3.眠り続ける理由(2)
「今、忍はそれと似たような状況ということですか」
「多分ね。眠っているのは目を覚ますための力がないから。何らかのデバイスもパソコンも起動させるには起動するためのバッテリーが最低限必要だ。だから機械は本当にゼロパーセントになる前にシャットダウンがかかるようになっている。でも、人間は違う」
「ゼロになった結果、倒れる?」
「まぁそんなところかな。ゼロまで頑張らせてしまうのが理性だとか、本能の声を抑えてしまう機能でもある」
難しくなってきた。ただ、人間が身体を壊すほど働き続ける時は大体、身体の声を無視している時だということはよくある話だ。
忍の場合は……司さんが言ったように限界を超えた力を補ってそれも使い果たしたから倒れた、が正しいんだろう。
「忍は予めそれを手にしていた。ということは、森がいつかああなった時に、ずっとそうする覚悟でいたということか……?」
「それにしても一気に服用しすぎだね。秋葉の話では使ったのは一本ではなかったようだけど。リスクが高すぎる」
「そういえば」
オレは思い出した。
「あの時、忍は『責任を取る』。そう言っていた気がします」
「責任?」
司さんは初耳だろうので、そう、復唱して聞き返してくる。
「何の責任かわかりませんけど……忍の性格を考えると、森さんを現場に連れていったことの責任?」
「連れて行ったのはボクだよ」
「でもアスタロトさんに頼んだのは忍だし。森さんの意思を尊重したいって言ってたけど……」
それぞれが思案に暮れるわずかな間。最初に口を開いたのはアスタロトさんだ。
「アンダーヘブンズでそれを複数手に入れたのは、いざという時のため。おそらく服用を一度でするつもりはなかったんだろう。けれど、あの状況では荒神を抑えるためにそれでは済まなかった。結果、すべて服用して屈服させた、その代償。そんなところかな」
「……森の代わりにこうなっていることには変わりないですね」
それが正しいのかはわからないが、司さんはそう言って忍の方をじっとみつめる。それもほんのわずかな時間であったけれど。
「いつ目覚めるかは?」
「わからない。枯渇したのは身体的なエネルギーじゃないから、すぐすぐは無理だろうしもしかしたらずっとこのままかもしれない」
そんなことになったら、森さんも消沈してしまいそうだ。なんとか方法はないのだろうか。
「そういえば、バッテリーの充電がって言いましたよね。そもそも電気製品なんて外部から充電するのに、忍の場合はこれ、ほっといて平気なんですか」
「いい点をついている。本来なら生物には自己回復力があるわけだけど、それも働かない場合は危険かもしれない」
割と考えなしのオレの疑問は、意外なことに話に進展をもたらしそうだ。ネガティブな方向で。……聞かなければよかった。
しかし、司さん。
「逆を言えば外部から供給できれば、早く復旧するという理論ですか」
復旧って、電気製品じゃないですよ、司さん。一方で言っていることはすこぶる正しい。
「そういうことだね。ただ、先に枯渇したのは霊力的なものだから、身体とのバランスもあるし何をどうすればいいという答えはない。今のところ。それから……」
そうアスタロトさんは一旦言葉を切った。
「妙にボクらと近い感じがする。大量の召還をしたのだから残滓かもしれないけど人間にとっては過ぎた感覚だ」
アスタロトさんのトーンを抑えた声は一人ごちるようだった。一瞬だけいつもの笑みも消えて、忍に流した視線がすっと細くなる。
しかしオレたちには言われていることがあいまいでよくわからず、聞いた。
「えっと、それってどういう?」
「そのまま言葉の通りだよ。目覚めを妨げている要素もあるかもしれない。それも視野に入れた方がいいかもね」
声のトーンが戻って、それだけ教えてくれる。いずれ、専門分野の人に見てもらわないと何も進まなそうだ。司さんが応えた。
「十分です」
「清明さんに話、通しますか」
「そうしよう」
決まると行動は早い。司さんはオレを残して、連絡のために病室を後にする。わずかに訪れる、静寂。
そしてまた、窓から吹く揺らぐような風にオレはようやく気が付いた。
外を見る。高い階層で病院の庭や駐車場もあって他のビルまで距離があるせいか、空がよく見える。真っ青な空。晴れ過ぎてかえって日差しが目に刺さりそうだ。
「忍も司の妹も、かなり無茶をする子だね」
「まぁ、似た者同士というか。でも、補ってる感じはしますね」
それは率直なオレの感想。
「森さんが倒れた時は忍がここへきて見ていたし、今は森さんがよく来てくれる。なんか妙なつながりを持ってるみたいでそこがまた危なっかしいんですが」
「閉鎖された戦闘区域に入ってくる時点で、情報は流れているよね」
「!」
なんで気づかなかった。今回待機扱いの森さんに司さんが、いつ何が行われるかなんて教えるはずがない。これ、確実に忍がリークしてるだろ。
オレは引き続き、気づかなかったことにする。
「今日もいい天気ですね」
「階層が高いから静かでいいね」
あからさまなかったことにしようとするオレの会話を、ふつうに流してくれるアスタロトさん。アスタロトさんにとっては大したことではないんだろう。
「じゃあボクは行くけど。司にもよろしく」
アスタロトさんはそういうと、小瓶をベッド脇のサイドテーブルにことりと置くと、姿を消した。
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