5.魔界の女王がやってきた(3)ー地雷原は目に見えない

現にリリス様は元来の男嫌い(人間限定)も相まって、忍を隣に置いている。


チン、とエレベータが上層階に到着した。

長い密室だった……


「あのお店ね。この三人の中では誰が一番センスがいいのかしら」


リリス様が最初に目を付けたのはジュエリーショップだ。

三人一度に視界の中に入れられたが、もちろん、誰も手を挙げない。


かといって、なすりつけ合いになるような関係でも空気でもなく……


「リリス様、高貴な方が利用するようなお店には、必ず専門の店員やスタッフがいるのでマンツーマンでごゆっくりみていただけます」


大体こういう時は、忍が何とかしてくれる。

誰にも被害が及ばない、かつ、相手にとっても最善の対応だ。


「私たちはお待ちしていますので、お気のすむまでご覧ください」

「そう? じゃあ行ってくるわ」


と、いうがその前にオレはダッシュで店員のところへ行きたくなった。

あの店員さんにこのヒトが魔界の女王だって伝えなくていいのか?

しかし、マイペースに歩いていくリリス様を横から追い抜いていく勇気はない。


その気持ちを、なんとなく呟いてみる。


「なぁ……あの店員さんにリリス様の正体とか言わなくていいと思う?」

「ここは超高級ジュエリーショップだよ。女王だろうが富裕層だろうが、店員はプロだ。対応で失礼なことなんてするはずがない」

「そっか、そうだな」


人の心配より自分のことを心配した方がいいことを思い出した。


エレベータ脇の、休憩スペースに腰を下ろす。

どっと疲れた気がする。


「この感じ……結局、ベレト様の時と同じじゃないか?」

「むしろ一触即発で常に気を張っていない分、やらかしてしまう可能性が高い。私的にはこっちの方がいつ何が起こるかわからないのが怖い」

「忍がそんなことを言うのは珍しいな」


時間がかかりそうなので、司さんがカップ式の自動販売機で飲み物を買ってオレと忍にも渡してくれた。挽いたばかりのコーヒーの香りがする。


「ありがと。……私としては、女性の方が扱いが難しいというか……むらっ気があったりするし」

「いや、それ普通に男でもあるだろ」

「とりあえず、秋葉の評価が下がっている気がするから、早いところ上げておいた方がいい。真正の悪魔が加点方式とは思えない」


やっぱり気づいてたか。

ついでに、和やかなようで忍が警戒をしている。

女というのは忍にとってもそれだけ恐ろしい要素を持っているということか。


……ダンタリオンの言葉がよみがえる。

「関わりたくない」っていうのはそういうことなのか。


「しかし意外に地雷はあっさり通り過ぎた」


とこれは司さん。

そういえばダンタリオンは「アダム」が地雷だと言っていた。

そういわれると、確かに地雷はエレベータの中ですでに処理済だ。


若干飛散はしたが、大爆発には至らなかったので、良しとする。


「でも経歴が経歴だけに、地雷が他に潜んでいないとは限らない」

「そうだな、地雷ってそもそも埋まってて見えないものだもんな」

「そもそも私がいきなり対応するのは、話が違う。そろそろバトンタッチしたいんだけど」

「無理言うなよ。今地雷がまだどこかにあるかもって話したばっかだろ。オレ、踏むよ?」

「宣言しないでくれるかな」


それくらいオレが一番地雷を踏みそうだという自覚があるってことなんだけど……

平気な顔して対応していたようで、実は忍はベレト様の時よりけっこう疲れるらしい。

事前にその役を頼んでいなかったせいもあるだろう。


「とにかくそんな秋葉がなめられないよう作戦を練るべし」


なぜか、ベンチの上で緊急会議が開催される。


「いや、だから無理だって。同性同士ここは忍に……」

「じゃあ次にベレト様みたいなヒトが来たら同性同士、絶対秋葉が対応してよね」

「悪い、さすがに怠慢すぎた。謝る」


二度と手を貸してもらえなくなりそうなので、覚悟を決める。


「それに私に、普通の女子の感覚で買い物に付き合えとか言われても困る」


そうだな、なんだかものすごい納得したよ。

無理させてたみたいだな、今度は本気で謝りたくなった。


「何か策があるのか?」


司さんまで親身になってくれるのはありがたいが、もうこの時点で第二のアダム認定されそうで余計怖い。

しかし、二人が真面目に考えてくれているので当のオレも集中すべきだろう。

気を取り直して、話を聞く。


「とにかく、行きたい場所を聞いて案内する。秋葉は先頭に立って案内」

「……店が分からなかったら?」

「全力でバックアップする。というか、そっちが本来の私の仕事」

「そうだな、そうだった」


オレは客の相手で、わからないことがあったら時間を稼いで、忍がその間に答えを出す。

稼ぐ時間はそれほどかからないから、たまにこういう仕事があるとそんなパターンになっている。


「この街でこの時間だと、護衛は形だけだろう。俺もそっちに回る」

「司さん……!」


聞くのは私物の端末でGooogle先生あたりだろうが、店の位置と情報くらいならそれなりに情報検索能力のある人なら、正しい答えが割とすぐ出せる。

……出ない人も世の中には結構いるわけだが、この二人なら大丈夫だろう。


「今どこ?みたいな質問があったら、スマホ見る前に電柱見るのも手だからね」

「……電柱で何がわかるんだ?」

「住所が書いてある」


知らなかったーーーー……


「GPSなんて常時ONにしてるとバッテリ食うから私は大体、それで済ましてるよ」

「それで済ます前に、地図を頭に入れるという作業」

「とりあえずこの待ち時間で、この通り沿いに何があるかくらいはざっくりでいいから把握しておいた方がいい」


予習をしておかなかったツケがここでやってきた。


「俺もなるべく見ておくから」

「……私、銀座ってあんまり来ないからよくわからないんだよね」


司さんと忍もそれぞれ脳内マッピングを始めている。


「司くんの方がわかるんじゃない?」

「え、司さん、銀座とかよく来るんですか」

「巡回経路ではある」


そうか。

細かい店の位置はともかく、ランドマークや市街名は頭に入っているんだろう。

そういう意味では今から全図を入れようとする忍より、チェックする箇所が少なくて済むわけで。


……すっごい心強い。


「あ、それから」


考え始めるとアイデアがぼろぼろと出てくるごとく、忍はオレに続けて言う。


「秋葉は、店に入るときもレディファーストはしないで先に入ってね」

「それで大丈夫なの? あのヒト、明らかにレディファーストしないと怒られそうだけど」

「そこはフォローを入れる。必ず入れるからそのための布石だと思って」

「わかった」


と、いうことはつっこまれることが前提の何かを思いついたんだろう。

そういうことなら、説明を聞くよりその通りにした方が早そうだ。


そして、オレたち三人は……その待ち時間で、銀座の大通りについてにわかに、詳しくなった。

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