EP11.守りたいもの ‐森‐
約束をした。
私たちには守りたいものがある。
守れるものがある。
「約束」。それ自身もきっとその内のひとつ。
だから、行かなければならない。
でもそれだけじゃない。約束をしていなくても私はきっと、そこへ行った。
天使長ミカエルの率いるその軍団と、神魔、人間の対峙する、その封鎖エリアへ。
危険な場所だというのはわかっていた。不知火は司の「霊装」であるはずなのに、相変わらず私の傍にいる。
司が、特殊部隊に入った理由……それは、自分の守りたいものを守るため。大事な片割れだから、きっと私のこともそう思ってくれているのだろう。
だけど、だからこそ動けないこともあって。
だけど、だからこそ自分が使って初めて最大限の力になるそれを私に預けている。
霊刀、不知火。
今は巨大な犬の、あるいは狼の姿をした霊獣。
不知火は、私がそこに近づこうとすることを止めた。ただしくは「止めようとして」いる。
進もうとすれば前に立ちふさがり、時折裾を引いて駄目だという。
ただ、力づくで止められることがないのは幸いだった。
強引に制止を振り切ると、まるで困ったような顔はされる。そして、立ちふさがり、それを抜けて先に進み、また立ちふさがり……
なかなか進まない。けれど、現場が近くなってきている。ものすごい轟音と何度目かの揺れが辺りを震わせると、留め具の外れかけた看板が音もなく降ってきた。不知火はそれも退けてくれる。
私を進ませないのは、私を守るため。
司からも絶対の命令に近い形でそれを言われているのだろう。前回のように協力してくれる気配はない。
それでも守ってくれるので、徐々に近づく。天使たちもよく見える距離に来た。ということは、あちらからも見えるということ。広い通りは危険なので、路地を抜けようとする。
それはそれで、不知火の巨体が進路をふさぐので進みにくい。今度ばかりは「お願い」も聞いてくれなそうだ。
「森ちゃん!」
そんな時に、声がした。
その姿に声を返すより先に、褐色の肌の男の人の姿が目に入る。それとは対照的な白灰の髪色が印象的なそのヒト。不知火がそちらへ向きを変えた。
「忍ちゃん、アスタロトさん?」
名前を呼ばれて返事の代わりに微笑む彼は、人間ではない。何度か会っているし、話もよく聞くので知っていた。
すっ、と動いたかと思うとその姿が消える。それは一瞬だった。次の瞬間には私と不知火の間にアスタロトさんは立っていた。
「彼女に頼まれてね。君が望むなら、拠点(ベース)まで連れて行こうかと」
「! 本当ですか」
その後ろで。不知火がもう一度こちらへ向き直る姿。低く身を屈め、まるでいつでも飛び掛かれるような態勢を取っている。
実際。不知火は次の瞬間にはアスタロトさんの背後から、こちらへ向けて地面を蹴った。
躱す。更に瞬間。私は彼に抱えられて、一段高い場所にいた。
「その子を振り切って連れて行ってくれと言われてるよ」
一度下ろされたが、少し下方で再びこちらに跳ぼうとしている不知火の姿を見る。そのすぐ後ろには忍ちゃんが駆けつけていて。
「できるなら。お願いします」
頷いて意志を伝える。不知火の脚は並みの神魔でも捕らえられないだろう。前に出られるより先に、行くべきだ。
じり、と不知火の後ろ脚に力が入る。言葉が分かるのだから、阻止しようとするのは当たり前のことだった。
「不知火、待って!」
止めたのは忍ちゃんだった。よく見ている。再び跳ぼうと一度沈んだ躰にしがみついた。突然の出来事に不知火は大きく身体を捻ってそれを振り返っている。不知火にとっても忍ちゃんは良く知っている人だから、無闇に弾き飛ばしたりはできないのだろう。
私にそうしていたのと同じように、力技で振りほどくことはできず放してくれと言わんばかりの動きで身をよじった。
「待って。司くんが今度は連れてくるなと言ったんでしょう?」
司の名前が出て、動きが止まる。伺うような、間。
「無理だよ。森ちゃんは自分の意思でここに来たんだから」
まるで人間を相手にしているかのように、忍ちゃんは不知火に語り掛けている。
動きが止まったことで掴む力を緩めたけれど、その躰に腕を回したまま。
「司くんには私が謝るし、責任も取る。だから待って」
「……」
不知火の表情からは何も見て取れない。だけどわかる。答えは「NO」だ。今この時までは。
「必ず責任を取る。不知火は司くんのところに行ってあげて」
「……」
私を行かせてあげて、ではなく司のところに行けという。それは不知火の立場になってみなければ出ない言葉だ。不知火の主は私ではなくて司なのだから。
本当は、不知火が一番そうしたいはずだった。
「いいかな。ボクは拠点(ベース)に直行するよ」
「!」
「不知火」
反射的に動こうとした不知火を再び抱き止めて、それから離し、正面へ回りその顔を自分に向けさせる。
「不知火は私と秋葉を拠点に(ベース)に連れて行って。そこで、合流だ」
その言葉を聞き届けたアスタロトさんは私を抱えて、路地に落ちた瓦礫の山を蹴って跳ぶ。振り返った私が見たのは、それ以上は追わずにただ見送った不知火と、その頬に手を添えたまま見上げる、あっというまに小さくなる忍ちゃんの姿だった。
必ず責任を取る……
きっと、あの言葉はこういう意味だったんだろう。
私が目を覚ます、代わるように忍ちゃんは眠ったまま。
それから、数日が過ぎていた。
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