EP10.食堂のリサちゃん(後編)
「そんなわけで今日は俺、食堂に行くんですけど久しぶりに司さんも一緒にどうですか」
「あっ、いいな。昔話に花が咲いたところで実地で懐かしん見るっていうのも」
「だから懐かしいというほど昔話でもないだろう」
とはいえ、文字通り死ぬほど厳しかった訓練時代。大体、その時の話になるとみんな遠い目になるので、経過した年数よりもずっと遠くのでき事には違いない。
「弁当持ちですか?」
「いや? じゃあ一緒に行くか」
特に断る理由もないので、行くことにする。今はメニューは豊富だし、自分で主食副菜選べたりすることもできるので、手軽に使える場所だ。
ちなみに清算は職員用のIDカードがプリペイドを兼ねているので、あとから差っ引かれる。
「おー盛況だな」
「三部隊になったけど、食堂はここが一番充実しているから近くに来てたやつとか集まるんですよね」
今は違う部隊の見知った顔。日本人の多くは「食」が好きだ。具合が悪いわけではないで、年齢相応、仕事相応、山盛りの食事を前に笑顔で会食している。
「俺今日は洋食行きます」
「俺はふつうに和食だから、適当に席取っといてくれ」
提供される列が違うので、一時解散。司は、ヘルシーに並ぶ和食の単品から気が向いたものを選んでトレイに乗せていく。
「あら司くん、久しぶりねぇ!」
さきほど過去話をしていたせいか、幻聴が聞こえた。
「相変わらず健康志向な感じなのはいいけど、ちょっと少なくない!? すごく頑張ってるっていうし、こんな量じゃ足りっこないんだから、これでも食べなさい!!!」
「!!?」
いきなり後ろから、ビーフシチューをほうれん草の胡麻和えの上にぶっかけられた。
「これとこれとこれも! 今日は久しぶりに再会できたおばちゃんの奢りだから!」
「…………………………………………ありがとうございます」
どうしてここにいるのかとか、もうトレイからいろいろはみ出てこれじゃあ自動清算できないだろうとか、全部追加されたものがあぶらものだったとか、いろいろと聞きたいことはあるのだが……
すべて聞いても無駄な気しかしない。
故に。
こうして、こんな目にあったときは、黙って一言礼を言う程度に尽きるのだ。
「リサちゃーん! 久しぶり!」
「あら、御岳クン。いい男になっちゃって!」
「戻って来たって聞いてわざわざ来ちゃったよ。俺にもなんかちょーだい」
「仕方ないわねぇ。コロッケ定食なんて全然量足りてないじゃない。キャベツを増やしてあげるから!」
「え、なんで司には肉山盛りでオレキャベツなの? オレもタンパク質欲しい!」
「司くんはなんとなく肉が足りてない気がするのよ。御岳クンは野菜不足!」
イメージの問題だろ。バランス取れたメニュー選んでるつもりだが。
というか「戻ってきた」って言ったか? 今。
「おまけで冷ややっこ足しとくわ」
「足しとくって言うか、これ豆腐一丁! リサちゃん、せめて切ったやつ!!」
今日は人が多い理由が分かった気がする。
「司さん……やられましたね」
「知ってて俺を誘ったんじゃないのか?」
「いや、もう知ってたのかと思って。再雇用だそうですよ」
なんだかんだ言いながら、あの人は慕われている。
一緒に来た二人とも明らかにメニュー以外のものを皿にのせつつ、笑っている。
ペペロンチーノにわかめの酢の物は普通つかないから分かりやすいことこの上ない。
「今となっては、いい思い出……っていうか、リアルタイムに食堂のおばちゃん復帰ですからねぇ」
「何も考えないで載せてくるのは味が変わるからどうかと思うけど」
「そうだな、俺もほうれん草の味がよくわからない」
見た目もなんだかわからない状態になっている。
「まぁ久しぶりってことで、前みたいに不甲斐ない姿は見せないし、人も多いしもう少したてば落ち着くと思うんですけどね」
「おばちゃんからのおまけ」をもらっているのはどうも同期だけであるようだ。漏れなく見知った顔が、自動認証の精算の列から外れて、手動レジに並んでいる。
「……落ち着いた頃にまた来る。からあげいるか?」
「いただきます」
ありがたそうに手を合わせて「リサちゃんのおごり」をシェアする。
なんだか今日はとても賑やかだ。
「おばちゃんもなんか嬉しそうだなぁ」
「あー 後から聞いたんだけど、あの人、息子さん亡くしてたっていうから……なんだろ、俺たちその代わりみたいなもんだったのかな」
神魔との共生が始まる前。たくさんの人が死んだ。
それは必ずしも自分より年が上とは限らない。息子を亡くしていたのなら、当時のあの笑顔は自分を鼓舞するためだったのかもしれない。
司は黙って食事を口にする。…………………………味がよくわからない。
「シチュー系は勘弁してほしいな」
「漏れなく飛散しますからね。リサちゃん、容赦ないから」
容赦ないというか大雑把というか。栄養面より量を重視するタイプには間違いないように思う。
「でもなんか足りない時はおばちゃんとこ行こー」
「閉まる前に来たらさ、余ったのとかパック詰めしてくれそうだよな」
哀しい一人暮らしがここにいる。
それでも、と司は思う。
あの大量虐殺から3年近く……その日々は、誰かを亡くした誰かのの心を少しは前向きにしてくれたのだろうか。
「おばちゃん、おかわりー!」
「あたしの担当は洋食なの! それ定食でしょう!」
あぁ、それでビーフシチューを真っ先にかけられたわけか。妙な確信を持ちながら眺める。
その笑顔は、記憶に残る過去のそれよりどこか優しく見えた。
ーーちょっとあとがきーー
目覚めとともに爆誕したキャラ「リサちゃん」。
当初ギャグ話でしかなかったですが、いつのまにか人間らしいエピソードで締まりました。なので、本編エピソードとして挿入です。
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