2-2 おでんにニンジン入れますか

「……そういわれると入ってないよな。地域柄の違いじゃなくて?」

「他人って言ったけど、身内だよ。なんでうちから派生した家族の食卓が、全然違うものになっているのかも謎だったんだけど」


忍の身内。派生、ということは兄弟姉妹がいるのだろうか。

はっきりいって、全く想像つかないし追及するのもなんだから流す。


「そんなわけで、公爵。おでんにニンジンていれますか?」


いつからおでん談議になったんだ。

疑問の矛先はすっかり冬の定番おでん食となっていた。

外交先は今日の最終地。もうおなじみダンタリオンの公館だ。


「って言われてもなーそんなものここで出てくるわけないだろ?」

「おでんの屋台って昔見たことがあったけどなかった気がする」

「コンビニでもみたことないな」


許されないものではないと思うが、少数派な気がしてきた。


「仕方ねーな。ちょっと待ってろ」


と、いつもの執務机の上に寝かされていたタブレットを手にするダンタリオン。

お前、知識系の悪魔だよな。そこでgooogle先生に聞くのか。

あっさり答えは見つかった。


「おでん博物館ってとこがあるみたいだけど、そこの運営者曰く、店より家庭差であることが多く、地域性は関係ないってよ」

「地域性はあるあるだよな」

「だから近親者がニンジン入れてたことにカルチャーショックだったんだよ」


近親者なら当然同じ地域出身だから、まずその可能性が消えるということか。


「そもそもおでんには定義が特になくて、その人がおでんと呼んでいるものがおでんなんだそうだ」

「おでんの存在意義は一体……」

「ニンジンが入っていようがブロッコリーが入っていようがゴボウ、豚肉、豆腐が入っていようがおでんと言ったらおでんなんだな」

「それもうおでんじゃないだろ。だんだんけんちんに近くなってきてるぞ」


しかしこの「おでんといったらおでん、それでいいじゃない」は神魔との共生を可能にした日本人そのものの思考回路にさえ思えてくる。

みんな違って、みんないい。


「あんまりゴタゴタ入れると味のバランスが崩れるから世間一般的なのでいい」

「もうおでんはコンビニから消え始める時期だしな」

「ていうかオレたちいつまでおでんの話してんの? 忍、納得したんだろ」

「うん、わかった。おでんと日本人の懐の深さは」


そういう理解の仕方は普通しない。


「カレーにトウモロコシ、個人的にはアレにもちょっとショックを受け……」

「いや、まだこの話続けるの? カレーにコーンは普通にあるだろ」

「田舎に行って、朝散歩してみ。似たようなものが、道路のど真ん中に落ちてたりするから」


……………。

吐き気がしてきた。


「前にコーン入りのカレーを婚約者が絶対に食べないことを、真剣に悩んでいた男性の質問を見たことがあるけど、たぶん、そういうことなんだと思う。そしてそれを知らない人はその理由に気付かない」

「見た目的にはヤバい代物だよな」

「シチューに入れる分には見栄えもしておいしいんだけど」


さすが見た目も重視の人間は違うな。定食屋なんかではあんまりコーン入り、って出ないけどオレも今後はそれ見たら食べられなくなりそうだ。


なぜなら、その落し物は夜行性の動物の何かなのだろうから。


「でもお前らコピ・ルアクとか飲むだろ。しかも高級品に分類される」

「飲みません」

「コピ・ルアクって何」

「ジャコウネコの排泄物からできるコーヒー」


……無理だろ。誰だよ、最初にチャレンジしたやつは。

みんなさっきから「それ」について単語を駆使して明言はしていないが小学生男子なら間違いなく大声で盛り上がって連呼する、わかりやすい単語はほかにある。


「やめよう、この話は」

「そうだね、食べ物は人それぞれの文化だよ」

「公爵、暇なら忍に観光スポットの情報提供してもらえませんか。どうしてもでかけたくなってしまったようで」

「暇ならってなんだ、まるで今まさに暇してるみたいじゃないか」


いきなりのおでん話題にふつうに乗ってきている時点で暇だろう。

ともかく、司さんがようやく軌道修正をして本来の目的に戻った。


いや、オレたち観光情報聞きにここに来たわけじゃないんだけど。


「森も忍も情報通の公爵に期待しているようなんですが」

「……しょーがねぇな。でもなんでいきなり観光なんだ?」


そこはさっくり司さんが要約して伝えることであっさり話が進みだす。


「都内で新鮮なスポットねぇ……雑誌にあるところは大体、チェック済だしな」

「お前がチェック済でどうするんだよ。どんだけ遊び歩いてんの?」

「そういう意味じゃない。チェックした上で忍たちの求めるところに該当しそうな場所がないってことだよ」


と、雑誌をいくつか放ってきた。

見慣れたデザインのものもあるが……


「神魔専用の観光雑誌とかあるんだな」

「それ見た。でも結局日本人が出してるから人間向けとあんまり変わらない」


パラパラとめくってみる。

確かに日本体験型のものが多い感じはするが、書かれているのも日本語だしさして新鮮味はない感じだ。

情報を使いまわして構成や特集を神魔用に変えました、みたいな出来である気はする。


「日本語版外国人観光雑誌、という感じだな」

「だろ? 三年もいるとオレも大体ピックアップされる情報が読めてきて、自分の足で発掘するしかない状態になって来る」

「それです。欲しいのは通の口コミ情報」


雑誌が欲しかったら本屋に行けばいい話だもんな。

こいつは独自の情報ルートとか持ってそうだし、そもそもそこに期待していたのか。


「そんなにストレスたまってるならお台場のジェイポリスにでも行って来たら?」


ジェイポリス、それは室内型アトラクションアミューズメントパーク。

身体を動かして発散するという点では合っている。が。


「それはもうずっと前から存在してるし……ところでジェイポリスのポリスって警察って意味なの?」

「ずっと存在しているものに対していきなり俺に疑問を呈さないでくれるか。気になるなら単語見ろ」

「そっちのポリスは都市国家って意味だよ。楽しい国的な意味だろ」


どうでもいいところで、いきなりの疑問は解消された。

納得した忍の満足そうな顔。振出しに戻る。


「メガロポリスのポリスか……で公爵。旅に求めるものは何だと思います?」


振出しに戻ったので、そっち関係の質問だ。


「未知のもを見、聞き、感じる新鮮さ」

「です」


突き詰めたことはないが、行ったことのないところに行きたいというのはつまりそういうことなんだろう。場合にもよる。


「といってもな。都内で未体験ゾーンとか」


反応は芳しくない。行動範囲の違いもあるが、もうこいつ遊びつくして「未知」という感覚でおすすめができない状態なんじゃなかろうか。


日本に浸かりすぎだろ、お前。

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