させることは、一見、日本艦隊との合流から遠ざかるように見える。
これは日本艦隊が、敵の前衛に敗れた場合を警戒したもの……ということもなく、スプルーアンスは、日本艦隊が敵前衛を必ず撃滅すると確信していた。だから、敵主力を挟撃できるように、敢えて遠ざかる針路を選択した。
そうすれば、敵前衛を片付けた日本艦隊が、後方がお留守の異世界帝国艦隊の弱点を衝くことができる。
「全て、日本艦隊次第ということになりますな」
カール・ムーア参謀長が皮肉げに言った。スプルーアンスは控えめに笑う。
「元々我々には、日本艦隊が勝利する以外に、この戦いを勝利で終わらせるプランなど存在しないのだよ」
「……それ、我が軍の将兵が聞いたらやる気をなくしませんか?」
ムーアがズバズバ言うと、スプルーアンスは淡々と返す。
「もちろん、日本艦隊が抜きでも何とかする策は考えている。ただ――」
「ただ?」
「その場合、我が艦隊は敵と刺し違えることになるだろう」
「……っ!?」
刺し違える、と聞いて、さすがのムーアも息を呑んだ。まさかこの提督から全滅を承知で戦うなどという言葉が出てくるとは思わなかったのだ。
「だが、それは勝利とは言えないな」
スプルーアンスの言葉に、ムーアは頷いた。
「……そうですね」
双方の艦隊の距離が縮まる。東に針路を取ったことで、右砲戦が発令され、第6艦隊の各戦艦群の主砲が右舷方向へ指向する。
5隻のモンタナ級、5隻のアイオワ級、2隻のサウスダコタ級、4隻の改コロラド級は単縦陣を形成し、異世界帝国艦隊の頭を押さえる。
さらに右舷側を単縦で重巡3、軽巡洋艦6がつき、戦艦群の後方についていたアラスカ級大型巡洋艦6隻が、その巡洋艦列の後方につく。
アラスカ級大型巡洋艦は、基準排水量2万9779トンとほぼ3万トンであり、全長は戦艦並みの246メートル。主砲は50口径30.5センチ三連装砲を三基九門。この主砲は、旧式戦艦のワイオミング級で使われたマーク7以来の新型であるマーク8。スーパーヘビーシェル――超重量弾を用いることで、ニューメキシコ級やテネシー級の主砲である50口径35.6センチ砲に匹敵する貫通力を持つ。
劣勢な巡洋艦戦力に対して、アラスカ級の火力は頼りになる。8インチ砲対応装甲の重巡が、戦艦級の30.5センチ砲に耐えられる道理はない。
着々と準備を整えるアメリカ艦隊に突っ込んでくる異世界帝国艦隊。その距離が2万8000メートルとなった時、双方の主砲が火を噴いた。
「
「射撃始め!」
アメリカ、異世界帝国両軍の50口径40.6センチ三連装砲が噴煙を吐き出し、砲弾を撃ち出した。
放たれた空中で交差し、やがて、それぞれの艦隊に降り注いだ。米戦艦群、異世界帝国戦艦群前列に周りに無数の水柱が立ち上る。
戦艦『モンタナ』の司令塔から、スプルーアンスはじっと戦場を見つめる。モンタナ級とアイオワ級は、主砲が同じで射撃面で統制しやすい。
またサウスダコタ級やコロラド級の45口径40.6センチ砲に比べて、初速が速い分、弾道が安定し、散布界が抑えられている。
戦前のコロラド級の砲撃訓練における散布界は酷いもので、次代のノースカロライナ級やサウスダコタ級でもあまり改善しなかった。だがアイオワ級、モンタナ級の50口径砲は良好な性能を発揮している。
細身の艦型の都合上、最高速度では射撃精度の落ちるアイオワ級も、モンタナ級の速度に合わせて28ノットで走っている分には、安定感を増した射撃を披露している。
――後は、どれだけ敵の砲撃に耐えられるか、だ。
異世界帝国の戦艦には、シールド装備があり、タフだ。その防御装置は攻撃を当て続けていれば破れるが、その間もこちらは撃たれ続けることになる。
そこは米国戦艦の伝統である重防御とダメコンで耐えるしかない。モンタナ級に関していえば、敵の50口径40.6センチ砲に対応した装甲防御を備えているので、アンラッキーなパンチでもなければ、すでに敵主砲弾を防げる砲戦距離に入っている。2万8000メートル以内というのは、そういうことだ。
アイオワ級に関しても、もう少し敵が距離を詰めれば、砲戦安全距離に入る。
だがこれら戦艦の砲撃安全距離も、接近され過ぎてはいかに対応装甲であろうとも貫通される。適度に距離を保ち、砲戦を続ける。そして願わくば、敵前衛を片付けた日本艦隊が、敵の背中から一撃を見舞うことを期待するのである。
各国の軍艦の表現において、英国は居住性、日本は攻撃力、イタリアはスピード――実際は虚仮威しではあるが――であるなら、米国は防御力というところだろう。
攻撃の日本が駆けつけるまで、防御のアメリカが主力を引きつける。これは、そういう戦いだ。
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