1.ダンタリオンの誘い

ある日、ダンタリオンから呼び出しがかかった。

指定時間は夕刻だ。

職務内容は、神魔間でのトラブルについて。

……そういうことは、警察に届けたほうがいいんじゃないかと思うが、相談レベルなら受けざるを得ないので、でかける。


気になるのは面会指定場所とその他。


場所:新宿駅西口

その他:服装は私服にて。護衛、付き人は不要。


…………もう個人的な用事にしか思えない。

終業時間は超えそうなので、直帰扱いにして出かけた先に待っていたのは、やはりラフな格好の、魔界の公爵だった。


こちらの姿を見つけると、よぅ、とばかりに手を挙げて口の端に笑みを浮かべる。

嫌な予感しかしない。


「なんだよ、何か用?」

「用があるから呼んだんだろうが」

「私服で新宿? どっか遊びに行くの?」

「勤務時間中に遊びに行けるとか、感謝しろよ」


否定しろ。


こんなことが多くなってきてるので、最近、オフモードとオンモードがわからなくなってきた自分がいる。

全肯定が返ってきたところで今日はやはり仕事ではないので、もうオフモード全開でいいだろう。


「新宿で夕方から遊びに行くとか……オレ、狭い飲み屋とかあんまり好きじゃないからな」

「そうなのか。けっこう面白いけどな、混沌としてて」


そうだな。お前、魔界産だからな。


そういって連れて歩かれる。

ちょっと遠回りをしたようだが行き先は……


歌舞伎町だった。


「なんで歌舞伎町なんだよ! 居酒屋とか好きじゃないっていったばっかだろ!」


この間、もう二度と来ないだろうと思ったばかりの場所に、割とすぐに来ることになってしまった。


「お前、もう少し大人の遊びも覚えたほうがいいぞ。お兄さんがいいところへ連れて行ってやろう」

「そういう日本語どこで覚えるんだよ。お前はお兄さんじゃない」


見た目はともかく、年齢的に言ったら爺だろう。

在日が長い分、顔が知れてきてファンが増えてるから滅多なことは言えない。


……そういえば、今日はちょっと雰囲気違うな。


「とりあえず、バッジはずせ。夜の歌舞伎町で役人ですはないだろう」


指摘されてオレは同意する。

基本、観光客である一時滞在の神魔が困った時に声をかけていいですよというシンボルみたいなものなので、オフの日も場所に応じてつけることになっていた。


ちなみに基本は基本でしかないので、前回一木と来たときはつけていない。

この辺りの基準は曖昧だ。


「あっ、髪型か」

「なんだよ」

「いや、何か雰囲気が違うなと思ったから」

「服装でもイメチェンを図ってるわけだが、そっちは言うことがないのか」


……ホントだ。

ラフだとは思ったけど、今日は公爵の気配が全くしないだけで、軽くスーツのような格好だ。

よくよく考えると、人間としてはラフでもない。

しかし、違和感。


「……」

「なんとか言え」

「痛たたた!」


笑顔を浮かべながら、こめかみを両手でぐりぐりされた。


「まだ夕方なのに酔っ払いみたいなことやめろ!」

「酔っ払いじゃなくてお兄さんぽいスキンシップじゃないのか?」

「お前、今日のコンセプトそれなの?」


呆れたが、まぁ歌舞伎町でなければ何かの遊びなのかもしれない。

しかし、ここは歌舞伎町だ。

酔っ払い要素の方に針が傾く。


「連れてくのは飲み屋じゃねーよ。酒はあるが、そこは目的じゃないから安心しろ」

「何も安心できる要素がない。大体、歌舞伎町なら西新宿駅が最寄だろ、なんでわざわざ新宿で待ち合わせなんだよ」

「西新宿駅待ち合わせだと、お前が勘づきそうだから」


大分勘づいてたけど、仕事だから断れないんだよ。


余計なことを考えている。

しかし、酒があるという言い方からあからさま風俗店などでもなさそうだ。

遊興場であることには違いないだろうが。


そしてたどり着いたのは、裏路地からさらに裏。

……裏の裏は表なので、隣の通りだったりするのだが、この間通った通りと違っていかがわしさは少し、減っている気がする。


ダンタリオンはとあるビルへ入った。

ビル自体は普通だが、看板も何もない。

逆にこの街では異様な感じがした。


「ちょっと待て。何か怪しいだろ。どこに連れてくつもりだよ」

「怪しいところだよ」


そう答えられた時には遅かった。

薄暗い階段が地下へ続いている。

歌舞伎町らしい空気の人からスーツのおっさんまで、色々な人とすれ違いはする。

逆にそれが、今から一人で引き返すには、怖い感じになっていた。


「お前……ここ……」


開いたままの重そうな扉を抜ける前からすでに歓声が聞こえる。

その向こうは割れんばかりの熱気と歓声に包まれたホールだった。


「見ての通り。賭博場だ」


カジノなどという品のいいものではない。

ラウンドになっている下方、ホールの中央では、男が二人殴り合っていた。

普通に格闘技にも見えるが、違うことは一目瞭然だ。


「賭博……?」

「賭けるんだよ。どっちが勝つか」

「お前、それ普通に違法賭ば……!」


言いかけたところで口をふさがれた。

もっとも、叫んだところで周りの人間は熱狂しているから聞こえないだろう。


「なんでこんなところに連れて来るんだよ!」

「ん~いいから、ちょっと見てろよ」


にやにやしながら手近な柱に背中を預けるダンタリオン。

違法賭場だけあって、異様な空気だ。




ただ、オレがいていい場所じゃないことだけはわかる。




ていうか、むしろ、バッジ付けてたら殺されるくらいの場所だよ。

早く帰りたい!

でも一人じゃ帰れない! 勘弁して!


「あ、やっぱりこんなところにいた」

「!」


その時、それこそこんな賭場には無縁そうな声がした。

振り返ると忍の姿がある。


「お前、なんでこんなところに……」

「謎の地図が落ちていて」


右手に持っていた紙切れをぺらりとこちらに向けてみせた。

そこには道路と路線と思しき線、信号しか書かれていない。

あとは目的地っぽい場所に適当に丸がしてあるだけだ。


「地図…………?」


地図というか、棒と丸で表現された世界だ。

唯一の文字は右下の隅の、ダンタリオンの署名。


「どうだ! 忍は直に呼んでもさすがに歌舞伎町に興味はなさそうだったから、オレの妙案で呼んだんだ」

「どこが妙案だよ。これ地図か? 地図じゃないよな? 地図だとしたら小学生でももっとわかりやすく書くぞ!」


駅っぽい四角も書かれていた。

四角は棒で表現できるので、棒扱いにする。


「お前、良くこれでここに来られたな……」

「逆に気になってしまって……」

「ほらな、忍なら下手に招待するよりその方が必ず来る気がしたんだ」


普通はたどり着けない以前に、何を示しているのかすらわからないレベルだが。


「それにしたってもう少し情報が……」

「方位は書いてあるだろ」

「現代人にはますますわからないんだよ、そんなものがあっても」


地図を回すタイプではないが、時々、回したくなる気持ちにはなる。


なので、オレにとっては無意味なマークだ。


「オリエンテーリングみたいで、楽しかったよ」

「だからどこらへんでわかったんだよ」

「路線の交わり方と駅かな。仕事中だったから周りの人にも聞いたら新宿最寄りの人がいて、割と簡単にわかったよ」


仕事中にその地図は一体どこで拾ったのか。

そして、駅が分かったところで、棒しかないこの地図でここにたどり着くことがまず至難の業なのでは。

それ以前に、それが路線だっていうことにまず気づかないと、話は進まなかったろう。


「面子がそろったから説明してやる」

「私、意味が分からないんですけど」

「こいつのお遊びだよ。まんまと招待されたってわけだ」


それでもこの場所がどういう場所なのか。

面子を揃える意味があるのか。

ちょっとひっかかる。


「ここは違法賭場だ。今は殴り合いの時間だけど、深夜は武器を使った真剣勝負になる。さらに地下へ行けば、デスゲームが繰り広げられててな」


違法っていうか、もう旧時代のアンダーグランド、いや、どこのファンタジー世界の設定だ。

都内にそんなものがあったことすら聞いたことがない。


「そんな怖いところにオレ連れてくんな」


ボコッ


持参していた、空になったばかりのペットボトルで頭をたたいてやった。


「大使がこんなことしていいんかぁ!?」

「大使はお前だろ! それに今日はもう勤務終了だ! ていうかこんなところで大声で大使とかいうなよ!!!」


さすがに周りの目が集まっている。怖い。


「あ、たいしってこの人の名前です」


忍の瞬発力が発揮された。


「太いに子供の子で太子」


説得力はともかく、ものすごい普通にフォローしてくれたのが有難い。

こんな違法なところで大使とか役人とかバレたらこっちがバラされる。


周りの目が再び殴り合いに向くのを待って、忍はダンタリオンにあるかないかの表情で困ったような、迷惑なような顔をした。

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