2-1 遠出自粛
行動が早い。忍は司さんからOKが出た次の休みには司さん宅……というか、森さんのところに行って、プチ旅行の話をしたらしかった。
「……よく考えたら、森ちゃんスサノオの件で遠出自粛だった」
ふたりして辿り着いた最終結論はそこだった。
「そんなこと言ったら、よく考えなくてもお前もじゃないの?」
ソロモンの指輪の所持者。七十二柱を召喚できるものがこんな時にうろうろしていていいものか。
オレも森さんのことを言われて到達した話なわけだが、間違ってはいないらしい。
「そうなんだ。たまたま家にいた司くんも誘ったんだけど」
「こういう時だから、俺は1号緊急動員なんだ。今は都内待機」
「……そうですよね、非常事態がないとは限らない事態ですもんね」
以前とは異なり、しかるべき理由でオレと忍の護衛に就いている司さん。そう言うとなぜかじっと、オレの方を見てきた。
「? どうしたんですか?」
「いや、秋葉も1号動員だったろう? 割と他人事に話しているなと」
「……誰が1号動員?」
初耳。
というか、確かにそんな表は毎年配られている。それは、公務員が災害時など有事の際に狩り出される順を示した系統図だ。
大体、下っ端は連絡網の一番下にいて、直の上司や年配の同僚から連絡がくるというお決まりである。
1号動員は、例えば街に損害が出るくらいの事件が来たときに真っ先に自分から本部となる場所に行かなければならない現場の人、あるいは本部を立ち上げるための会議をするお偉いさん。あとは災害規模に応じて順に連絡が回る。
司さんたち特殊部隊をのぞけば
年功序列
というわかりやすい表である。
ので、大体みんな配られても見ない代物でもあり。
「ひょっとして……見てないのか?」
「いや、見ましたよ? 年度初めくらいにくるやつでしょ?」
「それから天使の襲撃があったから、改訂されているのが最近来た」
……やばい、見てない。
「それってメール!? 掲示板!!?」
「どっちだっけ。掲示期限切れてたら消えてるよね?」
「……ファイル保存してあるから、あとでメールで送る」
「助かります……」
基本的には自分の部署分しか掲示されないものだが、さすがに司さんのところは事件がらみを総括しているので他部署のものも持っているようだ。
その時が来ないのが一番いいが、何かあった時に、知りませんでした、寝てました。は、あまりにも情けないので想像上であろうと避けたい事態だ。
「忍は持ってないの?」
「私はいつもどおり下層動員で、保存しておくほどではないから目を通しただけ」
下層動員……つまりよほどのことがなければ声がかからないポジションだ。
そこまで声がかかるほどの事件は、天災なら大災害クラスで、しかし天使の襲撃はこれに当たるのが怖いところ。
「でもお前、さっき森さんと同じで遠出禁止だって……」
「今の時点で動員表から外れてたらおかしいでしょう。あくまで自粛扱いで清明さんに確認した」
こいつの場合、自分のことになると、重要性を見落としがちなのが不思議だ。
ふつうは逆だと思うのだが。
「でもなんでオレ、一号動員?」
「外交の人間は何人か秋葉と同じくらいの役職の人間が別枠になっていた。多分、以前神魔の指名で現場に出た職員だろう。言い忘れたがその緊急動員表は改定というか、特定の案件の場合のみだったはず」
「特定の場合?」
「天使の襲撃に関することでしょ?」
そっか。それ以外の災害はいつも通りなんだな。主に自然災害系の。そちらはここ数年ほとんど起こっていないので、気にしなくてもいい感じだ。あっても、部長課長くらいで止まる。
「結局、全員都内から出られないんじゃないか…」
「出る気もなかったくせに」
「出る気がなかったから情報に疎かったんだ」
多分。そういうことにしておく。
「そんなわけで気晴らしプチ旅行すら断念となった私は気が収まらず」
そうだったな、そういう話だったな。
「行きたくなるとすごく行きたいのに、他の都合で行けないって余計行きたくならない?」
「脱走禁止。司さん、護衛って言うか見張ってた方がいいんじゃ」
「脱走計画を立てる時は森に話が行くから、そっちを気を付けていれば問題ない」
「……」
司さん、忍が舌打ちしそうな顔してるんですけど。
「もうね、それはいいの。代替案で都内で行ったことないとこを発掘することにした」
23区内は意外と狭い。山手線で東京駅の反対側にある新宿駅まで歩いても実は2時間かからない程度の距離しかない。
山手線を自転車で一周すると大体一日で回れるという話も聞いたことがある。
問題は、密度だ。そのせまい面積の中にあらゆるスポットがひしめいているのが東京。
むしろ
行ったことない場所の方がはるかに多いのがふつう
なわけで。
「発掘って言っても、雑誌とかネットは割と同じような店の情報ループして終わったりしないか?」
「する。私と森ちゃんが行きたいのはそういうところじゃなくて」
わかる。本当の穴場っていうやつだな。それこそ雑誌なんかに載ってなくても興味が引かれるような。
……難しいな。
「森も忍も旅行誌に掲載されがちな飲食店にはあまり興味がないしな。俺も聞かれたけどお手上げだった」
「どうせ主だったスポットはすでにリサーチ済だろ? リスーピアとか行ってる時点で割と情報通だよ、オレにも無理だよ」
ネットだけじゃない。気づけばフリーペーパーの棚をみつけると、ほとんど無意識に近寄ってそれらを手にしているくらいだから、そんなものを手に取らない人間に、アドバイスできることなどあるまい。
「旅行の代わりになるくらいの新鮮なところ、もしくは穴場」
「新鮮さを求めるなら行ったところのない観光スポットでもいいだろ」
「神奈川の工場夜景クルーズとか」
東京は出るが、横浜くらいなら下手に交通網が少ない方面に行くより近いのでその発想。
いいだろ、その辺で。しかし、いつでも行けると思うとそこはやはり違うらしい。
「今日は外交3件でしょ? 神魔のヒトたちに聞こう」
悪くはないと思う。神魔がこの国に現れるより前だって、日本人より外国人の方が実は独自のスポット情報を持っていたり、現地の人間には気付きづらい場所を面白がったりしていたわけだから。
「価値観の違うヒトに聞いてみるのはいいんじゃないのか?」
「他人の家のおでんにニンジンが入っていた時の衝撃くらいは受けられそうな気がする」
なぜ唐突におでんにニンジンという話題が出てくるのか謎だが、いつもの通り、ナチュラルに会話は続いた。
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