4.世界の法則

2対8の法則?

オレは聞いたことがない。黙って先を待つことにする。


「二割の人間が八割の仕事をし、八割の人間が二割しか仕事をしないそうです。これは財産にも言えることで、世界の八割の富を二割の人間が、それ以外を八割の人間が所持していると」

「ふん、人間界にはおかしな法則があるんだな」


司さんとの話は終わったと理解したのか、ダンタリオンはテーブルに頬杖をつくと忍の方へ顔を向けている。


「もとは蟻の世界でも同じですよ。ただし彼らは、動く2割に何かあった時の予備要員ですから、人間とはまったく社会構造が違うわけですが」


自然界の原則と言ったところか。

どういう意図なのか。

更に忍は続ける。


「2対6対2の法則とも言いますね、この場合は六割は日和見だということですけど」

「腸内細菌みたいなもんか」


ははっと笑う。

この場合は、二割が賭場に関与し、二割はおそらく司さんの味方に付いてくれる。あとの六割はどちらに転ぶかわからない。

といったところだろうか。

時間はかかるが、少し見えてきた。


権力より上の力を持つ神魔が存在するこの時世で、悪代官につくような危ない橋を渡るバカはいないだろう。

司さんの思惑とは別に、立場的にはちょっと楽観視できそうな気がする。


「忍、本人がそこはこだわらないと言っているのに、お前がこだわるのか?」

「困るんですよ。秋葉や私の護衛が変わると。やりづらくてしょうがない」


ここは化かしあいなのか、本音なのか。

オレにしてみると完全に同意しかないわけだが。


「一人で潰すにしても、公爵の持つ情報、あるいは下層の情報を得る伝手は必要です。蛇の道は蛇、でしょう?」


そうだった。

おそらく下層まで入る必要がある。

一番手っ取り早いのは、つまり、ダンタリオンのコネクションを使うことだ。

立ち上げから知っている。

それにあの賭場に連れて行ったのはこいつなのだからして、何も知らないわけがない。


「そっか、それもそうだな」


にっこり。

ものすごく納得したようにさきほどとは違う笑みを浮かべる。

ダンタリオンがこの国へきて2年。

平和ボケしているかと思いきや、やはり悪魔。いざこざが起こる方が楽しそうだ。

魔界の公爵にとっては、この程度の事件はゲームなのかもしれない。


「初めから見越してたでしょう」

「想像以上だから、あとでご褒美を上げよう」

「いりません」


即答に、おや、という顔になる。

本気で忍が怒っているようだ。

表情はフラットで口調は静かだが、それがかえって、怒りの度合いを大きく見せていた。

協力することはともかく、利用されることは嫌いだ。

今回については、まったくフェアではない。

オレにとってはダンタリオンの言動は通常運行に近いが、事態が事態であることを考えると、確かに、明らかにやりすぎと言えた。


「公爵、あんまり個人的に暴走すると、オレ外交官として報告しますよ?」

「……」


いい加減にしろという意味で、普通に言ったつもりだった。

なぜか黙りこくられている。


「このオレが…… まさか秋葉に……脅されるとは!!!」

「すごい想定外ですね」

「想定外すぎて、どうしたらいいのかわからない」


こいつら……

しかしおかげで忍の怒りが和らいだらしく、空気が少し緩んだ。


「秋葉くん、もっと外交官の権限を振りかざして公爵を追い詰めてください」

「え、無理」


要望に答えられない旨を高速で伝えると、忍の表情が少し動く。いかん、イラっとさせたかもしれない。

ダンタリオンの時は無表情でオレの時はそう来るのか。



と、そこで連絡が入って、司さんは戻っていった。

この話は組織で動いているわけではないので、本部から呼び出しがかかればそちらを優先するしかない。

時間は無期限だが、計画を練るにはもう少しかかりそうだ。




「それにしても随分、司のことは庇うんだな」


確かに、忍にしては本気の仕事ぶりだ。

もっといつも余裕がある感じがするが、今回はそういった遊びの部分がない気がする。

いつも情報局としてどんな仕事ぶりをしているのかも知らないけれど。


と、いうか人一人の命がかかっているのだから、それが当たり前。

ダンタリオンの気安さに引きずられるな、オレ。


「司くんには借りがあるんですよ。この機会に返してしまおうとは思わないけど、他に約束もあるので」

「司さんと?」

「違う。別の人」


名前も言わない。

これはこれ以上口を割らないフラグだ。

追求はしないことにする。

関係ある方については聞いてみた。


「借りって……司さんとは知り合いだけど、この仕事に就いてから会うようになったんだよな? オレより後に」

「秋葉」


司さんがいなくなって話がいったん中断すると、忍は名前を呼んでから大きくため息をついた。

もうピりついた空気は消えていた。


「彼は秋葉の護衛だよ、いつも守ってもらってるでしょう? じゃあ誰が彼の後ろを守る?」

「……それはオレたちには無理だから、司さんが護衛についてくれてるわけで」

「秋葉はそれでいい。秋葉を守るのは司くんの役目、私の役目は一緒に任務に就く人のバックアップ」


なるほどねぇ、とダンタリオンは得心が言ったようだった。


「確かに情報となるとそれ自体は力にならない。が、戦力差がある場合、戦術的に勝率を上げるには必要不可欠なものだ。使い方にもよるがな」


というか、戦い前提の話し方になるのやめて。

今までなかった事態であるから、今更そこまで話を巻き戻されても、正直オレはどうしていいのかよくわからない。

あのガチで違法な場所をどうしたらどうにかなるのでさえ想像がつかない。


「使い方がわからなけば、一緒に考える。それは仕事じゃなくて…………趣味」


趣味かよ。


「もとい、性格的なものだから、こういう時に活かせるなら活かしたい」


ふんふん、となぜだか真面目に聞いているダンタリオン。

司さんがいるときの方がずっとその感じで耳を傾けてほしかったものだが。


「じゃあこの勝負を有利にするためにとっておきの情報を教えてやる」


にやり。

また笑みを変えるダンタリオン。


「実地でな」


ソロモン七十二柱、序列71の大公爵の参戦が確定したようだった。

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