2-3 神魔の隠れ家

「忍がこいつに期待してたのって、人間と神魔の視点の違いでの情報だろ? どっぷり浸かりすぎてむしろ期待できないんじゃないの?」

「……お前な……そういうところはないわけじゃないけど、忍の性格や行動時間を考えるとかみ合わないんだよ。オレだってそれくらい考えてるの」


確かに忍は昼型で、こいつは夜型な感じはする。

自然、足を運ぶスポットも違ってくるだろう。


「アンダーヘブンズバー」


その時ぽつりと忍が言った。そのまま顔を上げて続ける。


「公爵がたまにぽろっとこぼすの。神魔御用達らしいけどそこは?」

「やめとけ。深夜帯が本領だから、お前らみたいなお子様向きじゃない」

「なんだよそれ、黒そうだな」


ふつうにおススメではないらしい。


「神魔の社交場、って点じゃ問題ないけど時々人間の方に怪しい奴いたりするし」

「そうなんですか? つまり、情報屋的な何か?」


逆に興味引いてんぞ、おい。


「普通にバーですよね? 確かに夜遊びは得意じゃないけど、なんか気になって」

「大人向けだってだけで神魔メインの普通のバーだよ。なんでそこだけ気になるんだ」

「公爵が前から口に出すと、直後に『あ、やべ』みたいな顔するし」

「……」


良からぬことを隠しているのではないかと、それを聞いた司さんの視線も何か咎めるように向けられている。


……大体こいつが何かを隠している時は、ろくでもない。


「だからそれは時間によってはガチ勢も集まるから、ってことだよ」

「実はその名前を何度か聞いて一応ネットで調べたんですけど、口コミはおろか店の場所すら出てこないんですよね」

「この情報化のご時世に?」

「だから穴場なのかなって思ったんだけど……なんか、怪しい」

「怪しくないから。ふつうのバーだから。神魔多いし、深夜帯は特におススメできないけど、人間がやってる店だしカクテル飲んで帰ってくるくらいは全然ふつうだから」


ことさら普通を連呼されると普通に聞こえなくなってくる不思議。

司さんの空気が雑談モードから警戒モードに切り替わってんぞ。


「それに深夜帯は神魔の時間状態だからそれを邪魔するのは無粋だろ?」

「う……まぁそういわれると敢えて邪魔したいわけじゃないし、空気は読みたいところですが」

「なぁ忍。そのバーってアスタロトさんが言ってたとこだよ……なっ」


なぜか、それを言うとふいに忍はオレの左手に自分の右手を重ね……

時間差で思い切り握り捻りあげてきた。

痛くはない、痛くはない、が。……ある意味、痛い。


「アスタロトが? 教えたのか?」


余計なことだったのかため息をつきながら忍。


「実は場所はもう知ってるんですよ。ほら、ルース……教会の人を探してた時、たまたまその路地に入ったの」

「マジでか」

「えぇ、多分そこじゃないかって。時間的にまだ開店してないみたいだったけど」


その話はダンタリオンには伝わっているから、忍だけでなくオレと司さんもそこにいたのはわかるだろう。

話は続く。


「で、アスタロトさんと話したことがあって、アスタロトさんはあんまり好きじゃないって言ってた」

「あぁ、あいつの趣向とオレの趣向は違うからな。他になんか言ってたか?」

「公爵がよく行くから、行くことがあったら公爵の名前でも使えって言ってたような?」

「かもしれない。それくらいしか話してないからよく覚えてない」


なぜ忍がアスタロトさんのことを伏せておきたいのかは謎だが、全く嘘は言ってない。

というかそれで思い出した。困ったことがあったら行ってみるといいと言っていた気がする。結局、困ったことがなかったから行かなかったので、あれは一体どういう意味だったのかもわからない。


そうか、そこはまた今回の件とは別件なんだな。単に行ってみたい場所候補なだけでそんな重い話じゃないわけで。


「今時ネットにも情報が流れないバーとか完全に穴場認定な気がする」

「それが神魔なら確かに一昔前の外国人観光客の目線だよなー」

「だから単に気になってただけなんだけど、公爵の話を聞けば聞くほどプチ旅行の代わりに行くか、みたいな気安い場所じゃない気がしてきた」


そう、なんだか全然おススメしない感が、逆に違和感なんだ。


「ダンタリオン、知ってっか。嘘って隠そうとすればするほど挙動不審になるんだぞ」

「お前、オレのことバカにしてんの? 別にきょどってはいないだろ。本当に単に穴場で、カクテル飲んで帰ってくるくらいなら人間でも問題ないわ。ただ夜が深くなるほど客層変わるから、夜更かしすぎんなってことだよ」


そんな夜更かしする人間でないことくらい分かっているだろうに。

念を押すからいつまで経っても怪しい感じがするんだよ。

しかし、オレにまでそんな目で見られたダンタリオンは、諦めたように話し始めた。


「あそこな、マスターは人間なんだけどちょっと変わってんだ。神魔が顕在する前からそっち系の研究してたみたいで」

「マスターが研究?」

「バーは資金稼ぎの副業みたいなもんだって。オレたちが姿を見せる前はマイナージャンルだから研究用の資金繰りが、結構厳しかったらしくてな。まぁ今の時代になったら神魔が押し寄せる人気店で研究してる暇がないくらい繁盛してしまったという、ある意味本末転倒な場所でもある」

「なにそれ、面白い」


今のエピソードは「面白い」になるのか。

つまりマスターは元々神魔に興味がある人で、詳しかったんだろうけどそれが幸い(?)して今は神魔専門店みたいになってるってことか。

そりゃ「ふつうのバー」じゃないわな。


「マスターも自力で店をみつけた客は歓迎だと思う。けど今、神魔関係者で満員御礼なのも喜んでるみたいだから人間を紹介するっていうのはあんまりな」

「なんだよ、だったら初めからそういえばいいだろ。どこまで遠回りさせんだ」

「だから紹介はしたくないって言っただろ。でもお前ら自力で場所も知ってるみたいだし、そういうことならいいんじゃないの? 紹介されたとは言うなよ」


そこだけ約束をしておきたいらしい。そのマスターはどれだけ神魔が好きなんだ。

独自に研究をしているというからには学者の人なんだろうが、確かに変わった場所には違いないというのはなんとなくでもわかった。


「ふつうの時間に行っても面白くないかなと思ったけど、そういうことならマスター自身に興味が出た」

「どういう興味の出し方だよ」

「ふつうの時間でもなんか面白い話とか聞けるかもしれないし」


深夜帯になるとどんな感じなのか想像はつかないが、確かに日没後くらいなら問題はなさそうだ。


「行くの?」

「森ちゃんに聞いてみてから」

「それはダメだ」


なぜか司さんが止めた。


「なんで?」

「なんとなく」


勘らしいが、警戒モードが継続している。


「公爵、他にも何か隠していることないですか」

「隠してることってなんだよ。なんで隠すことが前提なんだ」

「そんな親切な理由だけで、秘密にしておくなんて公爵らしくない」

「お前オレをどーいう目で見てるんだ」


オレにはわかりますよ、司さん。

いつもだったら大抵のことは喜んで情報提供するのに、聞かれても渋っていたこと自体が疑惑の種。というかもう、芽ぶき済み状態なので、そこはどうしようもない。

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