2-4 アンダーヘブンズ・バー

「私も森ちゃんも深夜まで居座るタイプじゃないよ」

「公爵が人間に怪しい奴がいると言っただろう? そんな場所はろくでもない場所としか思えない」

「………………ろくでもないのは神魔じゃなくて人間だからな?」


こいつが人に勧めないで自分だけで行ってるあたり、わからないでもない。

振り出しに戻りそうだ。


「森ちゃんと行くのがダメってこと?」

「そう言ってるだろ」

「そうですか。私一人なら怪しそうでも行っていいってことですか」

「…………」


今の忍の質問は、後の結論に至るための確認だった。

こいつ、一人でも行きそうな展開だぞ。

しかし、忍個人のこととなると司さんは「ダメ」という抑止力になり得る権限がなく……


「やめとけ。忍が一人で行ったら何の情報仕入れてくるかわからないぞ。話し相手がいれば普通にバーの雰囲気楽しんで終わるだろうけど」


ダンタリオンが珍しく、司さんをフォローした。

そのつもりはないんだろうが。


「そうだよな、一人で行くってことは誰と何の話するか分からないってことだもんな」

「そんな気さくに話しかけるタイプではないけれど、マスターは面白そうだから、人がいなそうな時間に言っていろいろ聞いてくるのも楽しそうかなとは思う」


本職が学者だなんて言えば、嬉々として話に食いつくであろう。それがどんな専門的な話でも、嫌がらないで聞くところが忍のすごいところでもある。

ついでに、神魔の情報交換がメインの場所なのだとしたら、何の話を仕入れてくるか見当もつかない。


「忍のいらん知識が増えたことで何かが始まってしまうかもしれない。司さん」

「どういう心配の仕方? 秋葉、そんなに言うなら一緒に来る?」

「え…………………………無理」

「無理ってなんだ。せめてはいかいいえで答えるんだ。もう一回聞きましょうか」

「いいえ」


そんなことを言っているオレたちの横で、司さんも割とランダマイザ―な感じの危険性を危惧している模様。


「お前何悩んでんの? 女子二人のうろつきが心配ならお前がついていけばいいだろうが」

「……」


確かにそうだ。

最近色々複雑なことがありすぎて難しく考えすぎてたな、みんなして。

司さんも、これには拍子抜けしそうなほどあっさりと答えが出た様子。


「保護者付きでいいなら」

「一緒に行くの? いいんじゃない。森ちゃんも喜ぶ」


司さん、自分で保護者って言った。護衛じゃなくて保護者って。

……完全に、プライベートモードな選択肢だ。


「最近色々ありすぎて神経質になりすぎていたかもしれない。息抜きのつもりで俺も付き合う程度に考える」

「いや、考えなくても息抜きでいいから。じゃあ一緒に行こう」

「……」

「秋葉、もう一回聞こうか」


今の流れでオレだけ参加していないと、ちょっとハブられているようで哀しい。

その辺は察してくれたらしい。


「秋葉も一緒に行く?」

「行く」


我ながら現金だが、心遣いに泣けそうだ。

神魔の少なめな早い時刻に行ってみることにして、その話は一旦の終了となった。




* * *


アンダーヘブンズバー。

名前からして天使に対する神魔のためにあるようなカクテルバーだ。

場所も路地に入った上に、狭い階段を地下へと降りた先にある。


とはいえ、神魔が現れるより先にこの店はあったそうだから、偶然といえば偶然なんだろう。ネーミングは店主の趣味であるとしても。


店内は、薄暗いが雰囲気は決してほの暗いものではなかった。地下なので外の明るさは無論入らず窓もない。けれど照明は淡く天井に影を作り、どちらかというと静かで落ち着いた感じのいいバーだった。


カウンター席があり早い時間だが、一人だけ座っていた。

その奥にマスターと思しきバーテン服の男性。店に入るとこちらを見たが、どこか品の良い雰囲気になぞらうように「いらっしゃいませ!」などと大きな声をあげるふうでもない。


「こんばんは」


カウンターのそばに近づいて初めて、声をかけられる。落ち着いた声だった。


「って、あれ?」


カウンター席に座っているヒトは見るからに人間ではなかった。蛇の尾をもった屈強な男性の姿をしている。

オレの声を聴いて振り返ったその顔は……


「あ、やっぱりバティムさん」


よく地母神アシェラト様の館に出入りしている七十二柱の、魔界の公爵だった。


「あぁ、君らか。珍しいね、人間のヒトが開店直後に来るのもだけど、こんなところで」

「お知り合いですか」

「うん、外交官の人だよ。神魔にも知り合いが多いのは知ってたけど、こういうところに来るイメージはなかったな」

「あぁ、たまには変わったところに行きたいってこいつが」


振り返る。忍もバティムさんとは面識がある。ハーブ談義に興味を示した結果、仲良くなった神魔だ。

バティムさんは観光滞在でちょこちょこ日本に来ていて、大体アシェラト様の庭の手入れとか趣味でしている。

……今日はさすがに園芸用エプロン姿ではない。


「バティムさんは? 飲みに来ている感じではないですけど」

「今日は、ハーブを卸しに来たんだよ。といっても、別に売りに来たわけじゃないけれど」

「バティム公の手がけるハーブは逸品です。カクテルに使わせていただいています」


……なんか、善意の流通ルートがこんなところに出来上がっている。


「カクテルにもハーブって使うんですか?」

「モヒートなんて代表格ですよ。飾りではなくフレッシュハーブをブレンドしているメニューは数多くあります」


バティム公は魔界きっての愛想のよさも有名だ。オレが聞くとバーテン……おそらくマスターであるその人が教えてくれる。細身の、バーテン服を着替えたらふつうに学者っぽい落ち着き払った姿をしていた。


「すみません、あんまり飲みに出たりしないから詳しくなくて。他にもハーブ使ったのって何があるんですか?」


女子二人がすみませんと言いながら、カウンター席に座らないまでも興味津々身を乗り出して聞いている。


「バーでなくてもよくあるのはモスコミュールやマルガリータですね。ただ、居酒屋やカラオケなどで出しているものは入ってないかもしれません」


へーと、知的好奇心がさっそく満たされ気味な感じだ。


「マッシャーでつぶしたり、そのままシェイカーに入れる作り方がありますからね」

「うん、それはさすがにインスタントで出すようなところじゃないよな、きっと」


納得した。


「四人だけど、人が来るまでカウンターに座っても?」

「どうぞ」


このまま色々話が聞けそうだ。それもすこぶる平和っぽい。

カクテルバーなんておしゃれなところはそうそう来ないので、オレと司さんも普通に楽しめそうだ。

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