南の自衛隊一日入隊体験(7)ー@リレー大会

「……早くも差が出ている」

「リレーってこういうものだっけ?」

「いろいろあるのが面白いんだよなー」


遠くてよかった……それにしても南さん意外と天然というか豪快だよな。豪快なのは意外でもなんでもないけど。

再起不能になってしまった鈍足な事務員の代わりに、迷彩服の現役自衛隊員が走り出した。


「早い!!」

「さすが現役!」


これはこれでサプライズゲストというか、いきなりサプライズすぎだろうと思うが、盛り上がっている。

って。


「なんでお前がここいんの?」

「アンカー数が足りないからアンカーな」

「司さん、妨害工作ありなんですよね」

「オレはそんなにせこい真似はしないぞ!」


とダンタリオン。違う、そういう意味じゃない。そっちも気を付けるべきだが


「様子を見てな」


場合によっては司さんが実力行使に出るだろう。


「あんまり一人勝ちされてもつまらないし、普通に走れよ」

「お前のチームのアンカーなのに、負けたら罰ゲームはどうするんだ」


何―――――!!!?

究極の選択が来てしまった。

有事の際、司さんにダンタリオンを制してもらうか、罰ゲームを避けるために、こいつのすることをすべてただ見守るか。



……。



最下位じゃなければいいだけの話なので、二択でもない。放っておく。


「来たぞ、第4走者!」

「えっもうそんな!?」


50メートルは短い。ちなみにアンカーだけ体力と見せ場を考案し、一周という仕様になっている。


「あ、第5走者んとこ、忍だ」

「割と本気モードだな」

「なんでわかるんだよ」

「忍だけちゃんと俗称バトンゾーンを下がっている」


バトンゾーン、それは走者の並ぶ地点をゼロとしたら前後それぞれに設けられた数メートルのエリアである。ちゃんと白線が引かれていて、その中でならどこでも受け渡していいはずだが……


「下がると何かあんの? ていうか、俗称って何」

「お前、義務教育で教わってると思うんだけどな? 正式名称はテイクオーバーゾーン。バトン受け渡し可能なゾーンだけど前の走者より足の速いやつは下がって受け取る、遅いやつは前の方で受け取るのが正解だな。ちなみに等間隔でラインが引かれてんのは古い競技場だから気をつけろ」

「気を付けるほど陸上やんねーよ。ってかなんでそうお前は無駄知識で満ち溢れてるんだよ」


それはダンタリオンがこんなでも「知識を与える悪魔」つまり今風に言えば情報系だからだろう。だからって、日本のいつ改正されたかもわからない陸上競技事情について知っているのはもはや理解不能の域だ。


「ここの競技場は古い」

「どうでもいいから」


さすが身軽さを得手とするオフィスワーカーだ。「遊びは本気」もあいまって、同じ走者の男子職員を刺しにかかっている。……距離が足りないから抜かせないけども。


「あー久しぶりに全力疾走した!」

「何清々しそうな顔してんの? もうちょっと息を乱すとか倒れるとかしたら? 社会人として」


デスクに向かう系の社会人は慢性的に運動不足だ。


「倍あったら抜かせたな」

「倍あったら持久力が枯渇するからあと30mくらいでいい」


ないよ、80m走とか。めちゃくちゃ中途半端だろ。


「うむ。しーちゃんはなかなかいい脚をしている。素直な走りだ」

「素直な走りって何だよ……ってなんで宮古……さんがここに!?」


取ってつけたオレの敬称は気にせず、相変わらず真顔で、いつの間にか隣にいた宮古進は振り返る。むしろ周り……特殊部隊の面々が「何ぃ!?」みたいな感じでざわついている。あ、アンカー全員たぶん、ゼロ世代だ。


「監察の仕事が長引いてしまってな。ようやく合流できたと思ったら、この時間だ。アンカーが足りていないようなので配された」


こいつ、体験参加希望してたのか……!

そうと知っていたら……! みたいな声が聞こえてくるが、お前、友だちホントにいないのな。


「宮古さん、準備運動は?」

「走ってきたから問題ない」


どこからだよ、23区内からか? 特殊部隊じゃないけど特例で強化受けてるみたいだからな、こいつ。リレーくらいなら同列に扱ってもいいという南さんの寛大な処置だろう。


というか、南さん、ゼロ世代のここら辺の人間関係、知ってます?


「秋葉ー、次」

「あ、すぐ行く」


オレは残念ながらというべきか幸いというべきか、走者の番が回って来る。


全力疾走。からの息切れ。


「く、苦しい……」

「大人になると全力疾走自体ないもんな」

「ないない。グランドで走るとかも下手したら一生なさそうだったわー」


同期がみんな同じように苦しんでいる。よし、オレは正常だ。


100人近い参加者なので、8チームに分けて足りないところに現役自衛官が入っている。つまり12人編成だ。わーわー言っている間にアンカーまでバトンが回った。

歓声が一層高くなる。


「司さんのチームも浅井さんのチームもけっこう後ろだなー」

「秋葉、知り合いだっけ?」

「うん、あの二人は早いと思うから一周あればけっこう見せ場があるんじゃないか?」


橘さんが真っ先にスタートを切った。


「ちぇすとーーー!!!」


いきなり並びにいた御岳さんが、コース外にあった予備のバトンを投げつける。


「ちょ、妨害って言うか暴力!」

「さすが特殊部隊……すげー勢いだな。俺たち当たったら死んでる」


もちろん橘さんは想定内であったようですんなり躱した。一番手は「妨害されるしかない」立場だ。

2番、3番が僅差で続く。


「なんでオレのチームこんなに遅いんだ? 一周じゃ足りないだろ。南さーん! 3周にして!!」


割とスタート地点から近かったのと、もうお役御免で見物していた南さんがその申し出に気付いた。


「俺も同意だな。南! フェアに行かせろ!!」


リレーってアンカーだけじゃなくてみんなで競う競技なんだぞ、何がフェアなんだこの悪魔。

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