2.眠り続ける理由

部屋の中は森さんの時と大差なかった。一言でいえば「何もない」。

ベッドがあり、あとは異常がないかモニタリングするための機器があるだけ。殺風景だが、だから余計に現実離れした空間に見える。


窓が開いていて、爽やかな風がカーテンをゆるやかに揺らしているのが何となく救いだ。


「……ふつうに話していても目を覚ましそうにない」


ぴくりともしない様子に、森さん。普段の忍なら寝ていてもドアが開く音で目を覚ますくらい神経を張っている。


「そうだな、目を覚ます気配もない。とりあえず、森の時と同じで身体に異常があるわけじゃないらしい」

「そうなんだ……良かった」

「だから、いつ目を覚ますのか、わからない」

「!」


ほっとしたのも束の間。思わずふたりして司さんを見る。

そういえば森さんの時もそうだった。科学の医療で計れない状態だからこそ、どうしようもなく眠り続けている。


「元々召喚には膨大な魔力が要ると言われているらしい。魔力なんて当然俺たちは持ってないから、精神力とかそういうものに置き換えたらいいんだと思う。どちらにしても、身体ではない部分で持っている力」

「それを無理に使ったから、昏倒した……?」

「体で考えたら体力を使い果たして倒れたようなものかもな」


まだ昨日の今日どころか、夜を超えたばかりの時間だ。詳しい検証はされていないんだろう。司さんもそれ以上はよくわからないようで、小さくため息をついて首を振った。


「じゃあ目が覚めるまで、できるだけ通ってみる」

「森さん」

「司は私の時みたいに年中来ないでしょ。格差良くないよ」

「お前は家族だから。ただ、ここにはしょっちゅう出入りするから、ついででいいなら見に来るし、わかったことがあったら教える」


ついでとは言うが、きっと律儀に寄ってくれるとは思う。オレも何かわかったら来てみようと思う。



何か……わかってはいることはあった。あの日はあまりに色々ありすぎて誰も「それ」に気付くことなく、ケガ人の緊急搬送、撤収作業などでバタバタと目まぐるしく動き始めたした現場でそんな話になることもなかった。


忍が、許容を超えて七十二柱の悪魔を呼べた理由……それはおそらく。


「アンダーヘブンズバーのマスターが持っていた薬か何かだと思うんですよね」


昏々と眠り続けるのは何日目か。昼間から外交の合間を縫ってオレと同行していた司さんは忍の病室へ寄った。


「アンダーヘブンズ?」

「一緒に行ったとき、帰り際に何かビン持ってたでしょ。オレ……森さんの意識を回復させる前に、あれだけの召喚をする前にあれを何本か飲んでるの、見たんです」

「そのビンは?」

「多分、あの騒ぎだったから瓦礫と一緒に片付けられちゃったかと」


少し考えている司さん。それが何かわかれば、忍が目を覚ます方法もわかるかもしれない。

空き瓶を拾ってこられれば最善だったのだろうけどそれどころではなかったし、桜塚さんに聞けばわかることだと結論が出る。


「あまり大げさにしたくないし、個人的に行って聞いてみる」

「オレが行きましょうか?」

「その必要はないよ」


いつのまにか……病室の椅子に座るオレと司さんの傍らに、アスタロトさんがいた。


「……いつから?」

「というか、ドア開いてないですけどどこから?」

「そこから」


黙って指さされた方を見る。窓だ。


「……セキュリティに普通に問題が」

「ここは八階だし、周りに建物はないから普通は入れないんだろ?」


人間には無理な芸当。神魔なら可能だが、森さんの時は不知火がフリーパスでドア開けてたからそもそも神魔相手に人間のセキュリティは脆弱だと思われる。


「ここに来たのは初めてだよ。君たちの姿見えたから来ただけで……それで。秋葉、アンダーヘブンズで手に入れた薬を忍は召喚前に使ったって?」


声のトーンは普通だ。たぶん、大声でしゃべっても忍は目が覚めない。そういう状態なのはわかっていたし、うるさくて目が覚めるくらいなら騒いだ方がいいんじゃないかと思うくらいの状況だ。


窓から入ってくる風に、アスタロトさんのコートの裾が軽く揺れた。


「えぇ、自分がやる、って。ビンに入った液体を何本か飲んでました」

「……そうか。何かを使ったのだろうとは思っていたけれど、やっぱりこれか」


そう言ってアスタロトさんが指先で取り出したのは……あのビンだった。


「それ、どうして」

「ダンタリオンと話している時に、目に入ったんだよ。不自然に落ちてる数本の小瓶。気にはなってたんだ」


いつ拾ったのかと聞くと、撤収の一喝が和さんから下ったあとだという。


「ボクは参戦組じゃないから、することがあるでもなく辺りを歩いていても特に気にされるものでもなし」


その辺りだったかと眺めていると靴先に当たったもの。それがあの小瓶だったらしい。


「アスタロトさん、それがどういうものか……忍がどういう状態か、わかりますか」


司さんが聞く。ある程度はわかっていた。やはり限度を超えた力を使ったために昏睡状態になってしまったのは、術師の目から見ても分かりやすい状態ではあった。けれど、どうしてそうなったのかは誰もわからないまま。


「残念だけど徹底的な揮発性が仕込まれていたらしく中身はまったくわからない。ただ、強い魔力の痕跡は残っているね。アンダーヘブンズで手に入れたものなら、十中八九、一時的に魔力の底上げをする類のものだろう」

「それを使った結果、本来かかるはずのない負荷が、ないはずのレベルでかかってしまっている、ということですか」

「作用行程が不明だから明言は出来なけど……今のところはそう見える」


忍を見る。本当に、ただ眠っているだけだ。負荷がかかったというなら何か症状が出てもよさそうだと思うが……


「人間は、必要以上の負荷がかかると無意識に身体の方でブレーカーを落とすようにできている。ほら、うつ病とか現代病で流行ってただろ?」

「例えが一般的すぎて逆にわからないんですが」

「エネルギーが枯渇するとそれ以上は生死にかかるから、強制的に身体からシャットダウンがかかるんだ。そこに至るまでに気力や理性が勝りすぎると起こる現象でもある」


少し具体的になったので想像してみる。あまり詳しくないが、うつになった人は休みに入るとひたすら眠ることがあると聞いたことはある。身体の方が無理にでも休ませている、ということだろうか。

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