6.ミッション開始(1)ー回る寿司

2時間ほどたっぷり時間はあっただろうか。

女性の買い物は長いというが、これは長すぎなのかそれとも普通なのかは人それぞれか。


とりあえず、男がよく言う「女の買い物は長い」は今回に限って、救いとなった。


「お待たせ~」


たっぷり堪能したであろうリリス様が戻ってきた。

すでに両手に小さいながらもぎっちり何かが詰まった袋を携えていた。


神魔の方々は、日本の経済活動にものすごく貢献してくれている。


「リリス様、私が持ちます」


慣れない一人称は、最敬礼として使っておく。

いきなりオレとか言ったらまずそうだし、少なくとも男性の一人称である僕やら俺やらより、無難な気がする。


「ありがとう」


これは慣れているのか素直にリリス様は袋をオレに渡してきた。


「どうでした?」


ボロが出ないように短く聞く。

忍はすでにエレベーターの呼び出しスイッチを押している。


「人間もなかなかいいセンスをしているものね。大胆で繊細なところが気に入ったわ」


……大胆なのか、繊細なのか、どっちなんだ。

そんな疑問を抱くも、ほとんど待ち時間なくエレベータはやってきた。


「そろそろ昼食の時間ですが……何か召し上がりたいものはありますか」


オレだって接遇研修くらい受けている。

慣れ親しんだ神魔はともかく、本来ならYKD。

やれば きっと できる子だ。


「そうねぇ……新鮮なものが食べたいわ」


新鮮なもの……寿司か!?

後ろでは、確認のために検索部隊がすでに動き始めている。


「するとこの街は沿岸ですから、魚になると思いますが……」

「この国にはお寿司っていう独特の料理があるって聞いたわ。それがいいかしら」

「生魚になりますが大丈夫ですか?」

「えぇ。魔界でも生で魚を食べることはあまりないし、チャレンジしてみるわ」


よっしゃ、来たー!


「回るやつ」


え。

全員が一時動きを止めた。


「回転ずし、っていうのよね。寿司まで回すなんてどこまでアミューズメントな嗜好のかしら」


……。

銀座まで来て回転ずしですか。

カウンター席の高級寿司屋とかじゃなく。


庶民の味方、回転ずしですか。

後方の、検索部隊がすごい迅速さで再検索をかけはじめた気配がする。


「忍……これは……」

「ある。絶対に日本人なら銀座にすら高級回転寿司店を作っているはず」


検索ワードは「銀座」「高級」「回転寿司」。という声が聞こえてきた。

そういってしまうとまんまなのだが、ここで言葉を選べない人間にはそれがすぐに出てこない。


忍は時間を稼ぐより前にその店をみつけだした。


「とりあえず2件。一件は口コミがよくない上に食品ロス問題あり、ついでに本土外からの仕入れだから却下。そうすると選択の余地はない」

「食品ロスって、ポイ捨てとかよね。何か問題が?」


さすが悪魔だ。節約志向は全くない。

女王様だからなのか、性格なのかは真実は謎だが、悪魔だからで大体の問題は片付くことに気が付いた。


忍がベレト様に使っていた「仕様です」というのはこういうことなのか。今更身をもって実感する。


「近年はエコ意識が強くなり、食べ残しのポイ捨てが問題化されています。それ以前に、客から見えるところで廃棄されているらしく、お目汚しになりますのでどうしても回転というのであればもう一軒に行くことにしましょう」

「……どうしてもじゃないから、新鮮できれいなところがいいわ」


説得力のある説明でもって切り抜けたのはもちろん忍だ。

この極限状態で食品ロス問題はオレだったらスルーするが、本人的に嫌らしい。

まぁもったいない精神は、日本特有の長所でもあるからな。


……のんきに思ってしまうと、忍の視線がこちらに飛んでくる。

今日はこれ以上任せられない。

なんとなく目をそらしたくなったが、司さんから続報が入った。


「秋葉、豊洲直送の寿司屋が近くにある。評価も悪くない」


すごいなこの二人。この短時間で評価までチェックしてくれてるよ。

オレはその情報画面を見せてもらう。

価格的にも高額だったり時価表示が見えるが、むしろこの場合は好都合だろう。


「では、ご案内しましょう」


オレは地図を叩きこんで先に歩き出す。

自分が遊びに行くのと違ってスマホ片手に探しながら歩いたりできないので、今回は死ぬ気で場所を覚えた。


ほどなくして到着。

大通り沿いでなく一本横道に入った静かな立地だ。

それがまた、賑やかさから離れていて雰囲気的にはよい感じに見える。


打ち合わせの通り、オレは扉に手をかけ先に店に入る。


「……」


足を止めるリリス様。

案の定、というべきかその顔は若干、不快そうだ。


忍……!


フォローを入れてくれると言っていたので、内心すがる思いで、見た目できるだけ平静を装って視線で訴える。


「どうかしましたか? リリス様」

「外交官という割には、レディファーストという言葉を知らないようね」


怖い! 何かとてつもなく怖い気配がするよ……!!

しかし、何らかの一撃が飛んでくるより先に、どす黒いオーラがあたりに立ち込めるより先に、忍はこういう。


「それは東洋と西洋の文化の違いでしょう」


そして、続ける。


「日本はこういう国ですから、当然に西洋のマナーも取り入れられています。しかし本来的には女性の前に男性が立つことにも理由があったのですよ」


一応同性の忍が言うから聞く耳を持つのだろう。

促されて店の中に入る。


古式ゆかしきカウンタータイプの老舗感を匂わせつつ、しかしモダンできれいな店だった。

さすがに、椅子に座らせるのは先も後もないので、西洋マナーで椅子を引く。


「どうぞ」


それで、ちょっと機嫌が直ったのかリリス様は大人しく椅子に腰かけた。


「注文はどうしますか」

「任せるわ」


食べたことがないものだろうから、当たりはずれは食べてもらって判定してもらうしかない。

オレはカウンターの向こうにいる職人……大将だろうか、に声をかけお勧めで更に任せた。

……こういう無難な選択は、割と得意だ。


その間に忍が先ほどの説明を続けている。


「レディファーストは一見して、女性を丁重に扱っているようですが、元々は人殺しなどの物騒な事件が多かった時代に、女性を先に歩かせることで盾にしようという男性が身を護るためにできた習慣ともいわれています」

「……紳士のたしなみではなかった、ということかしら」

「むしろ淑女のマナーとして『女性が先に準備して男性を迎える』『女性が先に退出して男性の会話に加わらない』など男性を立てるためのものであったともいわれていますね」


そうなんだ……知らなかった……!

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