2-6 カクテル各種
「ただ、深夜帯が本格稼働ですから、その時間になると私もこんなふうにゆっくりしゃべってはいられません」
「じゃあやっぱりこの時間で良かったね」
と、まだ閑散とした店内を改めて見まわす。
「それで、モヒートの名前の由来をご所望でしたか?」
「そうですね、カクテルって名前の由来が素敵だったりかっこよかったりするじゃないですか。モヒートもきっと何かあるんだろうなって」
「えぇ、あります。けど……」
なぜか少し上がっていたテンションを落として再び静かな表情に戻る。そして浮かべる微笑み。
「モヒートは一般の人が聞いたら引きそうな語源ですよ?」
「……なんですか、不吉系ですか、怖い系ですか」
そんなカクテルあるのかと聞いてみる。
モヒートは基本、ライムとミントを合わせるらしい。原産のキューバでは少し違うともいうが、問題の語源については……
「諸説ありますが、ブードゥー教で魔法、呪術を意味する言葉が変化したそうです」
悪魔学っぽい!!!
「ブードゥー教ってよくわからないんだけど呪いの人形のイメージしかない」
「とんでもない。勘違いですよ。むしろ経典もなく精霊信仰(ドルイド)の教えに近いことから、日本古来の民間信仰に似ているくらいです」
「……」
忍と森さんが、感心する一方。
これは余計なことは言わない方がいいな、という顔をしている。
「というか、なんか、すごい起源ですね。なんで呪術?」
「酩酊状態になるのが魔法のようなものだったのかもしれませんね」
そうか。飲みすぎるとある意味トランス状態になるもんな。なんか、シャーマンとか言われる人たちがよくやってそうな感じがする。ただのイメージだけど。
「じゃあ二杯目ー 名前の意味で選びたいな」
どんな選び方ですか。
「種類あるから適当に言ってもありそうだよね。じゃあ私は名前だけで選ぶ。司くん、シルバー・ストリークっていうの飲んで」
「なんで俺なんだ?」
「自分のキャラじゃない名前だけど、かっこいいから頼んでみたいみたいな感じじゃないですか」
「それ私もみたい」
せっかくだから普段飲めないようなものを頼みたい気分はわかる。
司さんも詳しくないので、そこは折れた。
そして、少しして司さんの前にはグラスが置かれた。
「……ショートなんだが」
「え、グラスによって何か違うんですか」
一番小さい、いかにもカクテルグラスという感じだ。
大抵の居酒屋は、同じ形のグラスでしか出てこない。
「グラスが小さくなるほど、度数が高い法則」
「そうなの!? ……これ、何度くらいなんですか」
オレはマスターの桜塚さんに聞いた。
「シルバー・ストリークは56種のハ―ブやスパイスが原料のイエーガーマイスターとジンベースで作られています。約30くらいでしょうか」
焼酎生状態。
オレ、見た目だけで選びそうだった。やばいとこだった……
「司、味は?」
「なんで自分で頼まないんだ。……なんかすっきりしてるんだけど、微妙に甘いというかなんといったらいいのかよくわからない」
56種類もハーブ入ってたらそりゃ一言では表現できない味だろう。
「桜塚さん、カクテル言葉は?」
「他者とは異なった世界観、ですね。女性の前でキマる一杯ですよ」
「いや、その言葉、選んだ奴にくれてやってください。俺が選んだんじゃないです」
そうですね、選んだ人間とその言葉のマッチングは偶然とは思えないですね。
「私、ショートは無理だからメニューから選ぶ。『エル・ディアブロ』で」
「何を狙ってるんだ。あからさま悪魔の名前がついてるじゃないか」
「そうなんですか? 司さん、良く知ってますね」
「俺の知識じゃない。森の方だ」
どういう経路かで渡った知識が無駄に活きている。
「秋葉もよくわからないなら選んであげるよ。森ちゃんが」
「ライジング・サン」
「それって昔ゲームの武器で出てきて、雷神愚賛(らいじんぐさん)だと思ってた」
「何その四文字熟語」
「世界史で愚神礼讃(ぐしんらいさん)が出てきたイメージでかと思われる。ちょっと似てない?」
似てるけどな。横文字で書いたらすぐわかるんだけどな。
「太陽が昇る系のイメージ」
「みなさん、冒険しますね」
もうこのメンバーで来たこと自体、予想してしかるべきだったよ。
オレの前に出てきたのは……
「ショートグラスだよ、かっこいいけど、オレ向きじゃないよ」
「きれいだね。グラスの縁がソルティドックみたいになってるけど、雪とか朝もやとか何かかな」
「よくわかりますね。スノースタイルのグラスでマラスキーノ・チェリーが日の出を表現しています」
すごいな。カクテルってみんな意味あるんだ。奥が深い。大人の世界だ。
「……すまん、苦い。薬草系だ」
「量は少ないからがんばれ」
「その分、凝縮されてるんだろ。しかも強いんだけどこれ、ベースは」
「テキーラです」
オレ、今日歩いて帰れるだろうか。
「XYZ……なんかどっかで見たことがある」
「あぁ、むかしの有名なマンガな」
「実在していたんだ。カミカゼもいいな。名前」
「桜塚さん、それって度数」
「ウォッカベース35度です」
もっと平和な度数の選んでくれ。
名前だけで選ぶと恐ろしいことになりそうなのはわかったから。
「じゃあ私、サムライで行く。意味は言わずもがなっぽいし」
「本当に勇気ありますね。有名どころを外した時点でもはや闇鍋状態ですよ」
「せっかくだし。忍ちゃんは結局何にするの?」
「うーん、あんまり度数が高くて苦いのは苦手なので……じゃあリキュールベースのロングでお願いします」
「あ、こいつ。オーダーメイドしやがった」
「大丈夫ですよ。まだ客が増えるまで時間もありますし、次は皆さんもどうぞ」
ぜひそうしよう。これ、いつ飲み終われるのかわからないけど。
少しずつ味わうというと聞こえはいいが、強すぎるのでちびちびいくしかない。
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