南の自衛隊一日入隊体験(5)ー@課業

「とにかく時間に追われるので、3歩以上動く時は駆け足を心がけるように」


軍隊だろ、これ。自衛隊って言うかアーミーだろ。要される体力規律は同じなんだろうけども!


「5分前行動は鉄則だが、5分前の5分前行動が実際なので忘れないように。以上」


なんのための「5分前行動」だ。


「わかる。5分前って言われたら5分前じゃ遅い法則」

「お前もう顔洗ったの? もう出勤してたの?ってくらいいつも通りなんだけど」

「時間を守るのは得意だ」


そうだな、ルールは場合によっては破るけどな。しかしここは破るととんでもないことになることはわかったので、みんな大人しくしている。

今日が「体験」の本番だろうことはもう誰もが理解していた。



「朝から筋トレとか~」

「しかし訓練期はオレ達もこれが普通だった」

「懐かしいけど、この辺りは序の口だからまだ思い出したくない類でもない」


特殊部隊の人たちは各々、うんざりしそうな外交と情報部の人間をなだめて(?)いる。


「色々とカットされているから実際は駆け足するほど忙しくないとは思うが……」

「オレ、整列するのすごい焦りましたよ。みんなギリギリだったでしょう」

「起きてこない人たちの処遇が気になる」


また罰を受けて、悪循環フラグが立っているのはわかる。


「あー、早いな。お前ら」

「公爵。おはようございます」

「お前が差し入れとかするからいらん犠牲者が大量に出たぞ」


というか、自室で飲んだりしてただろ。しゃきっとはしていない。むしろしゃきっとしているところを最近、見てない気すらしてくるが。


「ダンタリオン公爵、お目覚めですか」

「あぁ。筋トレ組と合流……」

「整列しなかったので、腕立て伏せを100回お願いします」


……。


丁寧な口調だが、罰を与えられた。

集う視線。


「オレがやるのか?」

「体験参加希望ということで。示しが付きませんのでお願いします」


ぶふっ、とつい遅れて吹いてしまうオレ。

教官は鉄面皮みたいな何も表情のない顔で毅然と言い放っている。これ、押しても引かないやつだぞ。


「公爵。100回くらいどうってことないでしょう? 清々しくこなしたらかっこいいですよ」

「まぁな。100回なんて片手でも余裕だ」

「そんなわけで10倍にしてもらっても大丈夫だそうです」

「では千回で」


忍が焚きつけている。

千回でも問題ないだろうがかかる時間は決まっているので、そしてダンタリオンは見本を見せるべくひたすら腕立て伏せをすることになる。


眺めることで自分の体にかかる負荷からの気晴らしにはなる。


「次、朝食だっけ?」

「待て。千回って時間食うだけでつまらないんだぞ。そろそろオレを解放しろ」

「いや、さすが公爵閣下。体験入隊でそこまでできる姿を見られるとは」


南さんの割と本気の一言で。ダンタリオンは黙って千回をこなすことになる。

これがほめ殺しというやつなのだろうか。本当に褒めてるから何も言えないんだろうが。


「特殊部隊の人たちもできると思う」

「余計なことを言わないでくれ。俺たちも今日は同列でただの参加者なんだぞ」


時間ばかり食うことをしても面白くもないので、そこは汲む。


朝食は普通に食べられた。筋トレと言っても本気でやりたい奴はやって、あとは施設見学、みたいな要素にしてくれたらしい。そこはなんとなくマシンに触れたりしているだけで怒られたりはしなかった。


しかし、時間はあっという間で気づけば午前の課業が始まろうとしている。


「教育隊の課業とは学校の授業のようなもので、方式は全く一緒です。逆に日本の教育は軍隊式とよく言われますね。中学生に戻った気分になれると思います」


先ほどとは違う教官が、今度は丁寧な口調で食事をとる時間に説明をしてくれた。

そうなのか。日本の授業って、軍隊由来だったのか。

戦後とかのことを考えるとなんとなく、分かる気はする。


「中学生か~あんまり覚えてないけど、なんか懐かしいな」

「高校じゃなくて中学生っていうのはやっぱり義務教育っぽいってこと?」

「どうだろう」


なんてちょっとみんな懐古的になりながら微笑ましく、課業とやらに向かう。

内容は勉強と体育が半々だという。

人数が多いのでクラス分けよろしく班分けされて臨むが、本当に中学生のようだった。テキストを用いた勉強。

当然に、昨晩の騒ぎもあったり、普通に飽きたり、寝てしまうやつが出てくる。


「……そこの君、外行っていいっていうまで走って来て」


体罰!


学校でもむかしはありがちな話だったかもしれないが、今ではたぶん文字通り体罰とか授業を受ける権利が云々とか言われそうだ。

が、心身ともに鍛える場にある自衛官にとって、これは罰というより規律を学びかつ体力をつけるという合理的な流れ……


「中学生じゃないんだから、仕事のために仕事の時間を使って学んでいるんだ。次から寝た人間は重りを背負って走ってもらう。忘れないように」


全員の顔から血の気が引いた。

例によって実際は全員ではないわけだが、もうそういう人たちはカウント外だ。


「はい、君。無期限でこれ持って走って来て」

「んあ? はい、行ってきまー……」


御岳さん……逆に走る方が楽なんだな。座りっぱなしで興味ない座学延々と聞くより。

晒しが出たばかりだというのに、寝ていた御岳さんは当然に罰を受けるが、それはおそらくあの人にとっては大して痛くも痒くもないことだ。


だからといって、恥さらしな行為であるのでほかの特殊部隊の人たちは、他人のふりをしてきちんと座学に臨んでいる。


「どこが中学校!? あんな中学校あったら軍隊だよ!」

「軍隊教育って言ってたのがわかった」

「確かに内容は中学校だ。けど決定的に違う」


そのたったひとつの決定的な違い、それは


先生がまったく優しくない。

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