2-7 バーテンスキルは最高レベル

「お好きなリキュールはありますか」

「あるけどそれをやると無難な物になってしまうので……あとはイメージでお任せします」


なんのだよ。

しかしそこはプロ(いや、学者じゃなかったの?)

忍の前に、やがてロングショットのグラスが置かれた。

なんとなく、オレンジっぽい、ピンク。


「……どうしよう、今までの人生でもっとも縁がなかった色が出てきた」

「お前、見た目女子だからな。初見は女子なんだ」

「秋葉くん、何言ってんの。忍ちゃん味は?」

「めちゃくちゃおいしい」


いろんな意味でミラクルが起きた感じだ。

世界に一つしかないので、珍しくみんなで忍スペシャルとかいじりながら、一口ずつ試させてもらう。

もちろん、ストローを使ったことは言うまでもない。


「「「……すごく、おいしい」」」


闇鍋で頼んだ美しいカクテルの残り三人の感想は異口同音だった。


「やっぱり無難な感じに落ち着くのか―」

「見た目を堪能するのが楽しみ方でしょう。ショートとか、ゆっくり飲むものだし」

「大体、忍はディアブロを頼んだんじゃなかったんじゃないのか。一人で安全重視は不公平だぞ」


珍しく司さんから、不満の声が出ている。


「じゃあ次、それいくよ。飲み口いいからこれすぐ終わると思うし」

「ジュースかよ」

「ロングはそんな感じだよね」


そしてエル・ディアブロが出てきた。

うん、ロングだけどなんか沈んだカシスっぽい赤が血の色みたいに見える。


「きれいだね。これってやっぱり色がそれらしいからこの名前なんですか?」

「それもありますけど、飲み口がよくて度数も低く、つい何度も頼んでしまう様が、まるで悪魔に取り憑かれたようだからという説もありますよ」

「つまり美味しいってことじゃないか。お前ずるい!」

「自分で選んだ闇鍋だ。次は秋葉も自分に合わせて作ってもらえばいいでしょ」

「……俺の闇鍋はお前が選んだ」

「決まるカクテルだから、いいんじゃない? 司、かっこいいよ」

「……」


すっごい微妙そうな顔をしている。名前もかっこいいし味もわるくないようなので、それ以上は何もないだろう。

それよりオレの薬草系カクテル、なんとかしてくれ。


「みなさん面白いですね。カクテルを闇鍋扱いとは」

「すみません、決して愚弄しているわけでは」

「愚弄って言葉がなんか愚弄してるみたいで微妙だよ。他に言い方」

「大丈夫です。ご存じの通り本業が学者でこちらは資金稼ぎ。……もっとも今は、神魔の集まる重要な本業の場と言っても過言ではないですが」


そうか、副業兼、本業の実益になってるんだな。いいことだ。


「酔っ払いとか平気ですか?」

「ここに来るみなさんは、それなりに高貴な方が多いのであまり心配したことがないですね」

「……そういえばダンタリオンが来てるんですよね。あいつここ知ってたし」

「閣下は常連です」


いつまでもここにいていいのだろうか。時計を見る。全員が二杯目に突入し終わった頃合いで、ぽつりぽつりとおひとり様が集まり始めていた。


「カウンター埋めてるとおひとり様が静かにできないから、向こうに行こうか」


森さんの気遣いでテーブルに移る。といっても何杯も飲むものじゃないから、これでみんな打ち止めだろう。

なんだかんだいって、けっこう楽しかった。


「私聞きたいことあるから、少しカウンターにいるね」


忍だけ一旦テーブルについた後、カウンターへ戻っていく。


「忍ちゃんは一回気になることがあると確かめたいタイプだよね」

「お前と同じだな」


時間が遅くなってきて、心配してくれたのか不知火が入ってきた。

元々ここは神魔の集う店なので、誰も気にしない。


しばらくして、忍が戻ってきた。

手には何本か小瓶を持っている。


「ただいま。なかなか面白かったよ」

「その瓶なに? ……何か普通じゃないものじゃないだろうな」


場所的にあり得る。しかも学者という名のマスターからもらった(?)であろうもの。

誰もが多かれ少なかれ気にかけた。


「普通じゃないよ。さすが研究者。前はフィールドワークもしてたらしく、なんか怪しいものどっさりコレクションしてる気配が」

「いや、だからそれ何だよ。コレクションは個人の趣味だからいいとして、なんでお前がその一部をもらってくるんだよ」

「なんか役立つかなぁと思って」


……結果的に、何なのかはまったく答えになっていない。

しかしこういう時は、意図的にはずしているので多分、聞いても巧みにかわされるだろう。

オレは追及することをやめる。知っても別にいいことはない。多分。


「コレクションとか面白そうだね」

「森……今日は客も増えてきたし、また今度にしろ」

「今度また来てもいいの?」

「……」


強い酒が入ったせいか、失言した模様。

失言しようがすまいが、結果は変わらなそうだけど。


「不知火にはさすがにあげるものがないなぁ。みんな飲み終わってるみたいだし、そろそろ出る?」

「カクテルは腹に入ったけど、オレ、何か固形物を入れたい」

「通りに出れば適当に食べられる場所がある」


そんなわけで、二次会よろしくオレたちはその……言ってしまえば「うさんくさい」バーを後にする。


「桜塚さん、また来ていいですか」

「どうぞ。私にも神魔の話を聞かせてください」


ふつうの客にそんな対応をすることはないのは目に見えている。

オレたちがいきなりバティムさんと知り合いで、そちらの方に強い所縁を持っているからこうなっただけで、実際、普通の人が来てもうさんくさくもなんともないんだろう。


「副業だから、あぁいう話って本当はあんまりしないんだろうね」


同じことはみんな感じていたようだ。


「本業モードを相当引き出してしまったからな。……ただ客として来るなら、普通にいい店だと思うから今度来るときも声をかけてくれ」


それ、保護者というかお目付け役の方の意味ですよね。

保護する必要はなさそうだが、ダンタリオンが言ったように忍が何か怪しい(?)ものをもらった時点で、一人二人で来られたらいらんこと覚えてくる予感しかしない。


「秋葉は?」

「闇鍋メニュー選択をしないなら、来る」


神魔関係なしにきちんとした物を出してくれる店だと思う。

だからこそ、高位の神魔が来るという理由もわからないでもなかった。


……なんでオカルト系のマイナージャンルの学者が、バーテンスキルがあんなに高いのかは謎のまま。

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