キミカズとプレゼント(2)ー昭和天皇納豆事件
「パイモンさん、本はどうかな。陛下は芸術や学術に秀でていそうだし、今この国でしか手に入らないような本とか、興味なさそうですか」
街に出てきたせいか、忍の口調もだいぶくだけてきている。ケースバイケースなのであろうが、違和感はない。
「……そうか……そのような細かいところまで見ていなかった」
「具体的には?」
「鳥獣戯画とか」
お前、それ冗談だよな。魔界の皇帝が鳥獣戯画眺めてたらちょっと笑える構図にしかならないからな?
確かに日本を代表する古画かもしれないけど、普通に本屋に売ってないから。
「秋葉」
「何?」
「つっこんでくれないかな」
「……やっぱり突っ込み待ちか」
自分でもおかしいと思ったらしい。シャレはともかくセンス的に。
「確かにそれじゃ古すぎだけど、だったら普通に写真集もいいんじゃないか?」
「キミカズにしては普通だなー」
「普通じゃない感じなの? オレのセンス」
しかし、パイモンさんは
「……」
表情から、イエスノーが伺えない。
「日本のきれいな風景や着物の本とか、異文化凝縮情報な上に、城にあっても景観は崩れないと思います」
「そこ大事な」
確かに本なら、書棚に入れるかしまえば魔王城にも不協和音は生じまい。
「パイモンさん?」
「いや、やはり一人だと手に取りづらいものが、あるいは手に取ろうとすらしなかったものが、情報をもらうと目に入りやすくなるものだなと思っただけだ」
と、書店に入って種々の本を眺めて回るパイモンさん。
その手には、古都京都の写真集がめくられている。
「そういえば、パイモンさんの好みってどういうものなんですか?」
「私か? 私はあらゆる芸術、科学、といったところだな。趣味というか能力だが」
「じゃあ本は眺める程度に楽しめるものを選んでみたらどうですか」
「そうだな、オレらよりいい本選べそうだもんな」
そもそも悪魔のヒトたちは大抵の得意分野を修得してしまっているから、人間界の本など手に取ろうとも思わなかったのだろう。
そういうとパイモンさんは、写真集のあたりを真剣に選定し始めた。
「日本は独自文化圏だからなぁ。緻密な細工物も得意。芸術性も高いし、いいんじゃないか?」
なるほど、一つ一つの品物を買うにはどうかと思うが、写真集ならまとめてこんなものがあるのだともわかる。
「キミカズ、あと何かある?」
「……一斉風靡したプリクラとか撮らせれば」
「やめて。文化に詳しくないだけあって、真顔で映るぞあの感じだと」
あとからその真の存在意義が知られたら殺されるかもしれない。
「パイモンさん自身の体験ツアーだったらいいんだけどね」
「いや、よくないだろ」
「なんかみんな本気にしそうで面白そうだよな」
「だからそういうのはやめろって」
忍はそういうつもりではないのだろうが、キミカズにかかるとゲーセンに真顔の魔王が入ってそうで怖い。
「でもなんだかんだ言って、献上品は食べ物がメインになるんだよな。新嘗祭(にいなめさい)とか神事がらみだしさ」
「新嘗祭?」
「新米ができたら、最高級の米を更に選別して皇居に献上するんだよ。鏡の上でひびが入ってない米一粒ずつ選ぶんだってよ?」
「……どれだけ細かい作業なんだよ……」
でも確かに、神事の時は供え物も酒と海の幸山の幸(?)だし、そう考えると酒、というのはただの土産でなく敬意を表すのにはいいのかもしれない。
意味が付くと価値も上がりそうだし、あとで教えてあげよう。
「でも別に、普段はそんなに豪華なわけじゃないから」
「そうなの? 皇室御用達とか献上品とかいかにもな感じするけど……」
「そりゃ献上してくる方は最大限の礼を払ってくるけど、普段は米は普通に標準米だし、麦入ってるし、魚は鯛やエビなんてものじゃなくイワシ、アジ、サバ。一汁三菜が基本だから腹八分目の量をキープ……下手したら毎日の食卓は庶民より質素じゃないか?」
マジでかー。
オレの「皇室」のイメージが崩壊する瞬間だ。
毎日一汁三菜とか、精進料理のイメージに近い。
「あーでも日本は元々質素倹約な素養があるからね。逆に、古式ゆかしきな世界ならわかる気がする。でも全部取り仕切ってるの宮内庁なんでしょ?」
「だから質素な上に不自由なんだよな。オレ、現宮家じゃなくてよかった。鯛もエビもフグも好きな時に食べられる」
……意味の分からない会話になって来た。
「鯛もエビもフグも食べられないのか? 食べたいって言ったら?」
「……基本的には出してもらえるんだろうけど……昭和天皇なんて一度も自分から好物出せって言わなかったらしいし」
「訪問先だと色々出るからそっちの豪勢なイメージが強いんだね」
「普段そんなに食べてないのに、大量にふるまわれて、でも残すわけにはいかないって地獄の苦しみ味わいながら完食してたらしき話も聞いたことはある」
「何それ、泣けてくるんだけど」
どこまで人がいいんだ、天皇陛下。
いや、出されたものは食べなければ。はいつも一緒にいるやつが割とそういう気質なのでわからないでもないけれど。
なんかテレビで見たりして小柄だったイメージだけはあるので、苦労人だったんだなと遠い時代をオレは思う。
「フグはなかったみたいだな。毒があるから」
「そりゃ一国の王様になると何かあったら危険なものは出せないよな」
「でも2回だけ食べたけど、料理長の手前公式には一生食べなかったことになってるとか」
え、何? 食べてないよ?
な感じの人間味あふれるオレの知らない天皇陛下がイメージになって脳内に現れた。
「皇室エピソードって結構、人間味あっておもしろいよね。昭和天皇納豆事件も私には忘れられない」
「なんだよ、昭和天皇納豆事件って」
「訪問先でこんなものしか……って民草に出された納豆を食した昭和天皇はそれをいたく気に入って、出してもらったんだけど……」
「塩洗いされてあのねばねば全部落とされて、出てきた納豆にすごくがっかりしてもう一生食べないってなった話だろ」
納豆のねばねば落とされたらただの味のないふやけた大豆だろ。
どこまでエピソードてんこ盛りなんだよ。
ていうか、納豆洗うな。
昭和が長かったのは知ってるけども、戦前戦中戦後の時代。
なんか不憫になって来た。
「で、何の話だっけ」
「……結局、献上品になると食べ物多いよねという話じゃなかった?」
「食べ物は当たりはずれも多いし、何か他にってお前呼んだんだよ。他に何かないの?」
パイモンさんは、何かはまってしまったのかじっと睨むように本を読みふけっている。まだ当分かかりそうだ。
「菓子を食べるヒトなら、菓子器とかいいんじゃないか。蒔絵のやつとか」
「おぉっそれっぽい」
「それに合わせて和菓子を贈る分にはまったくかまわないだろ? あとは透かし花器とかオレが見た中だときれいだったかなー」
……意外とセンスいいのな。
さすが宮様だ。ちょっと見直してしまう。
「香をたくなら香炉もいいと思うし、いずれ蒔絵、漆器のあたりか……基本黒だし配色的にも問題ないと思う」
「……すごいな、お前……」
宮様の本気を見た。
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