迎撃決断編

1.その後

戦神のような天使長が率いる天使の襲来。

総力ともいえる戦闘の結果、人間はそれを退けることに成功した。


大々的にマスコミがその戦果を伝える一方、新聞の片隅には小さく文字だけのニュースが載っていたことをオレは後で知ることになる。


『フランス大使、エシェル・シエークル氏。行方不明。天使襲来の現場近くにいたとの証言から、戦闘に巻き込まれたものと思われる』


淡白な極小の文字は、何の感情も伝えるものではなかった。



* * *



天使の迎撃。そして撃退。

そのための犠牲は国家レベルで考えてしまえば多くはない。が、決して少ないはずもなく……


「亡くなった人は、全部失くしちゃったんだよね」


森さんがぽつりとつぶやく。前回の戦闘でもケガ人が搬送された護所局直轄の病棟だ。

司さんを待っていたオレたちは待合所のイスに腰を掛け、ただ通りすがるケガ人や、医療関係者を眺めている。


「今回は、死者が出ましたからね」

「今まで出なかったのが不思議なくらいだけど……やっぱり、怖いね」


長椅子の下に腹ばいで顔を上げていた不知火の頭を撫でながら森さん。縁者がそうならなくてよかった、とは誰もが思うだろう。

けれど、一か零かで言ってしまえば「零」になってしまった人たちのことを思うとやるせない。


それはきっと、何度も現場に居合わせて、彼らがどんなふうに行動していたか、見ていたからだろう。

誰もが、何も無意味になるようなことはしていなかった。懸命だった。


「怖いならあまり司さんに心配かけない方がいいですよ。戦場に来るとか、ないです」

「秋葉くん。司が心配してくれるように私も司が心配なんだよ。目の届かないところで何かあったら、もっと怖い」

「……」


わからないでもない。これは多分、司さんの感覚と同じなんだろうとは思う。ただし、それとこれとは別問題で。


「だからって……現場に来るまでも相当危険だったでしょうに」

「不知火が守ってくれたから」


ねー。と無言の不知火に声をかけるが、正直複雑そうな顔をしている。

あの時の不知火の役割は「森さんを現場に連れて行かないこと」だったわけであるからして。


「さすがに私だって、何にも参戦手段がなかったら行かないよ。ただの足手まといだし。予想外のことは起こりすぎたけど、後悔はしてない。……忍ちゃんのことは別として」


スサノオに意識をのっとられた森さんを助けるために、今度は忍が昏倒してしまった。この病院内に運び込まれて、今も意識がないらしい。


揃いも揃って無茶をする女子たちだ。


「あ、司」

「待ってたのか」

「怪我、どうですか」


前回にもまして怪我慣れしていない人間からすれば、見ている方が痛くなるような処置を施されている。幸い、と言っていいのか腕をつっていたり松葉杖をついていたりするようなことはないが……そういう人をさっきから何人も、見かけている。


「俺は大したことない」

「その大したことないの基準が、たぶんふつうと違う」

「それはお前も同じ」


もう勘弁してくれと言わんばかりに森さんのいつもどおりの口調に司さん。実は森さんも検査を受けていたが、前よりずっと早く問題がないことが分かって放免だ。


「この後は?」

「事後処理がしばらく続くと思うが……それはオレたちの仕事じゃないから、今日はもうここまで」

「オレたち、忍の様子も気になるんですけど何か聞いてますか」


ここに運ばれたのは知っているが、どこにいるのかもわからない。もちろん、外交部のオレと基本部外者の森さんが聞いても教えてもらえるわけがない。

こんな時、和さんでもいればすぐわかりそうなものなのに、今日に限って姿もない。


「聞いてる。というか、知ってる。行ってみるか?」

「……あとで怒られないかな」

「何のためにここにいたの、秋葉くん」


忍は寝顔を見られるの嫌いなので、これだけ大人数でぞろぞろ行ってたことがばれたら、機嫌は斜めりそうな気もする。というか、もうすでに目に見える。

かといって一人で行けそうもないので、ついていくしかないだろう。


「忍の部屋はロックがかかってるから、番号教えておく」

「え、いいの?」

「というかなんでロック。目が覚めたら何かあるんですか」

「そうじゃない」


病棟は、以前森さんが入っていたのと同じところだ。エレベーターで上階に上がるとひと気のない廊下、並ぶ部屋が沈黙に沈んで階下の騒ぎが嘘のようだ。


「前に拉致されたことがあっただろ。だから念のため、な。それにふつう、鍵は中から開けるもの」

「あぁ、外から黙って入る時だけ番号必要、ってことですか」


前回の森さんのことがあるから、物々しい扱いを受けているのかと思ったらそうではないらしい。

812。プレートにそれだけ書かれたドアの前に来る。


「番号」

「まさかまた0893とかじゃ」

「違う。5910」


意味はなさそうなので、何となくほっとするオレ。


「前はヤクザで今回は極道か~ 道は極めてそうだよね、和さん」

「……すみません、それ一体だれが設定しているんですか」


ほっとした矢先にその意味を看破した森さんの一言に、つい聞いてしまう。

なんとなく和さん自身ではない気がしてきたが、だとしたら本人は気づいているのかどうなのか。


5910。すなわち、5(ご)9(く)10(どお)


「決めてるのは本人じゃないようだから、勇気のある部下がいるんだろ」


そう言いつつ、ノックを先にする。返事がないのでロックを解除して部屋に入った。

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