EX.ちょっと一休みの短編集

悪魔たちの遊戯+1(1)

「運動不足な感じがする」


唐突にそう呟いたのは、アスタロトさんだった。

いつもなら、ダンタリオンの屋敷に仕事で来たときに居合わせたりすると、さりげに席を外すアスタロトさんは、今日は全員特にすることがなかったため、同席していた。


いや、仕事なんだけど。

最近は、ダンタリオンの奴も俄かに忙しいことがあるので「何かある」時より「何もない時に呼び出して口実作って休む」みたいにオレたちを使っている気がする。


「……どうしたんですか、突然」

「というか、悪魔って運動不足とかそういう概念があるんですか」


もっともなことを忍が聞いている。

今までの感じからして、ダンタリオンを見ていると「暴れ足りない」みたいな感じはあっても「運動不足だとなまります」というのは全く想像がつかなかった。


「正しく言うと、ボクは基本、人間を模して動いているから、飽きてきたというか」


どこらへんに飽きたのか。

確かにアスタロトさんは普通に人間に紛れて街歩きをしているタイプなので、よほど有事でもない限り、特殊部隊やダンタリオンのような動き方はしない。


「言っとくけどオレはお前の遊びには付き合わないからな。ろくなことがない」

「別に君に遊んでくれとは言ってないだろう。どうせ相手にならないんだから、面白くないと思うことはしないよ」

「んだと!?」


煽られてるよ。それともただの本音なのかアスタロトさんはそれ以上そちらの会話を続けはしなかった。


「遊び……確かにこんなに天気のいい日は、急に身体を動かしてみたくなったりすることもありますよね」

「うん、たぶんそういう感覚かな。今日は室内で読書とか言う気分ではなく、かといって出かけたい気分でもなく」

「もったいないといえばもったいない天気ですよね」

「だから何かしたいっていうなら、ツカサにでも遊んでもらえ」

「!」


突然に。ダンタリオンが司さんを生贄に差し出した。

生贄というのはダンタリオンから見た言葉であり、オレたちからすると全く正しくはないのだが……


「そうか、司は強化を受けているから確かにちょうどいい相手かもしれない」


まさかのアスタロトさん VS 司さんの構図が浮上してしまった予感。


「いや、相手って何をするんですか? 遊びで運動不足解消?」

「手合わせ、と言ったら君も喜んで受けてくれるだろう?」


まぁそれなら訓練の一環になるし、司さんにとって何もマイナスにはならない。

アスタロトさんは大体戦闘が起こっても傍観タイプだが、何度か見た戦闘方法はダンタリオンと違って魔法ではなく体術に近い感じだ。


普通に、手合わせになる。

それなら、と顔を上げかけた司さん。しかしそこでは終わらなかった。


「でもそれじゃあ面白くないから、ゲームをしよう」

「そのゲームだと、私や秋葉が参加できないんですけど」

「お前、参加する気なの!? こいつとアスタロトさんと司さんが対象の時点でどう頑張っても参加は無理だろ」


それ以前に何をするのかも決まってないわけであるが。


「こいつってなんだ、オレは参加しないと言っている」

「別にいいよ。そうやってどんどん自己鍛錬を怠って、どっぷり平和な生活で運動不足に陥って、やがて下剋上の対象になってもボクは知らないし」

「ふざけんな。実力重視の魔界でそんなことしてくるやつがいたらぶちのめすにきまってるだろう」

「勘を失った君が、果たして悪魔を返り討ちできるのかが疑問だ」


……魔界って怖い。隙あらばそんなのが来るのか。本当に実力主義なんだな。


「大体運動不足なんてオレたちがそんな簡単になるわけないだろ。お前の方が全く戦闘に加わってもいないくせに何言ってんだ。参加してやるからさっさとルールを提示しろ」


魔界の智謀戦では、完全にアスタロトさんに軍配が上がるだろうことをオレはいま、この目で確信した。


「まだ何も決めてないんだけど」


そうですね、全然話は進んでません。


「忍も参加したいんだよね?」

「ゲームでアクティビティで、オーソドックスな感じだとかくれんぼとかおにごっことか」

「隠れるのはアクティビティじゃない。むしろ見つからなかったら何時間も動けないフラグだろ」


また小学生レベルの遊びを引っ張り出してくる忍。


「かくれんぼ舐めんな。そんな引きこもりしてたって面白くない。鬼の動向を探りつつみつからないように絶えず移動するのが真のかくれんぼだ」

「いや、それもうかくれんぼじゃないから。他のゲームだから。缶蹴りとかそっち系だから」

「缶蹴りか~それも楽しそうだね」


余計なことを言ってしまった。どっちにしてもこのメンバーじゃオレとお前には無理だよ。

あと、蹴とばされた缶が遥か遠方の知らない人にぶち当たったりしたら、死ぬかもしれないからやめてください。


「悪くはない提案だ。二人も参加できるゲームを思いついたよ」

「すみません、オレここで留守番してます」

「じゃあこれで行こう。忍は適当に移動したり気分で動いてくれていい。ボクたちは時間制限を設けて、最終的に忍を持っていた者を勝者とする」


いや、いま「持つ」って言いましたよね。

参加って言うか、それつまり忍は争奪モードのボールみたいな感じの扱いですよね。


「なるほど、互いに牽制しあいながらシノブを奪って、逃げ切ればいいんだな?」


誰が最初にボール持つか知らないけど、バスケットみたいな感じにもなって来た。

シュート先はないから大丈夫だろうけども。


「行動範囲はあまり広すぎてもつまらないから、屋敷内及び外に出る場合は建物から5mの範囲とする。アクシデントでそれ以上出た場合は30秒以内に戻ること」


何のアクシデントですか。

というか、司さん、参加するんですか。


見るともうげんなりした顔色をしている。参加は決定で話は進んでいるがもはやこれは「手合わせ」ではない。


……ただのゲームだ。


「とりあえず、こんなところかな?」

「いいんじゃないか」


何も良くない。


「忍はこれで参加できると思うんだけど、どうだろう」

「いいですよ」


何がいいのかわからない。


「忍を連れた者を追うという意味ではおいかけっこなわけだけど……司?」

「わかりました」


一旦了承する気配を見せてしまったから話も進んでしまったわけで。司さんは潔く了承する。本当に潔い。


「じゃ、これ持って」

「?」

「通信機みたいなものだから。秋葉のとこにも置いておくよ」

「あ、はい。……司さん」


それはブローチ大の飾りのついた宝石のようだった。それを手に取ってオレ。


「頑張ってください」

「オレも応援しろ、秋葉」

「頑張れの意味が違うんだよ。お前は頑張らなくても余計なことする子だから、応援しない」

「余計なことする子ってなんだ! 悪魔をなんて扱いしやがる」


余計な発言が始まったのをよそに、じゃ、始めようかとアスタロトさんと司さんはドアの方に向かう忍を見送る。


「5分経ったら動くから。それまで好きなところに行ってていいよ」

「はい、行ってきまーす」


珍しく嬉々とした顔で忍は先に部屋を出て行った。

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