2-5 バーテン学者
テーブル席とソファの席があり、店内は広くはないが、うまいことそれなりの人数が入れる配置になっている。深夜過ぎにこれがいっぱいになるんだろう。
早い時間に来て、逆に良かったと思う。
「せっかくだからバティムさんが持ってきてくれたフレッシュハーブを使ったものが飲んでみたいです」
「それは光栄なことだね。苦手なハーブもあるだろうから、先に好みを伝えたらいいよ」
カクテルに詳しくないオレたちはメニュー表を見ながらも、バティムさんとマスターを話し相手に、それぞれカクテルを作ってもらう。
それが出来上がるころに、飲みに来たわけではないバティムさんは笑顔とともに引き上げていった。
……本当に、愛想のいい人だ。
「カクテル図鑑見たことあるけど、ハーブまで書かれてなかったよね」
「カクテルは作り手の加減で味が変わるのも醍醐味ですね。もちろん、見た目も重視ですけど」
コトリと出してくれるそれは、めちゃくちゃきれいだ。
「バティムさんのハーブを使って、とのことでしたのでフルーツハーブカクテルに仕立てました。アドリブで名前もないので特別サービスです」
きれいというか、芸術だ。
ハーブに合わせてカットされたフルーツに、各々に対応した色がグラデーションに沈む透明なカクテル。
見た目の美しさに比例して店の雰囲気もそれなりなのに納得。
さすが居酒屋とは訳が違う。
「キウイとレモングラス……ライムも同系色の色調バランスが取れてて、癒される」
「見た目だけで満足してるな」
「秋葉くんのタイムの置き方もすごくきれいじゃない? 蔦性を活かして、らせん状にグラスにかけたフルーツにかけるとか。……無差別に写真を撮りたくなる気持ちが分かる」
二人とも。見た目の評価の仕方がレベル高いんだが。カクテルは飲むものなんだけども。
「ラムベースですから飲みやすいはずですよ。次からはお好きなものをどうぞ」
どこか不思議な雰囲気の人だが、静かに微笑むとグラスを磨き始める。
その間の雑談はといえば
「モヒートって聞いたことない。マスターさん……名前聞いていいですか」
なぜモヒートの話題でマスターに名前を聞くのか。森さんのことだから単にマスター呼びがし辛いというだけだろう。
「私の名前ですか? マスターでもバーテンでもいいんですよ。元はしがない別職業出ですから」
「研究してるんですよね。学者さんなんですか」
「誰からそれを聞きました?」
手を止めて振り返る。
やはりプライベートなことなのであまり知られたくないのだろうか。
「ダンタリオン公爵です。紹介されたわけじゃないですよ? たまたま以前この店の前で取りもの劇があって……」
ルース・クリーバーズ。獲物認定される。物損を伴う取りもの劇を繰り広げたのはシスターバードックだから、間違ってはいない。
「そういえば大分前に、開店時間くらいに上が騒がしいことがありましたね」
「多分それかと。で、私たちの内の三人が居合わせてて、私が来たいというところから話が始まり」
「ちなみに公爵は何か言っていました?」
やっぱり何かあるんだろう。ダンタリオンが隠したいようなことが。この人も触れまわされたくないことがあるという質問だからそう思う。
ちょっと考えてから首を傾げつつ忍が応える。
「むしろあんまり行かせたくない感じだったかも? 深夜帯は神魔のヒトたちの時間だから、邪魔されたくないみたいな」
間違ってはいない。
「そこから何か怪しいってつっこみまくってたら、マスターの話になってそっちも邪魔にならないように、あんまり人間に店紹介したくないっていう感じに」
「そうですか。元々どこにも情報は流していない『そういう人たち』しか来ない場所でしたからね。今でもみなさんのような『ふつうの方』が来る方が珍しいです」
ちょ、なんかすごくひっかかること言われてる気がするんですけど?
普通の店じゃなかったの?
いや、ダンタリオンの言う通り深入りしなければ普通にステキなバーラウンジだ。
「そういう人って?」
「森さん、そこは無邪気につっこまないでモヒートの名前の由来でも聞いてみませんか」
「そういえばそういう話だったね」
「私の名前も聞かれてましたね。桜塚春樹(さくらづかはるき)です。特に隠していませんので、お好きに呼んでください」
「白上森です」
「戸越忍です」
え、ていうか名前を名乗りあうってこれ一回で済ます気ないの? それとも武士とか侍の決闘的な礼儀なの?
「で、こっちが近江秋葉くんで、こっちが司。私の双子の片割れです」
片割れ。
そういう紹介はされ慣れていないのか、司さんは微妙な面持ちで黙している。
兄と言われるのもなんだか違うから、気恥ずかしそうなものだが、片割れというのはまた更に輪をかけている。
言った本人気にしてないけども。
「近江……ダンタリオン公爵の話が出た時にそうかなとは思いましたが、あなたがそうですか」
「いや、今日オレただ飲みに来ただけなんで。なんか、そういう話は」
「そうですね、私はもうご存じの通り悪魔学が趣味のようなものなので、そういう話も一向に問題ないのですが」
悪魔学?
その手の研究って言ってたけど、悪魔特化なの?
……聞かなかったことにする。
全員がそこはつっこまなかった。
ただ、なんとなく「そうなのか。やっぱりそういうことなのか」みたいな空気は伝わってくる。
「ただの人間があんまり来ると迷惑かなってこの時間にしたんですけど、大丈夫でしたか」
「えぇ。みなさんそちらに携わる方でしょう? なら歓迎です」
これ、客じゃなくて研究用の情報欲しい感じだよな。
情報交換の意味が分かった。
神魔の情報交換ももちろんありだが、主にこのマスターを中心に情報が集まっていそうなのだと。
そしてふと、思い出す。
アスタロトさんの「困ったことがあったら」の意味。……この人に聞いてみろってことだな。純然たる学者という名の情報屋はこの人だ。
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