6.魔界公爵 VS

その中央ではデーモン同士がものすごい迫力で戦っている。


「これ……本当に下級なの?」


人間ではないので、逆に現実感がない。

互いに攻撃するたびに血肉は吹き飛んで、咆哮が上がる。

時々魔法(といっていいのか?人間には理解しがたい)がさく裂して、派手なエフェクトになっていた。


「人間から見れば脅威的だよね。でも猛獣同士が戦っているような感覚だから、現実感がない」


忍はオレと同じ感想を述べた。


「迫力があるし、これは富裕層にしてみればものすごい遊興だっていうのもわかる」


だから逆に危険なんだな。

そういえば、普通に闘牛や闘犬なんて言うのも存在するのだから、人間は人間以外を戦わせることにはあまり、暴力的な感覚はないのかもしれない。

これが一方が人間だったら、本当に観客も黒い人ばかりだろう。


「でも、司さんたちはあれを排除するんだよな。……大丈夫だと思う?」

「大丈夫でなければ困る」


ダンタリオンが暴れ出す気配はない。

司さんが突入するきっかけとしては必要な演出のはずだがどこに行ったのか。


忍と話すと教えてくれた。


「公爵はデーモンが召喚される場所を確認に行ってるよ」

「え、あいつそんな大役してくれてんの?」

「力が抑制されているとはいえ、思考を読む力はあるから迷ったふりして美女の姿であちこちカマかけて回ってるんじゃないかな」


すっごい想像ついた。

そうか、あの姿にはそういう使い道が……!


男尊女卑という言葉が一時は声高に叫ばれていたけど、昔から、女性……特に、美人に男は甘い。


「さすが悪魔だな」

「性格的に私には無理な方法なので、やっぱり巻き込んでよかった」

「いや、巻き込まれたのオレたちだから。元凶なんだからそれくらいやらせとけ。で、司さんは?」


まるでリアルなCGアトラクションでも見ているように観客たちは歓声を上げている。

品性が上層とも違うこともあって、肌で感じる危機感はこっちの方がずっと低い。

それが逆に悪いことだというのは、こういう立場で来ているからわかる。


「別の場所で見てるはずだよ。公爵が暴れだしてから時間差で入る予定だから、しばらく見物だね」


それってダンタリオンが暴れるところをってことか?

司さんはともかく、ただ暴れるだけ、みたいなダンタリオンは確かに見物してやりたい。

下級デーモンごときは余裕、って言ってたしな。




それからしばらくして。

ダンタリオンが戻って来たらしい。

競技場のように円形になっているずっと下の方の観客席で、何やら騒ぎが起き始めた。

遠目に、金髪美女と男が何やらもめているのが目に入る。


「……あいつ、なんでまた金髪仕様なの?」

「さぁ。もめごと起こすのに便利だったんじゃない?」


そういわれると来ている人は一般人。上層と違って物理的にケンカっ早い人たちではないだろう。

騒ぎを起こすにも、ひと手間いるということか。

そこにその富裕層が個人で連れてきたガードマンが入り、美女を抑える。


「あ゛ぁ?」


という声が聞こえたような気がした。

次の瞬間、ガードマンが吹っ飛ばされて、デーモンが戦っている場所……それを囲っていたらしい結界の壁にぶち当たって落ちた。


「……始まったね」


何事かと他の観客もざわついてそちらを注目する。

美女はそのまま、中身全開でボキボキと組んだ両手を鳴らして落ちた屈強なガードマンの方へ歩み寄る。

当然、この賭場自体のガードマン……それもマフィア並みの見た目怖いスーツ姿の人たちが集まってきた。


全員力にものを言わせてふっとばすダンタリオン。

乱闘が始まっている。


「……これ、司さんどの段階で突入するんだ?」


そこにいるのは神魔であると気づいたんだろう。

収拾が尽きそうにない。

しかも、ダンタリオンが狙ってか、それとも下級デーモン仕様な結界など通用しなかったのか、そちらまで乱入を始めた。


「どうしたよ、オレ様に非礼働いといてこれくらいで済むと思ってんのか?」


観客席側に大きな被害を出すつもりはなさそうなので、オレたちは騒然となった前列の側に移動する。

ダンタリオンの声が聞こえた。


あっというまに二体のデーモンをぶち倒したダンタリオンは、倒れた二体の山の上に片足をかけて、挑発をしている。


……あいつ、マジで強かったのな。


あのレベルで戦うようなことすら起きないこの国では、見たことがない姿だった。


「ベタだけど……これで運営は動かざるを得ない」


利口な客の一部が、席を立って静かに、だがどこか足早にその場を後にしている。

悲鳴が上がるようなことはなく、代わりに場内アナウンスが鳴った。


『みなさま、現在アクシデントにより一時、ショーは中断しております。中央にいるのは一時滞在の神魔と思われますが、結界は維持されておりますので観客席に被害が及ぶことはございません。ご安心ください』


「不安をあおるよりはいい展開だ」

「そ、……うか? よくわからないんだけど」

「こういうところに来る人はお金を過信してるから、そういわれたら万全のセキュリティだと思うよ。実際、公爵は観客席に被害を出してない」


『残念ながら、お客様は退いてはくださらないようですので、運営の意向により、ショーを続行したいと思います』


ほどなくして流れたアナウンスはこれだった。


結界の中に、複数デーモンが現れる。

デーモンに片づけさせようということだろう。そして、それはデーモン同士の戦いさえ、マンネリ化したと思っていた連中を熱狂させる演出になる。


「はっ! こんな下級にやられるかよ!」


ダンタリオンがマジ笑いを浮かべながら、デーモンと相手にし始める。

はじめは1対3、それが減るたびに4,5と増されていく。

人生最大のショーに、客たちは総立ちとなって歓声を上げている。


……異様な光景だ。


「あいつ、どういうつもりなんだ?」

「司くんは時間を図ってる。騒ぎを聞きつけて突入するまでにかかる時間、ね」


そうか。

早すぎてもダメなんだ。時間稼ぎというわけか。


それにしても


「はははははっ! もっと持って来いよ! 足りねぇよ!」


美女の姿で大立ち回りが楽しそうで仕方ないんだが。

その時、事態に進展があった。


ぴく、とダンタリオンが反応した。

全く関係ない方を見る。

そして次の瞬間、その視線の先の通路に立つ司さんに猛然と襲い掛かった。


「えぇっ!!?」

「……演出、かな」

「いや、ガチ戦闘にしか見えないだろ!? なんであいつ司さん襲ってんの!?」


結界から出た神魔、そして戦いの場が観客席になったこと、容赦なく通路をえぐり取るくらいの力を見せたことから、ついに観客から悲鳴が上がった。

ここからはパニックだ。

乱闘付近を中心に、それが広がる。


「ちょ、ホントにやばいだろこれ! 乗じてって話どこ行った!」


すでに周りも逃げ出すために叫びをあげていることから、叫んで会話になるかならないかくらいだ。

忍は……


「お前、何やってんだよ!」

「え、……ムービーモードで撮ってる」


……見ればわかるよ。


「そういう意味じゃなくて……」


次の瞬間、カシャーーンと何か割れたような音がして、更に悲鳴が巻き起こる。


「!?」

「結界を斬ったんだよ。公爵を相手にする延長で」

「まさか……初めからそのつもりで?」

「どうだろ。公爵は割と本気で司くん相手にしたかったっぽくも、見える」


確かに、下級のデーモン何か相手にするより、今のバトルはすさまじかった。

普通に本気モードだとオレが思ったくらいだ。

客の動きはすでに収拾がつかない。

下手に動くと、倒されそうなので流れのないところで身を潜めるようにする。


「確かに、運営にあのやり方をされると客が騒がないから話にならない。あとはほら、計画通り二人とも移動するみたいだよ」


観客がいなくなったので、派手にあちこち壊しながらダンタリオンがうまいこと奥の通路に誘導している。

この時点になると人間のボディガードなど役にも立たないので、ほとんど辺りは無人になっていた。

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