神と魔の日本における共通認識

『だから、この国はあらゆる神魔の保養所なのだ』


は?

そう返すのは何度目だったのか。

そいつは割と辛抱強く、説明を続けてくれていた。


『日本語が難しいのか? 私の言い方が悪いのか? 何か単語が間違っているか?』

「いえ、何も間違っていません」


がれきを椅子代わりに巨体で腰掛ける。


「ただ保養所っていうのが……そんなの見たことも聞いたこともないし」


よく、妖怪が昔温泉に浸かっていたとか、共存していたとかそういう話は昔ばなしや民話などでは耳にする。

が、他国の神と悪魔の保養所なんていうのは初耳だ。


「そのようなことはない。見ているだろう」

「見てません」

「いいや、既にお前たちは見ている。知っている」


いつのまにか耳の奥に響くような重低音は普通に音声になっていた。

そもそも神とか悪魔とか存在がよくわからないのでまぁそういうことも可能なんだろうと思うことにする。


「あらゆる宗教、あらゆる祈りの場、人種、それらをなんの抵抗もなく受け入れ、受け入れられた側は互いの領分を基本的には侵さない。聖地でさえも互いの縄張りとして常に狙いあっている輩どもが、だ。この国の神の居所は何だったか…ヤシロ……?」

「神社」

「そう、神がいるにもかかわらず、その神々は入る者拒まず、去るもの追わず……他国に侵攻することもなく、あきれ返るほど、お人よしでありながら他の古き信仰のように挿げ替えられることもない」


確かにそういわれると、神社の隣に寺があって、さらに下手するとそこから教会の屋根の十字架が見えたり、割と町は混沌としている。


「神様は知らないけど、確かに日本人は無宗教とか言ってる割に節操ないなー」

「親が親なら子も子と言ったところか」


生まれた時は神式で、七五三も神道、結婚式は教会で、死んだあとは寺の墓。

それは一種のパターンであってしかも人によってみんな組み合わせが違う。考えてみれば人生行事のビュッフェ状態だ。

ぐうの音も出ない。


「それが、日本の神様と何か関係あるのか?」


既にため口で聞いた。

真実があまりにも未だよくわからない話であるせいもある。

気が抜ける前に、理解不能だ。


「民があらゆるものを受け入れるのは神が排除をしていないからだ。言うなれば、我々は神も魔もフリーパスでリゾート地に来ているようなもの」


いきなりわかりやすくなった。


「つまり、見えないところで他国の神々はこの国をリゾート地化してたと?」

「文化も特に異彩で東洋のガラパゴス的な存在だな。温泉、芸者、フジヤマ……」

「あんたら、本来目に見えない世界の住人なんだよな? 芸者って何? 冨士山より高い山、世界中にあるでしょうが」


その過程で聞いた。

確かに彼らは本来目に見えない霊的な存在だ。

しかし、力のあるものは昔からこの世界……現世というらしい、に現出することはできたし、条件次第でそれ以下の者も姿を現すことがあるという。


今現在は、天使が現れたことで物質界と各地の霊的な世界の境界があいまいに……

って、オレは一般人なんであんまりコアな話をされても理解に窮する。聞き流すことにする。

大事なのは、なんか人間界と神界だけでなく、魔界もつながってるよということだろう。


「いずれにしても重要なのは、この地がいかな神魔にも征服されず、なおかつ寛容に受け入れる、世界に類を見ない国だということだ」


最初からそれを言ってくれた方がすごくわかりやすかったと思うのだが。


「つまりみんな仲良くできる国だったわけだな? ここに来たときは次の人のために荒らさないで帰りましょう的な」

「その通りだ」


マジか。


己の例えに悪魔に良心的な肯定されても微妙この上ない。


「天使たちは己が領域を拡大せんと現世に降りた。弱き神の国々は蹂躙され、人間は抗う術を持たずして絶えようとしている」


何その世紀末な惨状。

日本も大量虐殺に文明の崩壊、物理的損害などなど結構大変なことになっているんだが、他国に比べたらまだましということなのか。


「……悪魔が見えるっていうことは、その、天使の派閥に対抗する他教の神様も見えるようになってるってことだよな……?」

「それも是だ。国によっては人も神魔もともに抗戦を続けているが、すでに国を追われた神々もこの国へやってきている」

「ちょっと待ってくれ。この国でハルマゲドンでも起こすつもりか?」


いや、だったらすでにどこの国にも先駆けて、目に見える形でその戦争は起こっているだろう。

むしろ早々に沈静化したかのようなこの国の状況から鑑みるに……


その悪魔は心が読めるのだろう。

その時、初めてそのことを知った。

こう、答えたからだった。


「それも正しい。国を追われた神や魔、我々のようにそもそもあやつらと敵対している者たちは、この国から天使の存在を駆逐している」

「…………なんのために?」


なんとなくわかったが、念のため、聞いた。



「神魔の勢力枠を超えた、リゾート地を守るためだ」



人も、魔も、あらゆる神すらも拒まない国、日本。

こうして首都、東京は2年後……

神魔に対し永世中立の立場をとる世界で唯一の国家となった。


すべてが変わった。

オレの人生も、悪魔の宣言通り、「今までのすべて」が殺されて、その後、想像すらしえない方向に転がっていくこととなる。



すべてはこの、はじまりの接触の日から。

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