第141話、潜む第七艦隊


 日本海軍は、異世界帝国太平洋艦隊の動向を捉えていた。


 マリアナ諸島への敵輸送路の破壊を任務にしていた第六艦隊は、敵地であるウェーク島、マーシャル諸島、トラック各方面に広い索敵線を持っていたからだ。

 それでなくても、ハワイから援軍が向かっていることもわかっていた。だから、その航路は予想しやすく、的確なポイントで待ち伏せ、発見に成功した。


 一方で、異世界帝国太平洋艦隊にしても、彼らがデス・ルートと呼ぶ周辺海域に、日本海軍の潜水艦隊が潜んでいることは百も承知だった。


 故に昼間は、航空機を出しての対潜警戒と前衛水雷戦隊による警戒陣形で念入りに見張り、航空機を飛ばせない夜間は、レーダーと見張りよる厳重な監視を行っていた。


 これにより夜間浮上し、空気とバッテリーの補充をしている潜水艦の早期発見に努めたが――日本海軍は、ムンドゥス帝国潜水艦同様、魔式機関を用いており、バッテリーのための浮上を必要としていなかった。

 また魔技研の魔力ステルスこと遮蔽装置によって、潜望鏡など浮上している部位を捉えることがさらに難しくなっている。


 かくて、異世界帝国太平洋艦隊は、デス・ルートに足を踏み入れるだけに留まらず、罠へとはまり込んでいくのである。



  ・  ・  ・



 漸減作戦構想時、第二艦隊を中心とした夜戦攻撃陣形というものがあった。


 いわゆる侵攻する敵主力艦隊に対して、斜め前方、左右、後方に忍び寄り、併走しつつ酸素魚雷による遠距離雷撃で、敵艦隊を混乱せしめ、第一から第四水雷戦隊が四方から突撃するというものだ。


 第一、第二艦隊の四つの水雷戦隊と、それを火力支援する四つ重巡洋艦戦隊。またそれとは別に統括指揮する夜戦部隊指揮官のいる重巡洋艦ないし金剛型戦艦戦隊が、敵艦隊後方から、突入部隊を援護する……。


 真っ暗な夜間に行うには、精緻過ぎるきらいがあるが、実際のところ、いくら夜間視力を鍛えて、敵よりも夜目が利くとはいえ、敵艦隊を包囲するように機動、併走し続けることは簡単なことではない。

 そもそも敵に発見されれば、四方、五方向からの襲撃が形通りに決まるわけがなく、どうにも机上の空論臭を感じさせる。


 事実、レーダーによる索敵が進んだ現在を鑑みれば、酸素魚雷によるアウトレンジで多少の混乱は誘えるかもしれないが、構想していた頃の効果はないと思われている。


 だが、敵による発見が困難だったなら?

 夜間問わず、敵を確実に捕捉する手段があったなら?

 敵に悟られることなく水中でも交信が可能であったなら?

 水中航行でも、水上艦艇に随伴できる速度を出せたなら?


 話は変わってくる。もちろん、これらがどれも通常の手段では非常に難しく、匙を投げるレベルの技術的問題もあるのだが、魔技研の研究はそれらを克服した。


 日本海軍、第七艦隊旗艦『大和』は、現在、異世界帝国太平洋艦隊後方を航行していた。

 その艦橋で、艦隊司令長官を務める武本権三郎中将は、艦長の神明大佐に呼びかけた。


「どうだ?」

「各隊、所定の位置につきました」


 作戦ボードに、敵艦隊と味方の位置が浮かび上がる。魔力索敵と相互支援の結果、作戦海域全体の動きが表示されているのだ。


 幽霊艦隊指揮官だった武本は、正式に日本海軍に復帰。予備役時は少将だったが、新設された第七艦隊の指揮官に就任にあたって中将となった。……年次を出せば、大将でもおかしくない歳なのだが、そこは復帰組扱いである。


「ようし。では攻撃を開始する」


 武本は頷いた。


 作戦ボードに映る敵太平洋艦隊は四群に分かれている。これとは別にさらに後方に補給船団がいるが、これは今回、第六艦隊に任せるので除外する。


 第七艦隊は、連合艦隊主力が決戦を行う際の先駆けであり、敵の漸減を任務としている。目標は、敵艦隊だ。

 四つの群の構成は、戦艦5、空母5、重巡洋艦5、軽巡洋艦5、駆逐艦20の編成が三つあり、残り一つが敵総大将のいる戦艦10、空母10、重巡洋艦10、軽巡洋艦10、駆逐艦20の本隊である。


 どうせ襲撃するなら、本隊を――といきたい所だが、まず狙うは大型空母群を含む部隊を優先する。

 それはどれかと言うと、本隊の前方を行く三群のうち、先頭中央をいく部隊だ。ここにリトス級大型空母5隻が集中している。左右にいる残り二群には、中型空母が5隻ずつ。そして本隊にる10隻の空母は小型空母なのである。


 最初の襲撃で、一群を撃滅できるのなら、艦載機を多く保有する大型空母群の部隊が、制空権をとる意味でも真っ先に始末すべきだ。


『第四隊、隠密雷撃開始。続いて第一隊、第二隊、第三隊、攻撃用意』


 旗艦『大和』からの魔力通信を受けて、敵大型空母5隻のいる前衛中央群に対し、第七艦隊は攻撃を開始する。


 第四隊――特殊巡洋艦『九頭竜』と軽巡洋艦『水無瀬』『鹿島』、駆逐艦『海霧』『山霧』『谷霧』『大霧』が浮上し、単縦陣からの誘導酸素魚雷を一斉発射。その後、速やかに再度潜水に移り、その姿を海上から消した。


 夜の海を無数の魚雷が疾走する。通常は艦艇側から誘導装置で、目標へ導かれるのだが、今回、誘導装置は入っているが、艦艇側からはコントロールしていなかった。


 つまり、第四隊の放った魚雷は、目標の未来位置を予想する従来の魚雷と同じ要領で発射されたのだ。

 この場合、多数を放っても、命中するのは数本程度。運が悪いと全弾外れる可能性がある。


 しかし、第七艦隊が、そんな不確実な手を使うわけがなかった。

 敵艦隊近くに、特マ潜こと『海狼』――日本海軍名『伊600』が潜航、待機していたのだ。

 海狼の発令所で、海道鈴大尉は、自身の魔力テリトリー内に、無数の魚雷を確認した。


「来ました。第四隊の魚雷群です」

「よし。誘導開始だ」


 艦長の海道はじめ少佐は頷いた。


「鈴、外周の敵艦に手当たり次第に魚雷を叩き込め」

「わかりました。お兄様」


 つい癖が出るが、鈴は、誘導のための魔力波を飛ばすため、訂正はしなかった。

 特マ潜の魔力誘導に、誘導装置が入っていた酸素魚雷は、次々に標的を指示された。40ノットの高速で、異世界帝国前衛中央群、その外周に魚雷が殺到する。


 レーダーによる水上監視をしていた異世界帝国各艦艇だが、それにより海中への観測が疎かになっていた。

 敵潜水艦に見つかっても、振り切れるように速度を出していた。つまり、ソナーで捕捉できる速度以上で航行していたため、自艦の出す騒音の中から魚雷の接近に気づいた時には、ほぼ至近距離だったのだ。


 直後、護衛のエリヤ級駆逐艦に誘導酸素魚雷が直撃。一定距離を保ち陣形を形成した駆逐艦、そして近くにいた軽巡洋艦にも魚雷が突き刺さり、水柱を上げさせた。

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