2.キミカズとプレゼント(1)ー経験第一
連絡手段を持ってまで繋がっている理由はないんだろう。
なんでもかんでも携帯やSNSで繋がりたがる人々。
なのにそれでストレスをため込むような社会構造、その矛盾。
今時にしては、なんだかその奔放な関係が逆にちょっとうらやましい気もする。
「でも、清明さんに連絡とれば経由でつくんじゃないかって話にはなった」
さすがに宮家に電話入れる勇気はない。
というか、電話帳に載ってなさそうだし、礼儀としてふつうに電話がつながるのかも謎だ。
それを考えると、式神つけて守ってるくらいだから、そっちは明らかにつながっているだろう。
「今更だが、その宮様というのは何か目利きで精通している人間なのか?」
パイモンさんは「宮様」という単語が何を指すのか知らない。
まぁふつうわかりづらいよな。
日本人にだって馴染みのない存在だし、大体もう皇族じゃないから宮様っていうのもこう、ふわっとしたイメージだし……そもそも「宮家」が何を指すのか、正しくはオレも知らない(今更)。
「基本的には、皇族の親類だったり代理を務めたり、皇宮で数えられる人たちのことですが、今話してるのは旧宮家の人のことで、一般人なんだけれどもたぶん、そっちにもつながっている、たぶんやんごとなき家系の、たぶん今でもそういう生活様式にのっとっている、たぶん一般人より皇族に近い人です」
「……不確定要素が多すぎないかい?」
「気さくな人ですが、交流がほとんどないのでよくわかりません」
ものすごい「たぶん」の使用率にさすがのアスタロトさんからもいつもの笑みは消えていた。
最後のたぶんを聞いたときはもう、逆に薄く笑みを浮かべてしまいそうなパイモンさん除いた全員がいる。
「……つまり、皇族の末裔を案内につけるというのか」
「贈るのはパイモンさんですし、贈られるのは陛下なら、それくらいあっても良いのでは」
「……」
パイモンさんの眉が少し寄った。
そういえば、自分で探してこそ意味がある、とかいうスタンスで一人で探してたんだっけ。
あまり仰々しくなるのは不本意なんだろう。
忍の話し方は、双方に敬意を払っていることがわかるので判断が微妙だが……
「選ぶのはパイモンさんですよ? あと、キミカズは皇室から正式に派遣されるんじゃなくてふつうに友人として呼ぶだけなので、あまり深く考えない方がいいのでは」
「そうか。問題を問題にするのは、私自身であるのだな」
今の会話で何か悟ったらしい。
悟りの境地が深すぎて、理解はできない。
「旧宮家か……ちょっと興味はあるけれど」
「行かないんだろ」
「そうだね」
ここはもう、人間に任せようという空気がビシバシ伝わってくる。
魔界の序列は厳しいんだな。
パイモンさんに限っては、外見的な圧迫感もないせいか、オレたちはベレト閣下ほど緊張感をもたずにふつうに接せられるし、問題は……
「キミカズは、礼節とかぶっちぎりで普通の人っぽいので、そこはパイモンさんのこと何も知らない人だと思ってもらえます?」
オレは先に予防線を張る。
「かまわぬよ。シノブやシンに初めて案内された時もそうであった」
「そうでしたね、そういえば」
「王などという肩書は置いてきたつもりだ。だから一人で歩いていたのであり」
本当に真面目だな、このヒトは。
なるほど、ダンタリオンはともかくアスタロトさんの口調がほとんどいつも通りなのが分かった気がする。
「じゃ、清明さんに聞いてみる」
忍はそうして再び、連絡を取るために部屋を出て行った。
キミカズは……あっさりと来てくれた。
清明さんから忍を介した伝言ゲームによると仕事もそれなりに忙しいらしいが、さぼりたいくらい忙しいころ合いなので、ちょうどよいとのこと。
すぐに折り返しの連絡があって、その日はそのまま出られることになった。
……オレの周り、そんなのばっかりか。
「久しぶりだな!」
キミカズは待ち合わせの街角からモッズコートを羽織ったカジュアルな姿で嬉しそうに手を挙げた。
後ろで軽く一つに縛った髪が、性格の軽さに拍車をかけて見える。
「キミカズ、こちらパイモンさん。清明さんから聞いてると思うけど、魔界の西方の王様」
「お前がキミカズ……この国の王の末裔か」
「なんか王の末裔とか、クラシカルかつファンタジーな感じで面白いな。今、一般人だしよろしく」
一般人がそんな気さくに魔界の王とか聞いて笑顔ふりまくとは思えんが。
忘れてたけどもともとヒノエとか周りにいるから、キミカズもあまり境界線がない部類なのかもしれない。
「よろしく頼む」
「……そんな丁寧に頭下げられると、逆に恐縮するからやめてほしいなぁ」
エシェルやらなにやらに怒られる方が慣れているのか、自分より低い位置にある少女のような風体のパイモンさんに、うっとなっているキミカズ。
「えっと、それで魔界の皇帝に贈り物するのに、何かいいものを……ってことでいいんだっけ?」
「そう。献上品も一応調べたんだけど、トイレットペーパーとか皿とか微妙な感じのしか出てこなくて」
「……皿とか貰ってもたまる一方だからな。貰う側からすると消耗品の方が嬉しいんだけど……魔界の陛下にトイペはないよな」
さらりと経緯を話しながら歩く。
とりあえず、伊東屋は場所が決定しているので酒を探してみようということになる。
「陛下はワインだったら赤?白? それともロゼ派かな」
あ、こいつけっこう舌肥えてんな。
贈るのは日本酒だろうけど、好みの聞き方が具体的でなんとなく違いを感じる。
「時々だ。醸造される季節、年数、産地にもよるだろう」
「……一番難しい答えが返ってきたな。逆に言うといいものなら違いが分かるってことでもあるから……」
酒の方は任せておいてもいいっぽい。
「最近はスパークリング系もあるし、洋酒に慣れてるならそっちの方がいいかも。パイモンさん実際何か飲んでみた?」
「いや」
「じゃあ今夜あたり飲みに行くか」
「ふつうに飲みに誘うなぁ!!」
思わず止める。
多分、悪いことではないと思うんだが、なんとなくろくでもないことを教えられそうな匂いがする。
ていうか、普通に友だち扱いはやめろ。
「確かに試飲しないことには、選定しかねるが……」
「皇室御用達のお酒って、飲みに行くかって誘われる場所にはないよね。今のふつうに居酒屋の話だよね」
そうなんだ。問題はそこなんだ。
「せっかくだから、パイモンさんも色々体験した方がいいと思う」
「お前がわいわいしたいだけだろ」
真顔のキミカズから、意図がはっきり伝わってきた。
「でもそれもありだよね、日本には『土産話』って言葉もあるし」
「土産話?」
「その土地の、旅の話が何よりの土産になりますという意味で」
「……確かに情報は重要だ」
情報って言われると何か違うよな。
「楽しい」の概念が多分、全く違うかむしろ欠けてるような気がしないでもない言動だ。
そういえば、ほとんど無表情で笑ったところも見ないな。
「情報といえば、フリーペーパーも面白い。下手な観光雑誌より役立つこともあり。ついお持ち帰りしてしまう」
「そんなのお前くらいだろ」
「まぁ、おおむねむだ税ではあると思う。あっ」
と何か思いついた様子。
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