南の自衛隊一日入隊体験(6)ー@体育
生徒に舐められるような先生でもない。舐めようものなら十倍どころか百倍になって返ってきそうなので言うことを聞くしかないような先生たちだ。
ここに入るだけでどれだけ鍛えられるのかがもう、身にしみてわかった。
「次は体育です。せっかくなのでリレーでもやりますか」
「リレーかぁ、オレけっこう得意だった!」
「リレーなら短距離だし、行けるかなぁ」
「足もつれそうだよな」
「お年寄りかお前は」
誰もが運動会の花形、リレーの賑わいを思い出し、ちょっとほっこりする。走ることが苦手な人間も、得意な人間にバトンを渡すことで参加できる、そしていろんな人がいるからこそ盛り上がる種目でもある。
「じゃあ砂袋の入ったリュックがバトン替わりで、抜かされた人は順次腕立てを10回ずつ増やしていきます」
「……」
一瞬にして、地の底まで盛り下がった。
「体育って言うかスパルタな部活!」
「私帰宅部希望なんだよね。50m走くらいならともかくウェイト系の競技はちょっと……」
「競技じゃないよ、忍、お前の中ではまだその程度の認識なの?」
「砂袋はあくまで体験だから、とても軽くしてある。大丈夫だ」
しかし、南さんが豪快に笑いながらお通夜モードを吹き飛ばしてくれた。
「10㎏くらいか?」
「5㎏です」
重いよ!!!!
「オス猫一匹背負ってると思えばまぁ……」
「お前はどうして猫で重さ換算するの? 全然わからないんだけど」
「東京ドーム何杯分とかよりよっぽど分かりやすいと思う」
うん、まぁな。猫くらいは誰でも抱いたことありそうだもんな。
「南、こいつら普段ビルん中で仕事してるもやしっ子だぞ? 重りはやめといてやれ」
「公爵……!!」
昨日の犠牲者たちも、諸悪の根源がこいつであったことには気づいておらず、救世主を見るまなざしで手を組んで敬いのポーズをしている。
「南さん、10㎏は南さんには軽いかもしれないけど、純粋にリレーがしたいです」
「忍、それただのお前の本音」
しかし、誰もが同意する危機回避の一言でもある。
「本気で? リレーをしたい?」
「というか、成り立つんですか、このメンバーで」
見回す。現在の班編成は男女分けされたまま。散らされている特殊部隊の人達はともかく、いろんな意味で成り立たない。
「本気でしたいなら各自の力量を計った上で組みなおしを……」
あ、この教官。インテリタイプだ。なんか昨日から上腕二頭筋やら体力モリモリなイメージあったけど、こういう人もいるんだな。
そりゃ人間だから人それぞれだろうけど。
などと思ったが
「本須賀、お前相変わらず頭が少し固いなぁ」
一瞬出た名前にびくっとするが、教官の名前らしい。元部下か何かだったのか、南さんはバンバンと背中を気安くたたいて、笑っている。
「時間もないし、くじ引きでいいだろ」
一番戦力差激しくなる方法が取られた。
「誰が早いかなんてわからないし、いいんじゃないか?」
「なんか、こういうところはふつうに学校みたいだな」
ちょっと緩む一同。しかし、その後はガチのリレー戦が待っていた。
「負けたチームはグラウンド10周」
罰ゲームもガチとかやめてくれ。
「よし、勝ったチームにはオレがアイスでも奢ろう」
「南さんみたいな先生いた」
「あぁ、あれやられると中学生くらいだと本気になるんだよな」
何事にも飴と鞭なのか。
しかし、そのアイスという選択がまた中学生気分を煽ってくれて、意外と盛り上がり始める面々。ふつうに緊張から喉が渇いているともいう。
アンカーの花形はもちろん、特殊部隊の人々だ。これはオレも普通に観戦したい。
「どういう嗜好に曲がったんだ」
「俺はスターターをやるからな。白上、すまないがアンカー地点の人員整理を頼む」
「……」
司さんが、めんどくさいこと頼まれている模様。
オレはアンカーではないが、アンカーと同じ出発ポイントなので、一緒に移動をする。
そして、司さんの仕切りっぷりを見た。
「いい大人なんだから自分のことは自分で管理しろ。ただし、フライングや不正行為は、教官に報告の上、厳罰に処してもらう」
全員に緊張が走った。
元々自分のことは自分でできるはずの人たちだから、妥当だろう。
というか、たかがリレーでこの緊張感。
「教官、質問です!」
「俺は教官じゃない」
「妨害工作は不正行為に当たりますか」
この全く聞いていない感は見なくてもわかりそうなものだが、御岳さんだ。
妨害工作。それはふつう、ルール違反以外の何物でもない。
「……どう思う?」
何故か司さんがアンカーの人たちに聞いた。
「不正行為に当たらない、なら挙手」
なぜか全員が手を挙げた。
「あっ、何それ。あらかじめ封じておけばある程度ぶっちぎりになると思ってたのに……!」
「アンカーは特殊部隊のみだから、勝手にルール決めても問題ないだろ。というわけで、各自判断」
今の展開だと不正行為に近いことをされそうなので、自衛手段を持つためにみんな挙手した、という感じだろうか。御岳さんの性格が見事に読まれている。
そして容認の元、やっぱり各自の判断に委ねられた。
ズガァァァァン!!
そう言ってる間に、スターターの南さんの持つ銃口が火を噴き……
「って、ホンモノの銃使ったぁぁぁ!!!」
「さすが自衛隊」
「いや、雷管のピストルくらいあるはずだよね!? なんで実銃!」
耳をふさぎそびれた第一走者が走る前からもんどりうっている。
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