5.下層VIP階層にて

そもそも。

序列71、ダンタリオンとはどう伝えられているのか。


その時、オレは改めてそれを疑問に思った。

心を読む能力、姿を変える能力、は知っている。

はじめから行き来のある神魔なので改めて調べることもなかった。

検索をかけるとすぐに出てくる。



古くは魔術書「ゲーティア」による。

無数の老若男女の顔を持ち、右手には書物を持った姿で現れるという。

36の軍勢を率いる、強大な公爵。

すべての芸術と科学、そして情報を与える。

感情操作や幻術を得意とする。



ナニコレ、めちゃくちゃ現代社会に適用する感じ。



日本に馴染んでいる理由が分かった気がする。

そして、基本、忍と相性がよさそうな理由も。


悪魔で科学というのは意外な気もするが、そもそも天使を冠する宗教の有名な話。

「はじめの人間たち」は知恵の果実を食べて、楽園(エデン)を追われたという話があるから、知恵をつける……つまり、科学に傾くことはむこうの神様的にはアウトなのかもしれない。


そうなると、文明として発展するカギは悪魔の分野だ。


おかしな構図だと思う。


「まぁ、今更知ったところで何か変わるわけじゃないか」


ここまで来て引き下がるわけにはさすがにいかない。

計画はダンタリオンと忍が練っているようなので、参加意思を表明すると司さんからは、危険を感じたら退くことを条件に飲んでもらえた。


そうだな、足引っ張ったら何もならないもんな。


おとなしく聞き入れることにする。


「計画はこうだ!」


そして数日後、新宿。

なぜかオレの目の前には、ものすごいスタイルのいい、絶世の美女がいた。


「……計画の前に、その姿、なんとかしてくれない?」


ダンタリオンだった。


「さすがに大使の姿は知れ渡ってるから、暴れるならこれくらいしないと。……目立つだろ?」

「暴れる時点で目立つんだよ。正体隠したいなら、せめて下層とやらに行くまでもう少し地味な人にしてくれない?」


返しながら、矛盾を感じる。

ニュアンスとして伝わっているようなので、敢えて言い直さない。


「そうだね、普通に『美女』くらいにしてくれないかな。そのビジュアルは潜入には全く向いていないし、なんだかものすごく落ち着かない」


全面同意だ。


「仕方ねーな。何かお好みはあるか? オリエンタルな感じの方がいいか? ……やっぱり金髪はまずいのか」


そもそも美女である必要性について。


「中身とのギャップで即バレしそうなんだよ」

「秋葉にしては、真理をついている」


忍が言うと、ある程度納得いくところがあったのかダンタリオンはとりあえず、戻った。

便利なのはわかったから、計画を先に話してから姿を変えてくれ。


「下層客は上層とは違うって言っただろうが。それなりに金持ちっぽい品性を出すことが大事だ」

「オレたちはどうするんだ?」

「変装させて遊びたいところだが、動きづらいんじゃ本末転倒だからな。幻術でフォローしてやる」


ここまで司さんが一切会話に参加していない件について。

本題に入らせる。


「計画か? 姿を変えて全員潜入だろ? 下層でオレが騒ぎ起こしたら便乗してオレとツカサが闘技場から召喚の部屋まで制圧。お前ら適当に見学しとけ」


それだけかよ。


「忍……本当に? オレたちのやることってないの? 何のためについてきたの?」


今現在の、己の存在意義を問いたい。


「歴史の証人」

「このタイミングで通常運行に戻るのやめろ」


まぁ記録は必要なんだろうとは思う。

忍の発言は全く意味がないようで、実は意味があったりすることもあるので



線引きがよくわからない。



深く考えないようにする。

はい、と小型のスティック端末を手渡された。


「これ、魔王様が通勤ラッシュ中に使ってたやつだよな」

「記録用。適当にあちこち撮っておいて。シャッター音は消してある」

「わかった」


良かった。

物理的な役割があった。

あとで情報は選別するから無差別でいいと言われて、違法具合をみつけたら記録することにする。


……存在丸ごと違法なんだが。


「上層階は無視する。人数が人数だから、一気に中枢をたたいて終わり。わかった?」

「ことさらオレに馬鹿っぽく確認するのやめろ」


ダンタリオン、こんなので平気なのか?

明らかに遊びに来ているような感じしかないのだが。

忍も、事前交渉の時はあれほどピリついていたのに今はそんな気配はない。


多分、司さんとも情報共有は済んでいるんだろう。

余計なことを言わないので、どこまで何をするのかが見えてこないが。


「ツカサ、確認しておく。お前が踏み込むまでは幻術でその姿を一般人に変えといてやる。戦闘が始まったら解除するからな」


司さんだけいつも通りの制服だ。

服自体も霊装だから、それを変えることは致命傷になりかねない。

幻術程度と思っていたけど役に立つんだなと認識を改める。


頷く司さん。

今回は「職務上制圧」ということになっているので、姿が見えることには問題ない。


最後にダンタリオンから真っ当な打ち合わせがあったので、改めて、気を引き締めるとオレたちは歌舞伎町に向かった。


ダンタリオンはやはり美女に扮している。

それもちょっとゴージャス系のお姉さんだ。

だから、どうしてそのチョイスなんだよ。


しかし、真っ当な理由があることに、割とすぐに気づいた。

この間の道とは違う。

方向としては逆側だろうか。

居酒屋街、というよりホストクラブやキャバレー、バーなどちょっとおしゃれな店が並ぶ通りだ。

その中の一軒。バーに入る。


ちょっと待ってろ、というとダンタリオンは黒に金字で装飾された蝶ネクタイのバーテンダーに何やら話しかけていた。


カウンターに体を乗せるようにして、仕草も色気のある女性っぽい。

中身がアレだと思うと複雑だが、なるほど、これなら全くダンタリオンとはだれも思わないだろう。


「どうぞ」


すぐに奥の部屋に案内された。


「未成年者もいるようですが、大丈夫ですか?」


案内をするバーテンが振り返ってこちらを見てきた。


「未成年者はいないわよ。見かけが若く見えるのね」


お前がな……!


事実であるが、見た目お姉さんのうふふという笑いにゾゾッと鳥肌がった。

しかし、誰が未成年に見えるんだよ……


「日本人は若く見られるっていうけど……」

「全員日本人だからな?」


お前だ。多分。

こんなところに出入りするような雰囲気に見えないし。

でも幻術かけてるんだよな。


………………。


「なぁ、幻術かかってんのにこの雰囲気で見られるってどういうこと?」


バーテンは奥にあるエレベータの前まで送って、それで階下に行く。

この入り口は下層直通なのだという。

ダンタリオンが以前に言っていた富裕層……いわゆるVIP用というわけだ。


「めんどくさいからお前ら二人は服だけだ」

「そこはめんどくさがられると困るんだよ。監視カメラとかありそうだし」

「それもそうだな」


それ以前にどういう服に見られてるんだ。

すっごい気になる。


「このエレベータにもカメラ付いてるから、降りて隙見て変えてください」


さりげにカメラの位置を確認している忍。

そういうところは普通、気付かない。


結構降りた気がする。

ドアが開くとそこに広がっていたのは、おおよそ上層の喧騒とはかけ離れた上品な空間だった。


「普通にカジノがあるんだな」

「これも違法賭場といえばそうだけどね」


そこかしこにキャストがいるため、幻術を少し変えるためにわざと人の多い場所を通ってから、奥へ進む。

大きな扉の前には、ベスト姿のキャストが二人。

通りすがるときに客を迎えるように一礼をした。


……ここが違法な場所だということを忘れてしまいそうな空間だ。


「さて」


件の闘技場の前のホールで一度足を止める。


「ここから先は余計なことは話すなよ。オレが先に入って騒ぎを起こしたら、ツカサが離れるからお前らは適当に避難しとけ」

「待って。じゃあ先に中の記録とってくる」


今日はそういう役割だ。

騒ぎが起こってからでは、現在の状況が記録できなくなると見越して忍が手を挙げる。

幻術がかかったままの状態なので、司さんが同行して、オレとダンタリオンは残った。


「オレもここから単独行動な。姿もう一回変えとくから暴れるまでは他人の振りだぞ」

「なんでまた変えんの?」

「……散々四人で移動したとこ記録取られてるだろうが。ツカサだけはオレのパートナーっぽい感じに仕立てといたが、それでも一緒にいるのが後々、ネックになっても困る」


そうか。ダンタリオンは一人でここにきてることにするんだもんな。

というか、パートナーって一体。

……多分、ゴージャスな美女に対して紳士、という感じになっているんだろうが……


想像つかない。


しばらくして二人から連絡があった。

向こうも同じことを考えていたらしい。

ここから、移動して別の場所で忍と合流ことになる。


司さんは、別の場所に移動するつもりらしい。


一人で行っても問題がなさそうな治安のようなので、中に入る。

なるほど、富裕層の観戦する闘技場だ。


……てか、いきなりデスマッチが繰り広げられてるんですけど!!?


「秋葉」


入り口を見ていたのか忍の方からオレをみつけて声をかけてくる。


「……驚いた?」

「ゲームの世界だろ、これ」

「うん、私も驚いた」


見ているのは富裕層で清潔感のある空間だ。

が、歓声や熱気は少し上階とは質が違うものの、やはり辺りに渦巻いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る